ユインに抱き上げられながら城の中に戻ったら、消えた自分を捜して大騒ぎをしていた仲間達に取り囲まれて、一体何処で何をしていたと一斉に叱られ、挙げ句ナナミには泣かれ、御免なさいだけを繰り返してから、カーラは自室に戻った。

……戻った、と言うよりは、戻された。

部屋まで付いて来た、シュウ達数名の者は、カーラが反省しきりの態度を見せたら、一応小言は引っ込めてくれて、でも、道端にしゃがみ込んだ時に汚してしまった夜着を着替えて、黒くなった足を拭ってベッドに潜り込んで、完全に治るまで言い付けを守るからと誓っても、ユインだけは、固い表情を崩してはくれず、三々五々、仲間達が己の部屋へと戻った後も、一人カーラの部屋に残り、叱り足りない、とでも言いたげな態度のままでいた。

故にカーラは、これまでのことや、今夜のことや、ユインのその態度に、いたたまれないような、気まずい心地を覚えて、頭から毛布を被り、くるっと背中を向けた。

だからユインはその背へと、溜息を零して。

「……カーラ、少し、話をしてもいいかな」

椅子引き寄せ枕辺に座り、話し始めた。

「…………ユインさん」

……『話』の一言にカーラは、『さようならの挨拶』だと信じたそれを遮るように、名を呼んで。

「先に、僕の話聞いて下さい」

ユインに背を向けたまま、言った。

「……ああ、いいよ」

「…………僕、ですね。ユインさんがトランの英雄だった、って知った時。そのこと、僕には教えてくれなかった、三年前のトランの戦争のこと知ってる皆も、僕にはそれを喋ってくれなかったって、一寸、いじけたんです……。一人だけ、仲間外れにされたみたい、とか……、ユインさんにとって僕は、只の通りすがりでしかない、その他大勢以下なのかな、とか……」

「……そう。そんなこと、思ったの……」

「八つ当たりだって、判ってたんですけど。謝れなくって…………。……何か、僕が今までして来たこと、トランの英雄だったユインさんの目から見たら、きっと、駄目なこととか物凄く沢山あるんだろうな、とか、でもきっとユインさんは、只黙ってそれを見てて、僕が僕自身のこと、駄目だなあって思うように、ユインさんもきっと、駄目だなって思ってるんだろうな、とかも考えちゃって、段々段々、自分のこと、卑下し始めちゃって、益々謝れなくなって、いじけちゃって。…………だから、御免なさい。……八つ当たりして、御免なさい……」

そうして彼は、もっと深く毛布に潜り込んで、その中で丸まるようにしながら、くぐもった声で、臍を曲げていた理由と、詫びをユインに告げた。

「………………何で、そんな馬鹿なこと考えたの……って、それも全部、僕の所為、か。……御免ね、カーラ。色々、黙ってて…………」

語られた理由に、先程とは違う意味の溜息を、ユインは零した。

「……ユインさん」

「ん?」

「…………何で、自分のこと、黙ってたんですか。どうして、僕には教えてくれなかったんですか」

毛布の中で、返された、御免ね、の言葉と溜息を聞き付け、漸くカーラは顔を出し、目線だけを、そっとユインへ上向ける。

「…………んー……。知りたい?」

「……ええ」

「……そうだね…………。……うん、良い機会だ、いい加減、白状しようか。カーラには、寂しい想いをさせちゃったみたいだし。秘密を拵えた理由を僕は、君に謝らなくてはならないし」

その視線を捕らえて、首を僅か傾げ、長い話だよ? と前置きしつつ、ユインは告白をし出した。

「もう、トランの戦争のことは、カーラも良く判ってるよね。僕が、トランの英雄って呼ばれるようになった理由も、あの戦争のことも、君と同じく、真の紋章──ソウルイーターを僕が宿してることも、君は知ってるよね? ソウルイーター、そのもののことも」

「……ええ。本読んだり、人に訊いたりしましたから……」

「なら、多少は話が早いかな。それでも、長い話になるけど。────あの戦争が終わってね。トランに、新しい国が出来る、となったあの頃。色んなことが、僕には痛手だった。父や、親友を亡くしたこととか。大切な人達、幸せだった過去、そんなものが消えてしまったこととか。ソウルイーターのこととか。……色々、痛手だった。……多分、今でも痛手」

