──トゥーリバー市との盟約を結び終え、本拠地へ戻り、又、様々な所用だったり、仲間集めだったりにカーラ達が奔走して、数週間が過ぎた頃。
主だった者達に、軍議を行うから、と、同盟軍正軍師となったシュウより、『お達し』があった。
特別な事情がない限り、毎日毎日、午前の内に、会議や打ち合わせを行うのが、この軍が起ってより程ない内よりの慣例だったから、何を改まって招集なんか、と、大抵の者が首を傾げながら招集に応じたその席で、カーラ達は正軍師より、学園都市・グリンヒルが陥落した、との報告をされた。
兵力数たった五千のハイランド部隊が、戦うこともなく、グリンヒルを陥落せしめた、と。
その為、トゥーリバー市の次は、グリンヒル市との盟約を取り付ける予定でいた同盟軍の計画は、変更を余儀なくされる、ともシュウは語った。
無論、変更された策も。
──同盟の盟約を結ぶ代わりに、実行されることになった策は、グリンヒルそのものはひと度諦め、件の市の実質的な指導者だった、市長代行のテレーズ・ワイズメルを、後々グリンヒルを奪還する時の為にも、ハイランドの占領下に置かれた街より助け出す、とのそれだった。
そして、それを実行すべくカーラ達は、十代の者達だけで構成した小部隊で、留学生に扮し、学園都市に潜り込むこととなり。
半ば無理矢理、引率者に化けさせたフリックと共に、盟主一行は、グリンヒルへと向かった。
トゥーリバーでの出来事の後、同盟軍に参加することになったフィッチャーのツテを使って、『少年・少女達』が潜り込んだ学園都市は、確かに、ハイランド兵達が幅を利かせてはいる、が、占領されているにしては比較的、穏やかな雰囲気の中にあった。
街中を歩けば、時折、ぶん殴っちゃおうかな、との衝動をカーラに覚えさせる、ハイランド兵士の横暴を見掛けないこともなかったけれど、ニューリーフ学園の、下ろしたての制服に身を包んでいるとは言え、占領後にやって来た留学生の一団が、あっちをうろうろ、こっちをうろうろ、としても、別段、疑問に思われたりはしない程度の穏やかさは。
それ故、学園に潜り込んだ者達皆、誰も経験したことのなかった、『学園生活』というものを、ほんの少しだけ楽しみつつ。
カーラ達は、グリンヒルが陥ちた日以来行方が判らなくなっているテレーズを、数日を掛けて何とか探し当てた。
しかし、探し当てたは良かったが、学園裏手の深い森の中にひっそりと建っていた、小さな丸太小屋に身を潜めていたテレーズより、グリンヒルが陥落した日の出来事と、「私はここから動かない」との、意思を告げられてしまったので、テレーズが、梃でもここを動かないと言うなら、もうこの街に居ても仕方がないと、彼等は街を去ることに決めた。
────ニューリーフ学園を後にすると、定めた当日の朝、カーラは、鼻の頭を押さえながら、学生として数日間を過ごした、寮の部屋より出て来た。
「…………未だ痛い?」
四人部屋だった、男子寮のその部屋から、カーラに引き続き姿を見せて、顔を押さえ続けている彼の顔を、ユインが覗き込んだ。
「……痛いです」
「…………御免ねー。まさか、あんなに綺麗に決まるなんて、思ってなかったんだ」
「いえ、不可抗力ですから……」
ひょいっと、ユインが申し訳なさそうに、そして心配そうにカーラを見遣れば、見遣られた当人は、曖昧な笑みを浮かべ、けれど顔を押さえる手は外さず。
「自業自得。枕投げやってみたいって、夕べ言い出したのはカーラなんだから。ここの、一寸固い枕避けきれなかったのも、自分の所為だろ」
二人の後から姿を見せたルックは、澄ましたように言った。
「言われなくても判ってるよ、自分の所為だー、って。でも、ユインさんが投げる枕、凄く『重かった』んだもん……。あれ、顔で受けちゃったら、ルックだってこうなるよ……」
同情の欠片も窺えないルックの弁に、ムスっとカーラは拗ねる。
「手加減はしたんだけどなあ」
「あれでも、ですか?」
「うん、あれでも」
「────おはよー、皆! …………あれ、カーラ? どうしたの、顔なんか押さえて」
「……鼻の頭、赤いよ? 転びでもしたのかい?」
……と、そこへ、女子寮の方から駆けて来た、ナナミ、アイリ、ピリカの三人が加わり。
「夕べ枕投げして、それが当たっただけ。──フリックさん待ってるだろうから、行こうか」
束の間の学園生活を送ったその寮を、彼等は後にした。
……そうして。
