「だから、何で僕が歌が下手だってこと、カーラに教えたの?」
「……だから、さっきから何度も言ってるだろう? カーラがお前とのことで落ち込んでるみてぇだったから。ちったあ元気付けてやろうかと…………」
「うん、それはさっきも聞いた」
「でも、それは本当ですよ? ユインさんと仲直りする為の切っ掛けにでもしろ、って。ビクトールさん、そう言って僕に、『ユインさんの秘密』、教えてくれましたよ」
「…………うん。つい今し方も、カーラはそうやって言ってたよね。でも、その話、続きがあったよね?」
「……ああ、ありますよ。多分、それが僕に知られたら、ユインさんは落ち込むだろうからって。ビクトールさん、そうも言いました」
「………………うんうん。そこだよ。そこが問題なんだよ、カーラ。────問題だと思うよね? ビクトールも」
「…………何処、が?」
「判らないかなあ。……確かに、カーラと僕が仲直りをする切っ掛けの一つにはなったんだろうけど、一番他人に知られたくない、歌が下手、って秘密を、カーラに知られたら最後、僕は落ち込むだろうってことも判ってて、バラすっていうのは、嫌がらせって言わないかなー? って。僕はそう思うんだ。……ほら、問題だろう? ビクトール」
「…………いや、だから、それはだな…………──」
「──問答無用。それに、フリックも」
「……え? お、俺……?」
「そう。ビクトールと一緒になって、カーラに僕の秘密をバラした時、カーラに何て言った? …………はい、カーラ、もう一回復唱して?」
「…………えーと。『多分、黄昏れる』って。『復讐の一つもしてやれ』って。フリックさんは、そう言いました」
「ん。アリガト、カーラ。…………さて、フリック。申し開きは聞かないよ?」
「……ちょ……一寸待て。頼むから、待て。笑いながら棍を構えるな、頼むから。────だからだなー、何度も言ってるように、俺もビクトールも、お前とカーラのことを思って……──」
「──……だーかーらー。だからって何も、僕が歌が下手だって話をわざわざ選んで、カーラに入れ知恵することはないよね? …………という訳で。制裁」
────それは、ルカ・ブライトとの決戦を終えて、一週間ばかりが過ぎた頃。
ルカとの戦いが終わった直後、意識を失って倒れ、ベッドの住人となっていたカーラが、漸く普段通りの生活を送れるようになると共に、約一ヶ月程に渡りこじれていた、ユインとカーラの仲が戻って、数日が経った頃。
ユインは、カーラと二人、ビクトールとフリックを捕まえて、自分が歌が下手であるという秘密を、カーラにバラしたことに対する『制裁』を加えていた。
「……いってー……………」
「………………あ、コブが出来た……」
ユインの制裁は、本当に制裁だから、微笑みながら自分達を問い詰め、やはり微笑み全開のまま、振り上げた棍を、情け容赦なく振り下ろした彼に、傭兵達はそれぞれ、痛手を被った場所を押さえながら、恨みがまし気な目を向けた。
それでも、フリックよりは遥かに要領が良いビクトールは、棍が振り下ろされた瞬間、戦いの最中にも見せたことないような集中を見せ、身を捩り、直撃は避けたので、未だ被害は軽かったが。
同盟軍の中でも一、二を争う程要領の悪い……と言うか、不運に見舞われる質のフリックは、「当人が気にして止まないことを、勝手にバラしたのは流石にマズかったか……」と、若干の罪悪感を憶えてしまった所為か、馬鹿正直に制裁を受け止めてしまい、いっそ切れて、出血した方がマシだったのではないだろうかと、端でそれを見守っていたカーラは感じざるを得なかったくらい見事なコブを側頭部に拵え、眦に涙を浮かべた。
それ故、ビクトールに対する制裁には少々の不満が残るものの、その分、フリックにはきっちり『入った』から、まあいいか、と、漸くユインは棍を引っ込めて、ケロリと、不機嫌そうな態度をも正し。
