どのような路を辿っての結論だったのか、カーラは多くを語らなかったから、何故彼が、立ち上がった軍を率いる者になろうと思ったのか、仲間達の誰も、その理由は判らなかったけれど、シュウの求めに応じるように、彼が盟主となってより、瓦解してしまった、ジョウストン都市同盟の跡目を継ぐ形になった彼等の軍──同盟軍と名付けられた軍や、そこで働くことになった人々の時の流れは、随分と忙しなくなった。

戦うことそのものよりも、軍、という団体を維持して、勢力を拡大して行くことの方が、余程大変で手間が掛かる、とは、盟主になることを引き受けたカーラにも思い至れていなかったようで、本拠地と定められたノースウィンドゥの古城──デュナン城、と名を改められた古城──を取り仕切る為の、細々としたことを決めて行ったり片付けて行ったり、近隣の集落を廻って、協力を取り付けて歩いたり、足りない人手を補う為の仲間探しに、東奔西走したり、と、そんなことに、盟主となったばかりのカーラの日々は、塗り潰されて行った。

正直、想像していたよりも大変……と、内心でカーラは、音を上げそうになることもありはしたけれども。

「乗り掛った船だから、当分の間、付き合ってあげるよ。カーラ達が戦争することになったのに、『じゃあ、僕はこれで』って訳はいかないだろう?」

そう言って、本拠地に留まってくれたユインが、何くれとなく、手を貸してくれたから、「どうしてユインさんは、こういうことにも聡いと言うか、何処か慣れてる風なのかな」と、うっすら疑問を抱きつつもカーラは、誰にも愚痴を零さずに済んだし、やはり、ユインのお陰で、「軍のトップに立つと決めた自分は、愚痴を零したり、泣き言を言ったり、弱い所を見せたり、してはいけないんだな」との自覚も、芽生えさせることが出来た。

……そうして、段々とカーラが、同盟軍の盟主を取り巻く事象に忙殺される日々に慣れて来た頃。

デュナン湖の西岸地方にある、トゥーリバー市と盟約を結ぶ為、彼は、少数の手勢と共に、人と、コボルト族と、ウィングホート族が共に住まう、件の街へと向かうことになった。

今はトゥーリバー市に厄介になっていると言う、元・ミューズ市の文官であるフィッチャーに案内されて、レイクウェストの村を経由し、辿り着いた街で、本拠地でもそうしていたように、あちらこちらを駆けずり回って、カーラ達は何とか、市長であるマカイや、コボルト族の長であるリドリーと、確かな盟約を結ぼうとした。

しかし、トゥーリバー市も陥落させようとしていたハイランド軍の介入もあって、それは一筋縄では行かず、結局トゥーリバーは、キバ・ウィンダミア率いるハイランド第三軍と、戦をすることになってしまった。

が、それが負け戦となる土壇場の処で、カーラ達が踏ん張った甲斐あり、ハイランドを追い返すことは出来たし、彼等の軍が立ち上がる寸前、今は本拠地となっている城での攻防線が行われた折、知らずの内にそうしたように、今度は明確な意志を持って、カーラが輝く盾の紋章を使った為、損害も、皆が思っていたよりも酷くなく。

トゥーリバー市と同盟軍は、無事、盟約を結ぶことも叶え。

戦が起こってしまったことだけが、カーラにとっては残念なことだったけれど、結果的には全てが丸く収まった形にはなって、ハイランド軍を追い返せたその夜、トゥーリバーの街は、歓喜のようなものに包まれたのだが。

──真夜中近くになっても、未だ何処となく、浮かれているような雰囲気を漂わせているトゥーリバーの街の宿屋、『若葉亭』の一室。

キバ・ウィンダミア達との戦いが終わった途端、コトっと、ゼンマイが切れた人形のように眠り込んでしまったカーラを運び込んだ一室で。

ユインは、目を覚まさないカーラの横顔を、一人眺めていた。

……勝利の夜、と例えても差し支えない夜なのに、何処か、浮かない顔をして。

きっと、疲れてしまっただけだよと、カーラのことを心配した他の仲間達を適当に躱して。

窓辺に腰掛けて、彼は。

物思いに耽っているような風情で、何時までも、カーラのことを眺めていた。

「…………珍しいじゃないか。あんたが、そんな風にしけた顔してるなんてさ」

一見、ぼんやり……、とも傍目には受け取れる感じでユインがそうしていたら、不意に、彼とカーラ以外には誰もいなかったその部屋の片隅が、微かに歪んで。

ロッドを握った少年が一人姿見せ、酷く不機嫌そうな声で、ユインに話し掛けた。

「ああ、ルック。……散歩中かい? こんな時間に」

現れた少年──三年前、ユインが経験したトラン解放戦争の時も、此度、カーラ達が挑む戦いでも、トトの村でカーラとジョウイが巡り会った、魔法使いのレックナートに、共に戦うように、と遣わされた風使いの名を呼び、転移魔法を操りやって来たのだろう彼へ、ユインは恍けたことを言った。

「あんたやカーラの寝てる部屋に散歩、だなんて、そんな悪趣味なことする訳がないだろう? 相変わらず、馬鹿なことばかり言うね」

そんなユインの科白に、ルックは嫌そうに、眉を顰めた。

「じゃあ、何をしに、わざわざデュナンの城からここまで? 面倒臭いこと、嫌いじゃなかったっけ? ルックって」

「……判ってるくせに、良く言うよね。そうやって、他人の前では飄々とした態度ばかり取る癖、いい加減止めたら? 話があるから、わざわざ来たに決まってるだろう?」

そうしてルックは、その柳眉だけでなく、顔全体をも顰め。

「ふーん。じゃあ、場所変えようか。カーラ、寝てるし」

何の話をしに、ここまでルックがやって来たのか、判っているとでも言う風に、この部屋を出よう、とユインは、腰掛けていた窓辺から、立ち上がった。