──ユインとカーラの仲が戻り、カーラが、ユインに対する本当に気持ちに気付いて、更に、数日が過ぎた頃。

思い掛けぬ『客』が、同盟軍本拠地の、正門前にやって来た。

何処かで仕立てて来たらしい馬を駆って、正門を守っていた兵士達が、何事かと思う暇もない内に、馬上より降り立ち、何処となく慇懃な態度で、

「同盟軍盟主、カーラ様へ取り次ぎを願えますか」

と申し出て来た、カーラ達にとっての思い掛けぬ客は、名を、クルガン、と言った。

ハイランド皇国に仕える、武将の一人である。

その名を聞いた途端、クルガンの素性に思い当たった兵士は、大慌てで城内へと取って返し、カーラやユインやシュウ達を、正門前へと呼び出し、たった一人で、敵方の武将が乗り込んで来たとの報告を受けたカーラ達は、皆、身構えるようにクルガンの周囲を取り巻いたが、クルガンも、相当肝が太いのか、動じる様子も見せず。

「同盟軍盟主、カーラ様ですね? 我等が主、ハイランド皇国皇王ジョウイ・ブライト様よりの、書状をお届けに上がりました。和平交渉を、申し込ませて頂きたい旨の、書状です」

己を取り囲んだ面々を一瞥し、その中よりカーラを見付けると、一歩、彼の前へと進み出て、クルガンはそう言いながら、懐より取り出した、一通の書状を差し出す。

「和平交渉の為の、書状……? え、一寸待って、今、ハイランド皇王ジョウイ・ブライト、って…………?」

差し出されたそれを、勢いで受け取りつつカーラは、クルガンが告げた口上をなぞってより、目を見開いた。

「はい。先日、先代皇王、ルカ・ブライト様が戦死為さいましたので。ルカ様の妹君の、ジル様と婚姻を交わされたジョウイ様が、皇王の座にお即きになられました」

「…………結婚。ジョウイが」

「ええ。……それが、何か? ああ、カーラ様と、ナナミ殿……でしたか? カーラ様の義姉の。……お二人は、皇王様のご友人でいらっしゃるとのことでしたから、出来れば挙式の方にご出席願いたかったと、皇王様も仰っておられましたが、そういう訳にも参りませんでしたので。何か、お伝えしたいことがお有りでしたら、わたくしが賜りますが」

「……いえ、その。そういうことじゃなくって…………。伝言は、別に、特に…………」

「そうですか? それは残念です。──では、書状の方は、確かにお渡し致しましたので、御検討下さい。良いお返事を、お待ちしております」

何処か、きょとんとした顔で、手にした書状とクルガンの顔を見比べるカーラだけを、クルガンは見て、他の者などどうでもいいと、彼にのみ語り掛け、言いたいことを言い終えると、ここまで駆って来た馬に再び跨がり、街道を戻って行った。

「和平交渉…………」

「和平交渉、ねえ…………」

突然敵地へ赴いて、やりたいことだけをやって、とっとと去って行ったクルガンを、取り敢えずは目で見送りつつ、その場に居合わせたシュウとユインは、同時に、似たような呟きを洩らした。

──二人の関係は、今日こんにちに至っても相変わらずで、カーラとの仲を戻し、少なくともこの戦争が終わるまでは同盟軍の一員として在る、と決めたユインのことを、シュウは未だに気に入らずにおり、ユインはユインで、根性のネジ曲がった正軍師の相手はもうしない、と決めているが。

同盟軍の盟主として、という意味でも、誰の目にも──ユイン曰く、根性のネジ曲がっているシュウの目にも──大抵の場合、無条件に可愛がってやりたくなる弟のような存在、という意味でも、何くれと尽くしたくなるカーラを守りたい、という部分でのみ、二人は意思の疎通が図れるから、似たようなことを考えたのだろう彼等は、自分と同じ呟きを洩らした相手をちらりと見遣って、互い、余りこの相手とこんなことはしたくない、と思いながらも、何とはなしに、目と目で会話し。

「カーラ殿、軍議を致しましょう」

「……カーラ、行こう」

彼等は声を合わせて、じっと書状を見詰めるだけのカーラを呼んで、仲間達をも促し、城内へと戻った。

軍議、と言うよりは、先程の、正門前での出来事を目撃した者全員が傾れ込んでの騒ぎ、と言った風情になってしまった本拠地二階の議場で、クルガンが使者となり伝えて来た、和平交渉を申し込む為の書状を、カーラの手より引ったくるようにして奪い、握り締めたナナミは。

「誰よ、今、和平の申し込みなんて罠かも、なんて言った人っ! そんなことある筈ないもん! 罠な訳ないじゃない、もう、ルカ・ブライトはこの世にいなくて、ハイランドの皇王様はジョウイなんだからっっ。ジョウイはそんな子じゃないよ、私達のこと罠に嵌めるような、そんな子じゃないもんっっ!」

