トラン共和国と彼等の軍との同盟が締結して、数日後、その、トラン共和国よりの義勇軍が到着し、それより更に数日が経った。

即ち、ユインがトランの英雄だった、ということを、カーラが知ってより半月と少し。

が、それだけの時が過ぎてもカーラは、碌にユインと言葉も交わさず、未だに何処となく、拗ねているような態度を取り続けていた。

彼のその態度は、人の噂に上る程あからさまなものではなかったけれど、義姉であるナナミや、付き合いの長いビクトールやフリックには、一目で見抜ける態度で、カーラがユインから離れていくことを望んでいたシュウだけは、盟主のそんな『拗ね』を、歓迎するようにしていたけれど、個人的な意味合いでもカーラの周囲を取り巻いている者達は、曲げた臍を直さないカーラのことと、あれきり随分と大人しくしているユインのことが心配で、何かと二人にちょっかいを掛けた。

けれどカーラは中々、どうしてそこまで拗ねたのかの、理由を語ろうとはせず。

カーラとユインの『仲』が、一向に修復出来ぬまま、時間ばかりが過ぎ、トランから戻った日、湖面を見詰めながらユインが言った通りの、その夏の終わり。

同盟軍は、名実共にハイランド皇王となり、更には、キバ将軍達が抜けた穴を、新しく見付けて来た、正体不明な黒騎士に任せる形で埋めてみせ、再び、デュナン地方へと進軍して来たルカ・フライト率いる軍隊と、一戦を交えることになった。

──────血も、涙もなく。

人を殺すことに、快感と生き甲斐を感じているような、到底、人とは思えぬ狂皇子。

……これが、亡き者にした実父の跡を継いでハイランド皇王となったルカに、皇子時代から付きまとっていた噂だ。

人々が語るその噂通り、ルカという男は確かに、鬼畜生以下の所業を好む傾向がある、一言で言えば、人でなし、と言える人物なのだろうけれど、それでも彼は、絶対的、と言える程に、強かった。

そして、『戦争の仕方』にも長けていた。

更に、今、そんな彼の率いるハイランド軍には、トラン解放戦争にも参加した希代の軍師、レオン・シルバーバーグが与しているから、如何に兵力が整ってきた同盟軍であっても、ルカと対峙したらひとたまりもないだろう、と言うのが、この戦争には関わりを持たぬ第三者の意見で、が、それでも同盟軍の者達は、自分達の軍には、カーラとユインの二人──救い主様と死神様の二人がいるから、負ける筈はないのだと信じ、挑んだ。

──が、ユインは。

ルカの強さは、或る意味神懸かり的な強さで、人がその領域の強さに達する為には、何らかの理由と過程が必要であることが、ルカのそれとは明らかに有り様が違うが、同様な、神懸かり的な強さを持つ彼には良く解っていたから、自軍の者達が言う程、早々簡単に戦は終わらない、と秘かに思っており。

そして、彼が思った通り。

同盟軍と、ルカ・ブライト率いる部隊との最初の一戦は、かつて、ユインの率いた解放軍の正軍師だったマッシュ・シルバーバーグの、一番の愛弟子と言われたシュウの策を以てハイランドに挑んだ同盟軍に、敗戦、という結果を齎した。

口には決して出来ぬし、口にするつもりもなかったが。

この戦は、負ける、と思った通り、本拠地へ撤退するしかない結末を迎えた戦を終えて、デュナン城に程近い、草原の直中にてユインは、振るっていた棍を下ろした。

シュウに──否、誰に言われずとも、この軍にとって自分は、邪魔以外の何者でもない、との自覚は彼にもあって、が、それでもカーラの傍にいると言うなら、何処までも『死神様』で在れ、と、あの正軍師が告げた通り、彼は、戦場では何処までも、求められるまま、徹底的に、只、敵を殺す為だけに在る、死神様の役割以外を果たすつもりはなかったから。

戦の勝敗すら関係ない、と言わんばかりに、命じられるまま。

正体がばれたのだから構いはしないと、ソウルイーターをも呼び出して、人を殺し続け。

撤退、の声が掛かって漸く、彼は、その動きを。

────敵を殺し、カーラを守り、と、唯それだけを続けて、続けた果て、戦は終わり、けれど、その結果は敗戦で。

口を挟むな、と言われたから挟まずにいたし、挟めもしないけど……、と彼は、周囲を見回し、一人、溜息を零した。

カーラの為とは言え、一体何の為に自分は、夥しいと言える程の数敵兵を殺して、『死神様』になったんだろうか。

限りなく、今日も人を殺したのに、結末が敗戦では……、と。

ふと、そんなことを考えた故の溜息を。

「………………カーラ」

だが、少しばかり息苦しそうな顔付きで、溜息を零した直後、『自分の仕事』はこれで終わりだ、とばかりに溜息を付いた彼を他所に、その傍らで何時ものように、カーラが輝く盾の紋章を発動させているのを見て、彼はぽつり、呼ぶともなく、カーラの名を呟いた。

「カーラ……? カーラっっ」

名を呟いてみた処で、彼よりの応えなど返ってくる筈はないと知っていたから、ユインはその場に佇んだまま、カーラのなすことを見詰め、紋章の発動を終えるや否や、疲れたように、ふら……っと、カーラが身を傾げさせたのに気付いて駆け寄った。

「ユイン、さん…………」

走り寄り、傾ぐ体を抱き留めれば、一ヶ月振りにカーラは、ユインと視線を合わせ。

「……大丈夫?」

「平気、ですから…………」

ユインが、己が身を掬い上げ、気遣いの言葉を掛けてくれたことに、一瞬、笑みめいた色を浮かべつつも彼は、抱き留めてくれた人を、グッと押し戻した。

「でも──

──平気です、ホントに」

「嘘ばっかり。……こんな所で意地張ったって、碌なことにはならないよ」

「いいんですっ。平気ですからっっ。……僕なら、大丈夫ですからっ……」

今は、その腕に力を持たせられないカーラがユインを押し戻そうとしても、敵う筈などなく、ユインは、カーラを抱き続けたけれど。

「……カーラ」

「僕は、一人で立ってなきゃならないんですっ……。だからっ……」

泣き出しそうな顔をして、喘ぐように、ユインの腕を振り解き、覚束ぬ足取りのまま。

カーラは自軍の兵士達の波の中へ、消えて行った。