「…………そう、ですか……」

「……ああ、だからって、カーラが困ることはないよ。……確かに、あの戦争と、あの戦争が僕に齎したことは、僕にとって痛手だけれど、それは僕の問題だし。……それにね、例えソウルイーターがどうであったって、僕は僕として生きて、幸せになるべきだって、僕はそう思ってる」

「幸せに、ですか……」

「うん、そう。──トランで戦争をしていた頃、僕は多分、欲を掻き過ぎたんだろうな、って。あの戦争が終わって、そう思ったんだ。あの国の人達も、あの国そのものも、父も、親友も、仲間達も、僕自身も、全て幸せに、っていう『欲』。……僕には、どれか一つなんて選べなかった。……それが、悪いことだとは今でも思わないけれど、僕には、分不相応だったのかも知れないとは思うよ。欲張り過ぎたのかも、って。……あー、違うな、欲張り過ぎたと言うよりは、何一つ、切り捨てられなかったって言った方が正しいかもね。……それも又、間違ったことだとは、僕は思わないけど」

毛布の隙間から目だけを覗かせて、耳傾けるカーラをじっと見返しながら、ユインは、軽い調子で話を続けた。

「僕が選べなかったのは、僕にとって何が『一番』だったのか、って『部分』なんだろうね。二つしかない僕の両手に、本当に掴んでいたかったものは、これだ、って。それが選びきれなかったのかも。だから、こうなったのかも。──でも、もう結果は変わらないだろう?」

「…………ええ、まあ……、その…………──

──だからね。戦争に勝って、全てが終わって。僕は未だ生きているのだから、亡くしてしまった人達の為にも、幸せになろう……、って。そう決めたんだ。そして、旅に出た。グレミオと一緒にね。戦乱を齎して、人の魂を喰らうソウルイーターを、封印しようと、そう思って」

「その紋章を……、ですか?」

「ああ。これ、を。──これは、親友のテッドから預かった、大事な物だけれど、これの存在とは関わりない場所で、僕だって幸せにはなりたいと思うし、幸せにならなきゃ、亡くなった人達に申し訳ない。……だから、ソウルイーターを封印する方法を探し歩いて。デュナンのトトの村に、真の紋章が封印されている祠があるってことを知って。あの村に向かう途中に、僕は君と、逢ったんだ」

「……ああ、それで、トトへ……」

三年前の出来事、それが終わった後胸に描いたこと、そして三年が過ぎて、トトへ向かおうとしたこと。

それを、つらつらと語ったユインに、その途中で、君と逢ったと言われ、カーラは、納得したような顔付きになった。

「そうそう。…………君と出逢って、一緒にトトへ向かって。……あの時は、只単純に、無闇矢鱈、僕の正体がばれるようなことを言う訳には、と思ったから、ユイン・マクドール、ではなくて、ユイン、とだけ名乗った。まさか、あんなことになるとは思わなかったからね。…………でも、トトで。君はジョウイ君と二人、始まりの紋章を分け合って、宿したから。益々、本当のことが言えなくなった」

「……え? ユインさんが自分のこと僕に話さなかった理由は、僕達が紋章を宿した所為なんですか? ……どうして…………?」

「……言ったろう? 僕は、ソウルイーターを封印する方法を探して旅してた、って。──放浪した三年の間、『こいつ』のことだけじゃなく、他の真の紋章のことに付いても、色々と調べたよ。…………僕は、知ってたんだ。君達が宿した紋章が、始まりの紋章であることも、何故、始まりの紋章に二つの相があるのかも、それを人が宿すと、一体どうなるのか、も……」

「…………これを宿すと、どうなるか……? え? どういう意味ですか? それって……」

「……それは、又後でね……」

そうしてカーラは、続いて行くユインの話に目を丸くし、ユインは、見詰め続けていたカーラの瞳から、僅か目を逸らし。

──兎に角。僕は、君達の宿した紋章のことを知っていたから。……君の手に、それが宿ったのを見た時、後悔した。紋章のことも。真の紋章なんて、人が宿した処で碌なことにはならないことも。知っていたのに。目の前で、君達に紋章を宿させてしまった。……とても、後悔したよ……。ソウルイーターを宿した僕と、輝く盾の紋章を宿した君とを、重ね見る程に。……君が、僕と同じ運命を辿るんじゃないかと、案じぜぬにはいられぬ程に。………………後悔した。とてもとても、後悔した。僕は何をしていたんだろう……、って。紋章のことを、知っていたのに……、って……」

