一度は逝ってしまったグレミオや、還っては来なかった父や親友が、今際の際に掛けてくれた言葉は、言い回しこそ違え、どれも皆一様に、己の幸せを願う為の言葉だったと、ユインは今でもそう信じている。
どの言葉も、皆、暖かく厳しく、情愛に満ちていたそれだったと。
その生涯が終わると言うのに、己だけに向け、掛けられた彼等の言葉は、何よりも重く、そして、何にも代え難い言葉達だと、ユインはそう思っている。
彼等の『言葉』に報いる為にも、自分は『幸せ』にならなくては、とも。
……故郷で起こった戦いは痛手で、今尚痛手で、けれど、彼等の為にも自分の為にも、どのような形であれ確かに幸せになって、前を向いて、そうして誰にも、己自身にも恥じることなく、逝ってしまった彼等の言葉と思い出を、抱いて行けるようにと、彼は。
だから、そんな風に思う彼だから、生と死を司る紋章とも、それなりには向き合えて、沢山の人々との関わり合いを絶つこともせず、ソウルイーターの有り様と、己を取り巻く大切な人々との関わりは別物、と割り切って、生きて来たのに。
…………ここに来て、急に。
彼は、自分が『こうしている』のが、怖くなった。
今腕に抱いている、固く瞼閉ざした少年のことを、もしかしたら己はと、そう気付いた途端、右手に宿る紋章が齎す現実──三年前、血の涙を伴う程の痛手を齎したあの現実と、己の右手そのものが、彼は再び怖くなった。
──大貴族の息子として、溢れんばかりの愛情の中で育った彼だから、他人から注がれるものであろうと、他人へと注ぐものであろうと、世に数多ある愛情の質、それを読み違えることはない。
己が、腕に抱いた彼へと向ける愛情が、如何なる質のものなのか、彼には、判り過ぎる程に判る。
…………グレミオが、一度は逝ってしまった時。
オデッサが、父が、親友テッドが逝ってしまった時。
自分は確かに前を向いて、幸せでなくちゃ……と、それまでも、その時も、それからも、飄々と生きてみせることを止めようとはしなくて、だから腕の中の少年──カーラのことを好きになってしまったと気付いた今とて、それが出来なくてはならなくて、例え、己が右手が心底恐ろしかろうとも、己の目指す幸せと、忘れ去れぬ『愛情』の為にも、『恐ろしい右手』を討ち倒してみせる、と言い切る程度の覇気を、持ち合わせていなくてはならないのに。
焚き火に浮かび上がる、カーラの横顔を眺めながら、聞く者もいない告白を告げてしまってより彼は、少しばかり、体と、右手の震えが止められなくなった。
……しかし、愛情という物を良く知る彼には、己が如何なる境遇に置かれようと、与えられる愛情も、与えたい愛情も、忘れ去ることなど、所詮不可能。
縦しんばそれを叶えたとしても、幸せになると決めた彼に、『愛情』を捨て去る気など、更々ない。
……………………況してや……────。
「…………何か……、久し振りに味わうかもね、引き裂かれそうな感覚……」
────何処までも聞く者はおらぬ中、それでも、軽口めいた独り言を吐くことは叶えて。
「……大丈夫。……大丈夫……、大丈夫、だから…………」
自分で自分に言い聞かせるように、彼は半ば無理矢理、カーラを抱く手に力を込めた。
「………………やっと、見付けた」
「ルック………」
カーラを抱く力を一層強くして、強引に、体と腕の震えを止めて、俯き加減だった面を、何とか彼が持ち上げた、丁度その時。
不意に、転移魔法の力が沸き上がって、空間の向こう側から、自分達を捜しに来たらしいルックが現れた。
「何やってんのさ、こんな所で。ティントはあんなことになっちゃったし、なのにあんた達はクロムに来ないし、でも、ティントにはいないしで……。手間、掛けさせな──。……ユイン?」
ひょいっと、身軽な素振りで魔法の力の中から姿見せたルックは、開口一番、焚き火の向こう側で顔を顰めさせつつ、文句を言い掛けたが、カーラの様子も、ユインの様子も、何処となくおかしいことに気付いて、苦情を引っ込め、訝し気にユインを見た。
「何?」
「……どうかした? 何となく、様子、変だけど」
「…………いや、別に? 僕は何時も通りだよ? やだなあ、ルック。僕が変だったことなんて、今まで一度もないよ?」
じっと、窺うように見詰めて来た彼に、ユインは朗らかな笑みと共に、誤摩化しを告げる。
「あんたは、何時だって変だろ、色んな意味で。──でも今の変さ加減は、何時もの性格破綻具合とは、一寸違うんじゃない? そんな、誤摩化しにもならない誤摩化し、言うんだから。……どうしたのさ。それに、そこのお子様は、何で意識ない訳?」
が、ルックは、嫌味と共にユインの嘘を見破って。
「…………あー、うん。カーラが倒れてる理由は、輝く盾の使い過ぎ」
「……やっぱりね…………。……で? あんたの様子がおかしい理由は?」
「んー……。一言で言えば、落ち込んでるって奴? ……ちょーっとさー、失敗しちゃったかなー、って。……ついうっかり、カーラに、カーラの紋章の正体、喋っちゃって。差し出がましいことしたかなー、と。うん」
「………………ふぅぅぅぅぅぅぅん……」
追求を止めないルックに、ユインは、嘘ではないが、全てが本当でもない『理由』を語り、再びルックは、疑わし気に彼を斜め見た。
「何、そのらしくない反応」
「……ま、別に良いけどね。白状したくないって言うなら、無理には訊かない。でも、周りに兎や角言われたくないんなら、完璧に、何時も通り振る舞ってみせなよ。それこそ、らしくないよ。親に貰ったその名前通り、流れる雲みたいに生きるのが、あんたの信条なんだろう? …………カーラのこと泣かせたくないなら、しゃんとしてれば?」
そうして彼は、畳み掛けるようにポンポンと言い募り。
「…………そうだね」
「……だから。その態度が気持ち悪いんだよ、もう。普段通り、好き勝手振る舞えばいいじゃないか、あんたにはあんたの生き方があるんだから」
ああ、やだやだ、とルックは、ユインとカーラの二人に近付くと。
「僕は何時になったら、あんた達のお守りから解放されるんだろうね」
又、文句を呟きつつ、転移魔法を呼び出した。