「どうして逃げるの、カーラっ! ピリカちゃんのこと、置き去りにしてもいいのっ? ジョウイだって……っっ……」

──ジョウストンの丘の議場を飛び出して、一目散に市門へと駆け出したカーラに、ビクトール達に手を引かれ、引き摺られるように走るナナミは叫んだが、カーラは、その叫びへ耳を貸したくなさそうな素振りで、若干俯き加減のまま、駆ける脚を止めず、チャコが確保しておいてくれた市門から、外へと飛び出した。

ミューズの街中を駆けながら、追い縋る皇国兵達を何度か倒したからか、市門付近は、思っていたよりも敵の姿はまばらで。

「ユインさんは……っ」

漸く一息付ける、とカーラは駆ける脚を緩め、一人あの場に残ったユインを気にした。

「ユインのことなんかより、自分のこと気にしたらどうなのさ。あんたに何か遭ったら、同盟軍は終わりなんだからね」

「でも……っ」

悲痛めいた顔になって、来た道を振り返った彼へ、ルックが、叱るような科白を吐いたけれど、カーラは、揺れ始めた瞳で彼を見遣り。

「………………世話の焼ける……」

ぼそり、風の魔法使いは嫌そうに独り言を洩らし、誰にも何も言い置かず、唐突に、その場より消えた。

「え、ルック……?」

「平気だって。気にするなよ。ユインもルックも、大丈夫だからさ」

転移魔法を操り、掻き消えてしまったルックに、カーラは驚きの声を放ったが、焦りを見せた彼をシーナが宥め。

「ぐずぐずしている暇はないから。行くぞ」

今も尚、目を離したら駆け戻ってしまいそうなナナミを腕を掴んでいるビクトールが、東を目指して、足早に街道を辿り始めた。

……ビクトールに従い、カーラもナナミも、それぞれがそれを向ける相手は違えど、後ろ髪引かれるように、幾度かミューズを振り返りながら歩き始めて暫し。

ふわりと、辿る街道の先が揺らいで、転移魔法の結界の向こうから、ルックとユインの二人が帰って来た。

「……ユインさん! ルック!」

無事に戻った二人を見付け、カーラは駆け寄る。

「ユインさん、良かった…………。──ルック、ユインさんのこと、迎えに行ってくれたんだね。有り難う……」

「御免、心配掛けた?」

「別に、感謝されるようなことした訳じゃないよ。あんたが、ユイン、ユインって、うるさいから……」

ユインへは抱き着くようにしながら、ルックへは、とても嬉しそうな笑みを向けたカーラへ、ユインは軽い詫びを告げ、ルックは、悪態を吐きながらそっぽを向いた。

「よし。じゃあ、急ぐぞ。トトまで、フリックが迎えに来てる」

だから、これで、少なくともカーラは大丈夫だな、と、少年達の様子を横目で眺め、ビクトールは一層、街道を辿る脚を早めた。

街道を、一路、トト目指しつつ。

「ビクトールさん。何で、ビクトールさんはピリカちゃんを連れてあそこに来たの? 何でフリックさんが、私達をトトまで迎えに来てるの……?」

「……あー、その、な……。その…………。────シュウには、こうなることが判ってたみたいでな。カーラを助ける為と、その言葉を借りれば、『カーラ殿の心にしこりを残さない為に』……ってな理由で、……まあ、そういう訳、だ」

そう言って見上げて来たナナミへ、何処となく言い辛そうに、ビクトールが答える、という、そんなやり取りが交わされた後、彼女が黙りこくってより、数刻が経った頃。

一行は無事、トトの村へと辿り着いた。

橋を越え、未だに露(あらわ)な焼け跡を抜け、東側の門より村の外へと出れば、ビクトールが言った通り、そこにはフリックと、彼に率いられた部隊が皆の帰りを待ち侘びており、一刻も早く本拠地へ戻る為、カーラ達も又、馬上の人になった。

そうして、息付く間もなく、カーラ達を迎えた部隊は、本拠を目指して草原を駆け出し、共に跨がった馬の背で、カーラはユインを呼んだ。

「…………ユインさん」

「……ん? 黙ってないと、舌噛むよ?」

「……大丈夫ですよ。もういい加減、馬にも慣れましたから」

「そう?」

「はい。…………ユインさん。あれから、もう、どれくらい経ちますっけ……」

「あれから?」

「……ええ。この草原で、ユインさんに助けて貰ってから。もう、何ヶ月経ちますっけ……。半年くらいには、なりますよね」

「そうだねえ。それくらいには、なるのかな?」

己の眼前に跨がるカーラの顔を、覗き込むようにしつつ、彼が言い出したことに耳を傾けてみたら、『あれ』から過ぎた時間は一体どれくらいだろう、と問われて、ああ……、とユインも、段々と遠くなり始めたあの頃へ、思い馳せた。

「……随分、遠い話になっちゃいましたね……」

「…………そうだね」

「僕は……。僕、は…………。…………僕……」

「……どうしたの? カーラ」

「…………何でもないです……。一寸、落ち込みそうなだけで……」

──思い馳せたまま、カーラの言葉の続きに聞き入れば、唯でさえ沈んでいたカーラの声が、益々暗く落ちたから。

「……うん。気持ちは、良く判るよ……。……でも、カーラ。落ち込むのは後にしよう? 君には未だ、仕事がある。無事だってことを、城で待ってる皆に伝えないとね? そして、ハイランドが未だに、同盟軍と戦う意思を持ってるってことに対して、毅然とした態度を見せないと。……辛い、けど。辛いと思うけど……。頑張って、カーラ。僕に出来る限りのことはするから。……ね?」

手綱持つ手の片方を外して、そのままその手を、カーラへと廻し、抱き寄せるようにして、ユインは、その耳許で囁いた。

「……傍にいるよ。傍にいる。だから、元気出して? カーラ……」

…………今のカーラに告げるには、残酷とも言える言葉を。