議場に集った誰かが囁いた、「罠かも……」の一言に過剰に反応して、カーラや、ユインや、シュウが何かを言い出すよりも早く、そう捲し立てた。

「…………あー、ナナミ。お前の気持ちは判る、が」

故に、片目でナナミを見遣りながら、もう片目で、見詰めて来た一同の視線を一身に受けたビクトールは、「俺は子守りが仕事じゃない」と、ぶつぶつ、口の中でのみ文句を零しつつも、極力穏やかに響くだろう声で、ナナミに話し掛けた。

「何っっ?」

「そう、噛み付くな。──お前は、こうなる以前のジョウイを良く知ってるから、そう言いたくなるんだろうし、俺やフリックやユインだって、あいつを知らない訳じゃねえから、お前の気持ちは判るつもりだ。でもな、戦争や、それに関わる交渉事は、誰か一人の意思だけで動くもんじゃないってのは、お前にだって解るだろう? だから、ジョウイ──ハイランド皇王にはそんなつもりがなくても、その周囲を取り巻いてる者達の思惑まで、そうだとは限らない」

「そんなことくらい、言われなくたって判るわよ……」

「あーもー、最後まで聞けっ。……だから、な? 用心するに越したことはないだろう?」

「でもっっ。そうかも知れないけどっっ。ジョウイは、ハイランドの皇王様になったんだもの。ハイランドで一番偉いんだもの。そのジョウイが、私達と和平の交渉をする、戦争を止めるって言って、あんな使者の人まで立てて来たのに、今更誰がそれに逆らうの? そうでしょう?」

「いや、だからだな…………」

「…………ビクトールさん。ナナミも。一寸待って」

これ以上、ナナミの神経を逆撫でしないように、それなりの言葉を選びながら、どうして、こんなに真っ直ぐな質の少女を、口先で言い包めるような真似をしなくてはならないんだろうと、若干落ち込みを覚えつつ、ビクトールは説得を続けたが、当のナナミは、頑としてビクトールの話に耳を貸さず、二人のやり取りより、暫しの間考え込むような素振りを見せた後、間に、カーラが割って入った。

「あの……、シュウさんの意見は?」

まあまあ、二人共……、──そんな調子でビクトールとナナミを黙らせ、カーラは、正軍師を振り仰ぐ。

「……その書状には、カーラ殿とテレーズ殿、揃ってミューズまで来て欲しい、と書かれてあります。馬鹿正直に、その申し出の全てを受けるのは、考え物かと」

ふいっと、琥珀色の瞳を向けられたシュウは、意見を求めて来たカーラのみへ向けて答えた。

「もうっ! どうして皆、そうなのよっっ。戦争を止めようって、そう言って来てるのにっっ。──カーラっ。カーラには判るよね? ジョウイはそんな子じゃないってっ。ね? 行こうよ、ミューズに行けば、戦争は終わるんでしょう?」

すれば、シュウの進言に、誰かか何かを想うよりも早く、又、ナナミが声を張り上げ。

「…………どうなさいますか?」

その声の大きさに、一瞬眉を顰めたものの、もう、ナナミを無視することに決めたのか、シュウは、カーラの決断を仰いだ。

「……そう、だね…………」

シュウだけでなく、一同に見詰められ、求められ、悩むようにしながらも、カーラは。

「ミューズに、行ってみることにする。それで戦争が終わるなら、とは思うから。…………良いですか? テレーズさん」

ミューズに行く、と、仲間達に告げた。

「はい。カーラ様がそうお考えなら、私はご同行するだけです」

「シュウさんも。それで良いですか?」

「…………判りました。では、そのように。…………ああ、一つだけ。チャコを同行させるよう、お願い致します」

彼のその判断に、テレーズも、シュウも、僅か、はっとしたような顔色になったが、直ぐさまそれを、二人は引っ込め。

「そうよねっ。そう来なくっちゃ、流石カーラっ」

ナナミは、義弟の決断を、手放しで喜び。

「なら。支度、しようか。早い方がいいだろうから」

何時も通り、何処か飄々した調子で言いながらも、ユインは、カーラではなく、シュウを見た。

──そうして、それより暫く、人々の、やけに事務的な声と、思惑とが飛び交って、数刻後、慌ただしく支度を終えたカーラは、ユイン、テレーズ、ナナミ、チャコ、ルック、シーナの六名と共に、コロネの街へと向かう船に乗り込んだ。

「ビクトール、フリック。……仕事だ」

「……だと思ったぜ……」

「余り、キツいことは言わないでくれよ……」

自分達を乗せた船が、船着き場より離れた直後、見送ってくれた、シュウやビクトールやフリックが、そんな言葉を交わしたとも知らずに。