決裂に終わった、ハイランドとの『和平交渉』よりカーラ達が帰城してから暫くの間、同盟軍本拠地の様子は、何処となくおかしかった。

何故、そうなってしまったのかと言えば、結局ハイランドは、ルカ・ブライトがどうのとか、一切関係なく、自分達を潰すことしか考えていないと、交渉の結果から、同盟軍の者達の大半が受け取った所為もあるし、カーラを救い出す為、致し方なかったとは言え、ピリカという年端も行かぬ少女を、シュウが盾に使ったことに関し、ナナミが人目も憚らず、盛大に噛み付いた件が引き起こした、『騒ぎ』の余波の所為でもあった。

だが恐らく最大の理由は、ミューズから帰還してより数日が経った今も尚、カーラが落ち込んでいるような素振りを見せているのと。

ユインも又、落ち込んでいるような、けれど怒っているような、そんな態度でいることだろう。

だから今、本拠地内部の雰囲気も士気も、余り良好とは言えず、誰からともなく、「何とかした方が良いんじゃないのか」との意見が洩れ始め、ユインに下手に触れると後が怖いから、先ずはカーラの方から何とかしようと、そんなことを考え始めた仲間達は、カーラに『お伺い』を立てる役目を、ナナミに振ろうとした。

が、今のナナミにそれをさせるのは、幾ら何でも可哀想だという結論に達したので、ナナミに立てられ掛けた白羽の矢は引っ込められ、揉め事引き受け部隊の感のある、ビクトールとフリックに、改めて白羽の矢は立ったが。

あれでいて案外、頑な部分の持ち合わせのあるカーラは、ビクトールやフリックがどう宥め賺しても、ミューズでの出来事を経て抱えた胸の内を明かそうとはせず、白旗を上げた傭兵達の次に、『お伺い』の役目を振られたのは、ルック、だった。

無論、ルックの性格は周知のものであるから、そんな役目を振られても彼は、

「どうして僕がそんなこと……っ」

……と、断固拒否の姿勢を見せたけれど、無関心や冷血であるようにルックは振る舞っているけれど、実の処は案外優しい性根をしていると、何もそこまで、と言える程、他人の機微に聡い同盟軍の一部の者は気付いていたので、結局、ルックは仲間達に押し切られて、渋々。

ミューズより帰還して数日が経った、とある日。

仲間達に背中を押される風に、『お伺い』に向かった。

────だが。

ルックが『お伺い』に向かった先は、カーラの許ではなく、ユインの許だった。

何故ならば、ビクトールやフリックにさえ、カーラが腹の中を見せないと言うなら、もう、それを叶えられる唯一の人物は、ユインしかいない、と、ルックは知っていたから。

なので、将を射んとすれば先ずは駒、の故事に従い、ルックは、屋上で一人ぼんやりしていたユインを訪れ。

「……一寸。話があるんだけど」

ふてくされたような口調で、歯に衣も着せず、どうして自分がここに来たのかの理由を語った。

「…………ふーん。で? 僕にどうしろって?」

事情を語られてユインは、だから? と首を傾げた。

「……だから、じゃないよ。あのお子様が落ち込んでる風な素振り見せて歩いてると、士気が落ちるだけだから、何とかしようってのが、ここの連中の結論で。で、あいつを何とか出来るのは多分、あんただけだから、僕はここに来た、って。言ったろう? たった今。……何とかして来てよ、ユイン。……そもそも、カーラがあんな風にしてたら、何時もだったらあんたが一番放っておかないだろうに、どうして今回に限って、放ったらかしておくのさ」

真っ向勝負で事情を語ってやっても、恍けた風な雰囲気を消さないユインに、ルックは苛々と。

「……あー、うーん。……正直な話、何て言ったら良いか、判らないって奴?」

だからユインは肩を竦め、腰が重い、と吐露した。

「どういう意味? それ」

「僕は、見て来てしまっているからね。同盟軍の盟主になる以前のカーラも、カーラと一緒にいたジョウイ君も。どうして、二人がこんな風に道を違えたのかも。この目で、見て来てしまってる。あの二人が、仲の良い幼馴染み同士だったのも、充分過ぎる程、僕は知ってしまっているんだよ」

「…………だから?」

「……鈍いねえ、ルック。言いたいこと、判ってよ。──だから。……ま、僕がこんなこと思ってみたって、仕方がないのは重々承知してるんだけどさ。ずっとカーラの傍にいて、これまでのことを見て来たのに、どうして、何とかしてあげられなかったのかな、とか、思っちゃうし。それに……」

「……未だ、ある訳?」

「あるある。盛り沢山。──それにね、どうしても僕は、心の何処かで、カーラとジョウイ君の関係を、僕とテッドの関係に、置き換えてしまうみたいだ。……だから、さ。今、カーラに向かって口を開いたら、ジョウイ君のこと、詰ってしまいそうでね。……でも、そんなこと言っちゃったら、カーラを傷付けるだけだろう? ……そういう訳で。一寸、カーラに何て言ってあげたら良いのか、判らないんだよ。だから、腰が重たい。……了解?」

「………………馬鹿じゃないの?」

屋上の風に吹かれながら、口振りだけは飄々と、腰が重たい理由をユインがルックに語れば、ルックは、しみじみと、呆れ故の溜息と、悪態を零した。

「馬鹿、ねえ……。馬鹿かなあ、やっぱり」

「あんたはもう少し、利口──いいや、もう少し、狡猾な人間じゃなかった? 頭の中、悪知恵ばかりで満たしてるタイプのくせして。何、ぐじゃぐじゃ言ってるのさ。その気になれば、ジョウイのことになんかこっれぽっちも触れないで、カーラの本音引き出すくらいの芸当、簡単にしてみせるだろうに。……どうして、カーラにだけはそうな訳? 何で、カーラにだけは、そんなに臆病な訳? あんた、熱でもあるんじゃないの?」

「熱なんかないよ。健康そのもの。お陰様で」

「…………………………そんなに、大切? カーラのことが」

呆れと悪態に、ユインが、ふざけつつの同意を示したので、ルックはそのまま、思う様、捲し立てて、トドメとばかりにユインの顔を、わざとらしく覗き込んだ。

「……どういう、意味? ルック」

「……別に。言葉通りの意味だよ。…………兎に角。トランの英雄ともあろう者が、こんな所でうだうだしてないでくれる? 盟主のこと、何とかして来てよ。何とか出来るの、あんたしかいないんだから。僕は、腑抜けた盟主と運命共にして、戦死するのはまっぴら御免」

……そうしてルックは、己が言い捨てた科白に、刹那、ユインが恐ろしい顔付きになったのを見届け『満足』を覚え、ロッドを振って、瞬きの魔法に身を委ね、屋上から姿消した。