ユインが、屋上にてルックと『やり合って』いた、丁度その頃。
カーラは自室のベッドの上で、『捕獲』して来たムササビ達と、ゴロゴロ、戯れていた。
「ムクムクぅぅぅぅ…………っ」
──相変わらず、彼が愚痴を零す相手は、人語を解しはすれども喋れはしない、ムクムク達しかいないようで、ムームーと、心配しているような、捕獲され続けるのを嫌がっているような、何とも言えない鳴き声を上げるムクムクを、ぎゅうっと、目一杯抱き締めて彼は。
「…………はあ……。落ち込む…………。どうしよう、ムクムク……」
誠、べそべそと、泣き言という名の独り言を語り続けた。
「ムーー……」
抱き締めて来るカーラの腕が、痛くはあるのだろうけれど、名を呼ぶ彼の声が、何処か悲壮そうであるのに、ムクムクも、ムクムクなりに気付いたのだろう。
嫌がる素振りを止めて、窺うように鳴いた。
「……あのね。聞いてくれる……?」
そうすれば、その鳴き声にカーラは慰めを覚えたのか、がばりと起き上がって、腕の中の獣に、切々と訴え始めた。
「ム?」
「……ミューズでね、半分は、そうかも知れないって思ってたけど、半分は、違うって信じたかった、あんなことがあって。ジョウイは、あんなこと言い出して…………」
「ムウムウ」
「…………僕ね。僕……もう、誤摩化しようがないくらい、ユインさんのこと、好きみたいなんだよね……。ユインさんと一緒にいられるんなら、この戦争ですら、未だ終わって欲しくないって、心の何処かで、ずっと、そんなことすら考えてる……」
「……ムウ」
「……ねえ、ムクムク。……ミューズで、ジョウイに降伏してくれって迫られた時。……僕は本当に、この軍や、皆のことを想って、降伏なんて出来ないって、そう言ったのかな。僕は、本心からそう言えたのかな。ユインさんと一緒にいたいって、そんな気持ちはあの時関係なかったって、僕は自分で自分に、胸張って言えるのかな……。──……本当に、皆のこと想ったよ? この軍のことだって、想ったよ? でも……皆のこと想って、この軍のこと想って……、だったら、僕はもっとあそこで、頑張らなきゃ駄目だったんじゃないのかな……」
訴え、言い募ることに、一応の間の手をムクムクが入れてくれるから、カーラは泣きそうに声を詰まらせて、一層の訴えを続けた。
「……ム?」
「嫌だ、って。無条件降伏なんて出来ないって。突っ撥ねるしか、僕には出来なかったのかな……。ジョウイが思ったようにじゃなくって、もっと、こう……何とか、戦争を終わりにするような説得、出来なかったのかな……。…………僕は只、ユインさんと一緒にいたかっただけなのかな……。だから、努力するの、途中で止めちゃったのかな……。────あーもー、ムクムクぅぅぅ。僕、自分で自分が判らないよおおおっ……」
そうして彼は、思い詰めたように、ホロッと泣き出してしまい。
「ムム……。ムムゥ……。ムアー……」
心底困り果てた風にムクムクは、眉間に皺を寄せる、という器用な真似をしてみせ。
「………………ムッッ!」
…………何を思ったのか。
カーラの周囲を取り巻いていた、ムササビ仲間と共にベッドから飛び立って、その部屋の扉にしがみ付いた。
「……ムクムク……?」
ベタベタと、ムクムク達には重たいだろう扉にしがみ付く、ムササビ達のその様は、何とかそこを開こうとしている様子と映り、目許を拭いながら、カーラが首を傾げれば、がちゃりと音を立てて、扉は外側から開かれた。
「……あれ? ムクムク?」
その時、ムクムク達の意に応えるように、扉を開いて入室して来たのは、屋上にて、ルックとやり合った後のユインで、彼は、扉の前に陣取り、足許にまとわり付いて来たムクムク達に気付き、きょとんとした。
「…………うわっっ、ちょ、ムクムクっっ!」
と、ユインが、あれ? と首を傾げたその隙に、ムクムクは仲間達と共に素早い跳躍を見せて、べしべしと、ユインの顔面目掛けて、『アタック』を開始し。
「ムクムクっっ! マクマクもミクミクもメクメクもモクモクもーーーっ! 何してるのっっっ!」
ムクムク達の行動に、一瞬呆気に取られてから、はたと我を取り戻したカーラは、ベッドから飛び降りて、ボインボイン、ユインの顔目掛けて、ふかふかの腹をぶつけ続けるムクムク達を引き離した。
「………………僕、ムクムク達に嫌われるようなことしたかな……?」
「……いえ、そうじゃないと思います……」