校舎の正面玄関前で、フリックとも一行は落ち合い、結局、何にも実りがなかったね、と、少々の落胆を見せつつ、街を出ようと煉瓦敷きの道を進み、途中、広場にて。
「……あれ? 何の騒ぎ?」
黒山の人だかりが出来ているのを見付けて、彼等は、足を止めた。
一体何の騒ぎかと、広場の人混みの中へそっと紛れてみたら、その騒ぎの中心には、未だカーラとジョウイの二人が、ハイランドの少年兵で構成された部隊、ユニコーン少年隊にいた頃の上官だったラウドや、ラウドの部下と思しき者達──即ち、ハイランドの軍人達がおり。
「テレーズ・ワイズメルを見付けた者、若しくは引き立てハイランドに差し出した者には、二万ポッチの懸賞金と、ハイランド皇都・ルルノイエの市民権を与える!」
ラウドは、グリンヒルの市民達へ向けて、声高に告げていた。
彼が放つ報に、耳を傾ける民衆を黙って窺っていたら、大半の者は、ハイランドの言うことなぞ信じられぬとの反応を見せたものの、ちらほらと、二万ポッチという大金と、この戦争に勝ちを治めそうなハイランドの市民権に、心揺さぶられる者が出たのも見て取れ。
カーラは、ユインやフリック達と、どうしよう、と目を合わて、このままにしておくと、どうにも拙いことになりそうだから、大半の者が、ハイランドの出した触れを疑っている今の内に、こっそり、テレーズのいる小屋へ向かって、無理矢理にでも彼女を連れ出した方がいいんじゃないか、と、小声で話し合った。
だが、そんな風に話し合った彼等が、ソロソロと人混みの中から抜け出ようとしたら、「どうせお前達は又、嘘を吐くんだろうっ?」と、ラウド達に食って掛かり出した市民達を治めるべく、彼等の上官らしき人物が姿を見せた。
……誰かがやって来たのは判っていたものの、今はテレーズのことの方が先だと、カーラ達が皆、人混みの中心に向けた背を直さずにいたら。
「……………………!」
「……え、ピリカちゃんっ!?」
ナナミの手を振り払ってピリカが駆け出し、何故か一人走り去ったピリカを、ナナミが追い掛けてしまった。
「……あれ? 何だろう、右手痛い……。……って、え? ピリカっ? ナナミっ」
──ハイランド兵に背を向けていただけではなく、何故か急に痛み出した己の右手に気を取られていたから、カーラは、二人が駆け出してしまったのに気付くのが、少しばかり遅れ。
「これだから、ガキはっっ!」
まさか、彼女達がそんな行動に出るとは思ってもみなかったから、カーラ同様、ナナミとピリカを掴み損ねたフリックはいらだったようになり。
仕方なし、彼等はナナミとピリカの後を追い掛けた。
「ピリカっ。ナナ……──。────……ジョウ……イ……?」
ナナミと自分の顔を良く知るラウドがそこにいるのに、このまま二人を騒動の中心に向かわせてしまう訳にはいかないからと、カーラは必死に二人を追ったが、間に合うことはなく。
ピリカが向かった場所──ラウド達の上官の真正面へ、彼は飛び出してしまう格好になって、そうして、そこでやっと、彼は。
後からやって来た『上官』が誰なのか、何故ピリカが急に走り出したのかを知った。
「…………ジョウイ……だよね……?」
──ミューズが陥落したあの夜以来、杳として行方が知れなかったジョウイと、思い掛けぬ場所で思い掛けぬ形の再会を果たし、思わずカーラは、今、目の前にいるのは本当に己の親友なのかと、疑うような声を絞る。
「ジョウイ、どうしてこんな所に…………?」
一方ナナミは、そこにいるのがジョウイだと、欠片も疑わず、問うように言った。
「…………カーラ……。ナナミ……」
すればジョウイは、ぽつり、と、二人の名だけを呼び。
「お前等……? ────おい、誰かっ! そいつらを捕らえるんだっ!!」
呆然となった風なカーラをユインが、ナナミとピリカをフリックが、それぞれ、ラウドの怒声の響く中引き摺って、始まった混乱に紛れるように、彼等はニューリーフ学園へと逃げ戻った。
「……御免なさい、迂闊なことして……」
「そんなこと、今はいいから。こうなったら無理矢理にでも、テレーズを連れてここから脱出しないと。そっち、先に考えよう」
そうして、何とか校舎へと飛び込み、酷く不機嫌そうなルックと、文句を零したそうなフリックと、余り感情の読めない表情をしているユインの三人へ、カーラはぺこり謝って、ユインの言葉に従い、テレーズを連れ出すべく、学園裏の森の中へと彼等は入った。