夜も更け過ぎた頃。
ビクトールの話を聞いている最中、すっかり寝入ってしまったナナミを背負いながら、カーラは部屋へと帰って来た。
……とても幼かったナナミを、それから暫くして、物心付くか付かないか、の年頃のカーラを、手許に引き取って育てたという、彼等の養祖父であるゲンカク師範──ジョウストン都市同盟では、約三十年に亘って、特別な名前であり特別な存在であり続けた、かつての英雄に関する話をユインは知っていたから、古城の中に出来たばかりの酒場にて、ビクトールとカーラ達がどんな話をしたのかの、大凡の見当を付けることが出来て。
ビクトールにされた話に、一層、様々なことが複雑に入り交じる心境へとカーラが落とされただろうことも想像が付いて。
だから、今はどんな言葉を掛けてみても、却って困惑させるだけだろうと、部屋に戻り、ナナミをベッドに寝かせてから、身を縮めるようにして、その部屋の片隅の床の上に座り込んだ彼を、ユインは眠った振りをして、盗み見ていた。
そうやって、彼が狸寝入りを決め込み、カーラの様子を窺えば、見詰められている当人はそうとは気付かぬまま、思い悩んでいることを示すように、度々、その表情を移し替え、窓の外が白々と明けて来るまで、眠ろうともせずに、ひたすら、考え事を続けていたが。
夜明けを告げる鶏の、けたたましい鳴き声が遠くで聴こえ始めた頃、やっと、重たそうに腰を上げた。
悩み続けていたことに対する結論が出たのか否か、それはユインにも判らなかったけれど、皆が起き出して来るまで、そうやって膝を抱えているのは拙いとでも思ったのだろう。
もぞもぞと、自分の為のベッドの上へと這い上がって毛布を剥ぎ掛け、が、持ち上げた毛布の中には潜り込まず、ずるっと掴んだそれを引っぱり引き摺り下ろし、先程まで踞っていた部屋の片隅へと戻ると、もそもそと毛布に包まって、又、それまでと同じ姿勢を彼は取った。
「……おはよう。随分早いね。何してるの? そんな所で」
だから、これ以上は……、とユインは、たった今、物音の所為で目が覚めた、そんな顔、そんな声で、低く話し掛け。
「…………あ。おはようございます、ユインさん。あの、起こしちゃいました……? すみません……」
「いや、君の所為じゃないよ。……カーラ、カーラ。一寸」
未だ寝入っている義姉を気遣い、同じく低く話し出したカーラを、ちょいちょいと手招いた。
「はい? 何ですか?」
横たわっているベッドから体も起こさず、毛布の端から出した指先の動きだけで己のことを手招いたユインへ、床を這うようにしてカーラは近付き。
「あんな隅っこで、何しようとしてたのか知らないけど、未だ朝も早いし、寒いし。もう少し、眠れば? 夕べ、遅かったんだろう?」
そろそろと、気配を押し殺しつつ寄って来た彼の首根っこを、ひょいっとユインは捕まえて、己の傍らへと引き上げた。
「……へっっ?」
「静かにしないと、ナナミちゃんが起きちゃうよ? ──カーラってさ、体温高い? 温かいんだよねー、引っ付いてると。少し肌寒い朝って、こういうの、幸せだったりするんだよねー」
ずるっと持ち上げられ、毛布の中に押し篭められて、カーラは声を裏返させたが、さも、「湯たんぽ代わりにさせて?」……な態度を取ったユインは、彼の体を抱き締めた……と言うよりは、羽交い締めにした。
「……あーのー。ユインさん……?」
「まあまあ、いいじゃない。もう少し寝ようよ。…………うう、温い。凄く幸せかも知れない」
「…………僕は、暖房器具じゃないんですが……」
「だから、いいじゃない。深いことなんて、気にしない、気にしない。──という訳で。もう一回、寝るから。お休みー」
身動きの取りようもない程がっちり抱き篭められて、じたばた、カーラは無駄な抵抗を見せたけれど、にこにこと朗らかに笑って、彼を腕の中に閉じ込めたまま、ユインはさっさと目を瞑ってしまい。
「……もう……。まあ、いいですけど、別に……」
これは、諦めるしかないのかな、と、カーラも、ユインに倣うように瞼を閉じた。
そうしてみれば、ユインが言っていたように、少しばかり肌寒い朝、直ぐ傍にある人肌は確かに心地良く、一晩眠れなかったのも手伝って、カーラは直ぐさま、うとうととし始め。
…………だから。
己のことを、湯たんぽと看做した人が、羽交い締めにしていた腕を緩めて、深い眠りがやって来るように、背中だったり髪だったりを撫でてくれたのも、少しばかり辛そうな顔をして、先程まで踞っていた部屋の片隅の床を見詰めていたのも、これっぽっちも気付かず。
ナナミに、
「何時まで寝てるの! 本当に、寝起きが悪いんだからっ!」
……と叩き起こされるまでの、僅かな時間。
カーラはユインに縋るようにして、夢も見ずに眠った。
…………そして。
強引に、眠りの世界から引き摺り出され、霞む目を擦りながら、呼ばれるまま、この古城で最も広い部屋へと向かい、カーラは。
どんな答えを彼が出したのかと、固唾をのんで見守る仲間達の前に立ち、はっきりとした声音で。
「決めました。僕にその力があると言うなら、この軍のリーダーに、僕はなります」
そう、告げた。
「…………え、カーラ……? ……ね、ねえ。本当に、良く考えたの? カーラは、それでいいの? 昨日、あんな風に頼まれちゃったから断りきれなくて、とかじゃなくって……?」
「うん。ちゃんと考えて、決めたことだよ、ナナミ」
「……でも……──」
「──色々、考えて、それで決めたよ。────だから。僕は、僕に本当にそんな力があって、その力が必要だって言うなら、この軍のリーダーになります」
…………本当に、それでいいのか、と、心底意外そうな顔をして、考え直せと言いたげなナナミを、振り切るような素振りさえ見せて。
見詰めて来る、仲間達の瞳を見渡しつつ。
新しく起った──否、起ってしまった、かも知れない──同盟軍の、盟主になる、と。
カーラは、自ら。