………………ユインは。

宙を見詰め、視線を彷徨わせながら、声のトーンを低くした。

「…………ユインさん……」

「その所為で、ね。言い出せなくなったんだ。僕の氏素性を君が知れば、君は、僕が魂喰らいを宿していることも知る。…………申し訳、なくてさ。真の紋章を宿しているのに、君が紋章を宿すのを黙って見ていたのが、申し訳なくて。……どうしても、言えなかった。本当のことが。……でも君に、三年前の僕のように、悲しい想いや辛い想いはして欲しくなくて、君の傍から離れられなくて。ずるずると、今まで、ね…………。………………御免ね、カーラ。一から十まで、身勝手で。挙げ句、君を泣かせて。……本当、御免。──……なのにさぁ、君に愛想尽かされたままここを出て行くのも、何となく嫌でねぇ。……基本的に僕って、我が儘に出来てるとは思ってたけど。君には気分の良くないだろう話まで、聞かせてしまった。…………御免ね。君に謝って、少しでもいいから、許して欲しかったんだ」

くるくると、瞳を動かし辺りを見回し、最後に、カーラへと戻してユインは、笑みらしいきものを浮かべた。

「………………御免ね、と言われても、僕が機嫌を直さないって言ったら、どうしますか……?」

その、笑みらしきものの浮かんだ顔、それが、ユインが『最後に見せる表情』のような気がして、咄嗟にカーラは言った。

「うーーーん…………。……どうしようか。どうしたら、機嫌直して、僕のこと許してくれる?」

すればユインは、困惑したような、納得したような、複雑な声を出して。

「…………僕のお願い、二つ聞いてくれたら、機嫌直してもいいです」

「お願い?」

「ユインさんが、トランの英雄でも何でも、誰に何を言われても。少なくとも、この戦争が終わるまで、ここにいて下さい。何処にも行かないで下さい。それが、一つ目のお願いです。……グレミオさんには申し訳ないですけど、僕は、ユインさんに一緒にいて欲しいんです…………」

そんなユインに、カーラは、『お願い』を告げた。

──それは、言われるのではないかと、ユインにも容易に想像が付いていたお願い。

ユイン自身も、叶うなら、せめてこの戦争が終わるまでは、己と同じ、真の紋章を宿してしまったカーラの傍にいて、その運命の手助けが出来たらと、そう考えていた『お願い』。

……そして、もう一つは。

「………………良いよ。君が望むなら、僕はそれでもいい。……で、もう一つって?」

「……子守唄、歌って下さい」

「…………は?」

「だから、子守唄」

「………………………………どうして……?」

「眠りたいからです」

「……いや、だから……」

「駄目ですか?」

「…………駄目、ってことはないけど……。何で、子守唄……?」

「……ビクトールさんとフリックさんに、教えて貰ったんです。ユインさんの唯一の弱点は、音痴ってことだ、って。それをユインさんに言ってやって、恨みっこなしにしろ、って。……だから」

「………………あの二人、それを君にバラした……?」

「ええ。……だから、子守唄、歌って下さい。──って、本当に、ユインさん音痴なんですか?」

「……残念ながら、歌の才能には恵まれなかった、って。そう言って貰えないかな……。────あの二人……、後で覚えてろよ……っ……」

…………そう、もう一つは。

カーラだけでなく、他人には余り知られたくなかったユインの欠点である、歌が下手、との事実に関する『お願い』で、傍目にも判る程、彼は情けない顔付きになったが。

「子守唄歌ってくれたら、大人しく寝ます」

カーラは、お願いを引っ込めてはくれなかった。

「……僕の歌なんて聴いたら、眠る処か、目、冴えるよ……? 知らないよ、熱出ても……」

それ故ユインは、バサリと毛布を取り上げ、半ば無理矢理、カーラの全身をそこに押し込めてから、酷く気恥ずかしそうに、消え入りそうな声で、トラン辺りでは良く歌われる、子守唄の一つを歌い始めた。

────微かに聴こえて来る、その歌に耳を傾けつつ。

……明日、ビクトールさんとフリックさん、どんな目に遭わされるのかな、と思いながら。

…………何だ、ユインさん、耳塞ぎたくなる程、歌酷くない。ほんの一寸、音程間違えて覚えてるだけのことだ、と、潜り込まされたその中で、にっこり、カーラは笑って。

本当に眠ろう、と、彼はゆるゆる、瞼を閉ざした。