「…………ま、まあ、何にせよ良かったよ……。お前達の仲違いが何とかなって」
「……仲直りした途端、俺達がやきもきした、あの一ヶ月は何だったんだってくらい、ケロっとされてるのも、癪に障るがな……」
こいつの機嫌も戻ったことだし、ここは大人しく泣きを見ておこうと、ぶちぶち言いたい気持ちを抑えて、フリックもビクトールも、ユインとカーラに呼び出された屋上の片隅に、やれやれ……と腰を下ろした。
「別に僕達、仲違いしてた訳じゃないよね? カーラ。一寸した、擦れ違いって奴だよねぇ?」
「……擦れ違いって言うか……。僕が一方的に拗ねてただけ、とも言いますけど………」
「でも、元はと言えば僕の所為だし」
「…………え、けどやっぱり、僕の所為じゃないかと……」
二人の傭兵に倣ったように、ユインもカーラも、余り広いとは言えない屋上の片隅に、ちょん、と腰掛け。
「…………勝手にしろ……」
「……あー、仲が良いってのは素晴らしいことだなー……。麗し過ぎて、俺は涙が出て来る……」
雨降って、地、固まり過ぎたような感が、どうしても否めぬ二人組へ向けて、腐れ縁達は、深い溜息を零した。
「…………あの。処で、ユインさん」
「何?」
「訊いても良いですか……?」
「え、何を?」
「その……、どうして、ビクトールさんとフリックさんは、ユインさんの、その……歌のこと、知ってたんですか?」
「…………ああ、それ…………」
だが、大人達の溜息を他所に、カーラとユインの会話は続いて。
「解放戦争中ね、ソニエール監獄っていう所で、グレミオが一度、この世からいなくなった時──」
「──え? この世からいなくなった…………??」
「ああ、気にしなくても良いよ。現にグレミオ、生きてるし。あ、幽霊になって生きてるって訳じゃないからね? 兎に角、そんなことが遭った時に」
「…………はあ」
「子供の頃、母親代わりだったグレミオが歌ってくれた、子守唄のこと憶い出してさ。ちょーっと、一人で歌ってみたりしてた処を、この二人に見つかってねー。……でもね、この二人、慰めてもくれなかったんだよ? お前の欠点は、音痴ってことだったのかっ! って、鬼の首でも獲ったように、笑い出したんだよ? 酷いと思わない?」
「あ、それは人でなしですね」
誠さり気ない形で、ユインとカーラは、傭兵二人組の心にぐっさりと痛手を負わせ──因みに、カーラにはこれっぽっちも悪意はない──、でも、お喋りは止めず。
「……そうだろう? ちょっぴり、まあ、柄じゃないとは思うけど、あの時の僕は感傷的な気分だったのに、腹抱えて笑われたんだからねー。………………でも、さ」
「はい?」
「僕はその時まで、自分が音痴だってこと、知らなかったんだよ。クレオもパーンも、歌なんて歌わないし、父上は論外だったし、グレミオの歌う歌は、僕と同じ調子だから。感傷的な気分に水差されたことよりも、音痴って指摘されたことの方がショックでねー」
「…………あああ、成程。だからなんですね」
「だから、って?」
「ユインさん別に、音痴じゃないですよ? 一寸、音程が外れてるだけですよ? 多分、グレミオさんが間違った音程で歌った歌を、そのまま憶えちゃったから、他の人が聴いたら、音痴に聞こえるだけですよ。だから多分、グレミオさんに教えて貰った子守唄じゃなくって、他の歌を、誰か他の人にきちんと教わったら、歌が下手、って言われること、なくなると思いますよ?」
「…………そう?」
「ええ、多分」
「じゃあ、グレミオも制裁するべき?」
「…………その必要はないと思いますけども……」
──ビクトールとフリックの、言葉を借りる訳ではないが。
ありありと、呆れを滲ませている傭兵達の前で、何処までも、和気藹々と彼等は、そのような話を、何時までも続けた。