──カーラが、御免、後でねと、ムササビ五匹を部屋の外へと放り出したので、漸く、ベッド辺りに落ち着くこと叶えたユインは、ムクムク達の腹が当った鼻筋を、軽く撫でつつ首を傾げ、カーラは、ユインの隣に腰掛けながら、申し訳なさそうに項垂れた。
「そう? なら良いけど。……でも、何でムクムク達……」
「…………あー。ユインさんに、遊んで欲しかったんじゃないかなー、と……。はは……。──それよりも。どうかしたんですか?」
「……ああ。…………どうか、と言うか、その……。────……あれ? カーラ、もしかして、泣いた……?」
幾度となく、ユイン絡みの愚痴を零したから、もしかしたらムクムク達は、少しでも『仇』を討とうとしてくれたのかも知れないと、頭の片隅で考えつつ、カーラが誤摩化せば、ユインは、何処か落ち着かなさそうな風情を見せて、……が、先程、カーラがほろりと零した涙の痕に気付き、彼の目許へと、指先を伸ばした。
「……あ、これは、その…………」
「どうか、したの? ……何か、遭った……?」
「…………何でもありません。えっと……、一寸、落ち込んでただけなんです。その……ハイランドとの和平交渉、あんなことになっちゃったから……。罠かもって判ったのに、乗り込んだ結果は、ああで……。少し、盟主としての自信、なくしちゃったって言うか……」
目許を拭って行った、ユインの優しい指先に、カーラは咄嗟に嘘を吐いた。
けれど、嘘を吐いたこと、嘘を吐かざるを得なかったこと、それに、又胸は締め付けられて、堪えきれなくなったように、拭われたばかりの目許に、彼は再びの涙を滲ませ。
「君が落ち込む必要なんて、何処にもないよ……」
ユインは、カーラの胸に過る想いを知らぬまま。
「皆、心配してるから。元気出して。戦争なんて、何時までも続かない。大丈夫。皆、傍にいてくれるし。僕も、傍にいるし。……必ず戦争は終わって、辛い時間も終わるから……」
泣き濡れ始めたカーラを抱き寄せ、又、残酷な一言を、それと知らず、告げた。
泣き出してしまったカーラを慰めるユインと、告げられた言葉に、益々胸が苦しくなるのを覚えたカーラとの間に、一瞬の沈黙が降りた時、比較的激しく、カーラの部屋の扉が叩かれて、外から衛兵の声が聞こえた。
「カーラ様、シュウ軍師がお呼びですよ。今直ぐ、二階の議場においで頂きたいそうです」
乱暴なノックをするや否や、カーラの応えも待たずに用件を告げた衛兵の声は、何処となく、急かすような調子を持っていて。
「あ、は、はいっ」
ぐいっと目許を拭いながらカーラは、抱き寄せてくれたユインの腕を突き飛ばすように逃れて、ベッドから立ち上がった。
「な、何の用事でしょうね、シュウさん……」
「…………顔、洗った方がいいよ?」
ぎこちない笑みを浮かべつつ逃げて行ったカーラを、少々不機嫌そうな目線で見遣り、それでも、ユインも共に立ち上がって。
「え……。そんなに、泣き顔酷いですか……?」
「少しだけね。でも、顔洗えば平気かな」
部屋の片隅に走ったカーラが、洗面器に水差しの水を空けて、ぱしゃぱしゃと、大慌てで顔を洗うのを待ち、共に、二階の議場へと降りた。
──向かったそこには、かつて、ジョウストン都市同盟に属していたティント市近くの、灯竜山からやって来たと言う、山賊のコウユウがおり。
窮地に陥っている自分達の山と義兄弟とを、救って貰えないかとカーラに縋って来たコウユウと、コウユウ達の塞を窮地に陥れたのは、どうやらネクロードらしいと知ったビクトールの、たっての願いを受けて、そのままカーラ達は、ティントの東、灯竜山へ、向かうことになった。
コウユウに案内されて、山賊達の塞へと向かうことになったカーラと同行したのは、ユインと、ビクトールと、ルックと、どうしても一緒に連れて行け、と言って聞かなかった、ナナミだった。
『あの』ネクロードが出て来るかも知れないからと、カーラは最初、ナナミの同行を渋ったのだけれど、何も彼も忘れて体を動かしていたいと思ったのか、それとも、ミューズから帰って来てよりこっち、落ち込んでいる風なカーラのことを、頓に気に掛けたのか、はたまた、ジョウイとカーラの『仲』がああなってしまった以上、もう、カーラを『守れる』のは、自分唯一人、……そう思っているのか。
ナナミは、危険だから、と言う周りの意見を押し退けて、共に。
だが、灯竜山に彼等が到着した時、コウユウ達の塞は既に、ネクロードが操るゾンビ達に襲われ、陥落した後で、一路彼等は、次にネクロードが狙っているらしい、ティント市へ向かった。