グレッグミンスター城を訪れるまでの経緯が経緯だったので、本当はもっと、きちんとした段取りを踏んで、荷物として担いで来た正装を着込んで、レパント大統領に面会する筈だったのに、成り行きのまま、道中着で面会することになっちゃったけど、大丈夫かな、と、不安に思いながらもカーラは、自分達を呼びに来た女官に従って、控えの間より出て、只でさえ眩しい廊下よりも尚眩しく床が磨き上げられている、一等上座に大統領の為の椅子が据えられた大広間に、今の己に出来る、精一杯の、『同盟軍盟主』の顔と態度を作りながら踏み込んだ。
両開きの扉から上座まで、広間中央を貫いている緋色の絨毯の両脇に、いかめしい顔付きの兵士達が居並んでいるのを、少しばかり威圧的に感じながら、それでも見た目は堂々と、彼は絨毯の上を進み、未だ、『国の長』の椅子より下りては来ないレパントを、真っ直ぐに見上げた。
「お初にお目に掛かります、トラン共和国大統領、レパント殿」
初めての邂逅を果たしたレパントの面差しは、居並んでいる兵士達よりも厳めしいそれに思えて、一瞬カーラは怯みそうになったけれど、隣に控えていた長い金の髪の女性──レパントの妻であり、シーナの母であるアイリーンに、そっと笑みを送って貰ったが為、それ程は緊張することもなく、カーラは第一声を放った。
「こちらこそ。……初めてお目に掛かりますな、同盟軍盟主、カーラ殿。このトランへ、よくぞおいで下さった」
すれば、厳めしい顔付きを僅か崩してレパントは、良く通る、朗らかな声で喋り始め、同盟を申し出たカーラへの、たった一つの問い──『何故に、この戦いを続けるのか』との問い、それへ、「この戦いを、終わらせたいと思うからです」とのカーラの答えを得て直ぐ、至極満足を見せて、呆気ない程快く、同盟の締結を受け入れてくれた。
否、受けて入れてくれたばかりか、トラン共和国よりの義勇軍として、五千の兵と、その部隊を率いる、バレリアという名の女将軍を、直ちにデュナンへ派遣する、とも約束してくれ。
終止、和やかな雰囲気の中、同盟軍盟主とトラン共和国大統領との会談は終わった。
「…………それにしても、良く似ておられる」
────トントン拍子にまとまった、同盟締結直後、だった。
立場は対等なのだということを、態度で示そうとしてくれたのか、大統領の椅子から下りて来ていたレパントは、退室して行くカーラ達を見送ろうとしながら、ポツリ、独り言のように、そんなことを呟いた。
「似てる? 僕が、誰かに似てる……ってことですか?」
何処までも、独り言の域を出すつもりはなかったのだろうレパントのその一言をカーラは聞き付け、進めていた足を留め、振り返った。
「え? ……ええ」
「…………誰に、ですか?」
「……ああ。──三年前、赤月帝国を滅ぼして、このトラン共和国を建国した、トラン解放軍々主だった少年に、です。今、この場にこうしている者皆を、あの戦争……否、正しくは、革命と言った方が相応しいかも知れぬ、三年前のあの戦いで、導いてくれた少年。…………そう、カーラ殿は本当に、あの方に良く似ている」
「僕が、ですか…………。──その方は、今? 確か、『トランの英雄』って言われてる方ですよね? トラン解放軍の軍主、って」
……たった一言のレパントの呟きの所為で、カーラが足を留め、そのまま始まってしまった二人のやり取りが、そこまで辿り着いた時。
「…………わっ。わっわっ。……あ、あのっ! あのな、親父っっ!」
二人の会話を遮るように、慌てた素振りでシーナが割って入った。
「……何だ、このドラ息子。儂は今、カーラ殿と話をしているのだ。……本当にお前は、幾つになっても落ち着きがない。カーラ殿の同盟軍で修行し直させて貰っても、その腰の軽さが正されなかったら、どうしてくれようか……」
だが、不肖の息子が突っ込んで来た嘴を、レパントは眉を顰めてとっとと退け。
「だから、そうじゃなくってっっ。──今日は色々あって、カーラも疲れてるからさ、長話は止めてやってくれよって、俺はそう言いたいだけでっ!」
「ああ、それもそうか。──引き止めて申し訳ない、カーラ殿。……そうだ、我々の英雄のことが知りたければ、この城の一階に、トラン解放戦争に関わる品々を、あの戦争の足跡として展示してある故、時間の良い時に、それを御覧になられては如何かな?」
厳格な父親に退けられても、何とか言葉を繕ったシーナの科白に、一理ある、と頷き、話を引っ込めてくれたまでは良かったが、その代わりにレパントは、シーナやルックにしてみれば、この上もなく余計でしかない一言を、カーラに告げた。
「へー、博物室ですか……」
「そうです。一寸した、自慢の部屋で。──では、カーラ殿、又。グレッグミンスターを発たれる時は、お見送り致しましょう」
…………だから、レパントから、至極余計な知識を入れられてしまったカーラは、大広間から送り出してくれた彼に礼を告げながら、
「それ、見てから帰ろうっと。…………トランの英雄、かあ。一寸だけ噂に聞いたことはあるけど、僕、あんまり詳しくないんだよねぇ……。──似てるって、顔でも似てるのかなぁ」
と、誰に聞かせるでもない言葉を洩らしつつ、グレッグミンスター城の廊下を進み。
「…………おい、ルック。どうする……?」
「どうするも、こうするも。仕方ないだろう? こうなったら」
「でも、さ……、絶対に言うなって、あいつが…………」
「同盟結ぶ為に、カーラがトランへ行くって決まった時から、ユインは多分覚悟してるよ。……今隠し果せたとしたって、何時かその内バレる。隠し通せる訳なんてない。だから、放っとけば? 第一、何であいつがカーラに、自分の正体隠そうとしてるか知らないし。それにそんなこと、今更隠す必要もないだろう?」
トランの英雄に対する興味が滲み出ている足取りで歩くその後ろで、シーナとルックの二人が、コソコソごにょごにょ、秘密の会話をしているのにも気付かず。
「えーと、ここだよね、レパント大統領が言ってた部屋って。…………あ、銅像がある」
ユインのことは、相変わらず気にはなっていたけれど、トランとの同盟が上手く運んだこと、噂に名高い伝説の英雄を知る者に、その伝説の英雄に良く似ている、と言われたこと、それらに、気を良くしたままカーラは、博物室へと踏み込んで、部屋の中央に置かれていた英雄の胸像、その前へ立ち。
「…………………………え……? 『トラン解放軍々主 ユイン・マクドール像』……? ……ユイン、さん……? ユイン・マクドールって……ユインさんのこと……? ユインさんが、トランの英雄…………?」
──胸像が再現する、英雄の面差しと、台座に嵌め込まれた、プレートを見遣って。
彼は、呆然と、ルックとシーナを振り返った。