校舎の中を抜け、森の小道を辿り始めても、ハイランドの追っ手は絶えず、追い縋って来る兵士達を振り払いながら彼等は小屋へと踏み込んだ。
押し入るようにして入ったそこには、テレーズと、テレーズに仕える剣士のシンだけではなく、この学園を訪れた日、ハイランド兵に絡まれていた処を助けてくれたフリックに一目惚れして、彼にまとわりついて離れなかった女学生、ニナの姿もあって、どうやら、逃げろとテレーズを説得していたらしいニナのように、カーラ達も言葉を尽くしてテレーズを説得したが、やはり、頑としてそれを受け入れずに彼女は、自分の首一つで話が片付くならと、騒動の起きている街中へと向かってしまい、カーラ達は再び、それを追い掛けなくてはならなくなったけれど、グリンヒルを陥落させてしまった市長代行としての責任のみを考えていた彼女へ、ニナを始めとする市民達が言葉を傾けてくれたお陰で、何時の日か、この街を解放する為に一度ここを離れると、漸く彼女は決意を固めてくれ。
やっと彼女をも連れ、カーラ達はグリンヒルの外へと続く、森の抜け道を辿ることが出来たが。
もう間もなく、森の出口が見えて来る、となった時。
そこへ先回りをしていたジョウイと、彼等は再び、対面することになった。
「久し振りだね、カーラ、ナナミ、ピリカ。……それに、フリックさんも、ユインさんも」
──親友達一行を、そこで待ち受けていた、と言わんばかりに、木立の影から姿見せたジョウイは、駆ける足を止めた彼等を順に見詰め、暗い色を頬に乗せた。
「…………ジョウイ。君が、ハイランドの軍団長になった、って……本当……?」
暗い顔をしたまま、何かを懐かしむように笑ったジョウイへ、仲間達の中から、カーラが一歩進み出た。
「……嘘じゃないよ」
「…………どうして?」
「……それに答える必要なんて、今は無い。────カーラ。君は、同盟軍の盟主をやっているんだってね。……これは、友人としての忠告だ、カーラ。そんなもの、今直ぐに辞めて、何処か遠くへ逃げるんだ。ナナミを連れて、何処か、遠くへ」
「何で。……勝手に何処かに消えて、ハイランドの軍団長になって、僕達の前に現れて。その理由を答える必要なんてない、って言い種するくせに。なのに僕には、同盟軍の盟主辞めて、逃げろって? …………判らないよ、ジョウイの言ってること。理解しろって方が無理だっ」
ほんの少しだけ、仲間達の輪から外れて『近付いた』親友に、唐突に逃げろと言われてカーラは、ムッとしたように声を荒げた。
「勝敗の行方は既に定まってる。君達がやっていることは、無駄に戦いを長引かせるだけだ。……ハイランドも、都市同盟も、ルカ・ブライトの好きになんてさせない」
だが、カーラがトーンを高くしても、ジョウイの、淡々とした口振りも、主張も変わらず。
「……一緒に戦ってる皆のこと、捨てて逃げろだなんて。そんなこと、顔色一つ変えずに言えるようになったんだ、ジョウイは。……そりゃ、僕はそんなに賢い方じゃないけどっ。同盟軍がハイランドに負けたら、皆がどんなことになるか、それくらいのこと解るっっ。……散々、ビクトールさんやフリックさんやユインさんにお世話になったのにっっ。どうしてそんなこと……。……ジョウイの、馬鹿っっ」
「…………皆に世話になったから、そんな理由で盟主になった訳じゃないだろ。君が戦わなくったって、他の人達は戦うよ。……でも、カーラ。ナナミまで巻き込んで、君が戦う必要なんて無い。……だから、逃げるんだ、何処か遠くへ」
益々、声の調子を荒立たせる親友へ、ジョウイは再び、逃げろ、とだけ告げた。
「ジョウイ…………」
故に思わず、カーラは右手を握り固め。
「……ジョウイ君の忠告は忠告として、置いておけば? それを忠告とするかしないか、受け取るか捨てるか、決めるのは君なんだから。聞きたくなければ、聞かなければいいさ。ムカついた処で、お腹空くだけだよ、カーラ」
何時の間にか、カーラの横に並んでいたユインが、ぽんぽんと、幾度か軽く、彼の頭を叩いた。
「……久し振りだね、ジョウイ君。元気そうで良かったよ。…………以前、ミューズでカーラには言ったことだけど。望む幸せはね、その両手で掴める程度にしておかないと、最後には全て零してしまうよ? それこそ、『忠告』」
カーラへと、宥める為の声を掛けたユインは、すっ……とジョウイへ視線を移し、穏やかに語りながらも、何故か、その眼差しをきつくする。
「…………もう、行った方がいいよ、カーラ」
冷たい、とも言える、ユインの瞳から視線を逸らし、彼の言葉には応えず、行け、とジョウイは眼差しを逸らした。
「行こっか。早く逃げた方がいいのは確かだし」
「…………はい」
そんな彼の態度を受けて、もうここにいても致し方ないと、ユインはカーラの手を引き、カーラもされるがまま、歩き出す。
「…………嘘だもん……」
ジョウイの脇をすり抜けるように歩き出した、ユインとカーラに従って、仲間達も歩を進めたが。
一人ナナミだけは、立ち尽くした場所を動かず。
「信じない。……そんなの嘘だもの。ジョウイが、あのルカ・ブライトの手先になったなんて、そんなの嫌っっ! 私、信じないからっっ。嘘だもん、そんなことっっ!」
両手を握り締めて、彼女は叫び、俯いた。
「ナナミ……」
「行くよ、ナナミ。帰るよ」
故にジョウイは彼女の名を呼び、カーラは振り返って彼女を促し。
「ヤだっ! 折角ジョウイに会えたのに、どうして帰らなくちゃいけないのっっ。あそこに戻るなら、ジョウイも一緒じゃなきゃ嫌だよっっ」
「聞き分けろ、ナナミ」
酷く困った色を、カーラが頬に掠めさせたのを見遣って、フリックが、引き摺るように強引に、彼女を歩かせた。
「…………ナナミ。帰ろう? ナナミ。今は、どうしようもないから……」
ジョウイから少しばかり離れた所まで、フリックに引き摺って来られた義姉を見詰め、カーラは言い聞かせるようにする。
「……………………うん……」
そうされて、漸くナナミは、微かに頷き、森の小道の直中に、ジョウイ一人を残して、彼等は改めて、森の出口へと向かい始め。
「元気、で……」
「…………ん……?」
「……元気で……何処で何してるか判ったから、今はそれでいいです…………」
「そうだね。行方不明よりは……マシ、かも……」
ぽつり、他の誰にも聞こえぬように呟いたカーラの右手を、ユインは、きゅっと掴み直した。