夢も何もない世界から目が覚めたら、そこはもうクロムの村で、寝かされていたベッドの周囲には仲間達の顔が幾つもあり、が、それが皆一様に、自分のことを心配そうに覗き込んでいるのも、自分が一体どうしてしまったのかも良く判らなくて、何も言えずに横たわったまま首だけを傾げてみたら、ティントが陥落してから二日も経っているのに、目覚めなくてどうしようかと思ったと、ナナミやビクトール達に、叱られる風に捲し立てられて、漸く。

カーラは、あの日の出来事と、己に起こったことを思い出した。

それを思い出すと同時に、やっと辺りもはっきりと見え始めて、心配掛けて御免なさい、でももう大丈夫だからと、彼は、仲間達に微笑み掛けることが出来た。

彼がそうすれば、仲間達は一応、その言い分を信じてはくれて、「けど、もう一寸だけ寝たいから、御免ね」の言葉に従い、ぞろぞろ部屋を出て行ったが。

唯一人、ユインだけはその場に居残り。

「……傍にいてもいい?」

そう言うや否や、さっさと彼は、枕元の椅子に腰を下ろした。

「…………心配掛けて御免なさい。でも、もう大丈夫ですから……」

──二日前、痛みと寒さを堪えながらユインと交わした会話を、カーラははっきりと思い出したから、ユインが部屋を出て行かなかった理由は、あの時交わした話の中にあるのだろうとそう思って、『その意味』も含め、彼に言ったが。

「その話は、又後でね。君の体とティントのことが落ち着いたら、ゆっくり、しよう。今は、休む方が先だよ?」

にっこりと笑いながら、ユインは彼を制して、お休みと、カーラの目許に掌を乗せ、瞼を閉じさせた。

──それから数日が過ぎて。

カーラもすっかり元気になり、ネクロードの手からティントを取り戻そうと動き出したら、以前、星辰剣を取りに行く為に潜った風の洞窟で出会った、ヴァンパイヤ・ハンターのカーン・マリーと彼等は再会して、カーンの引き合わせにより、ネクロードが今は持っている、二十七の真の紋章の一つ、『月』の正当な継承者であり吸血鬼の始祖だという、シエラ・ミケーネなる、見た目は十代半ばの少女、中身は八〇〇歳以上を生きた『ご長老』、な女性を仲間に引き入れることが出来た。

だからカーラは手筈を整えて、ゾンビ達で満たされてしまったティントの街へ、ネクロード討伐へと赴き。

ビクトールや、ユインや、カーンや、シエラと言った、ネクロードという存在に、某かを抱いて止まない者達と共に、悪しき吸血鬼を討ち滅ぼし、ティント市を、吸血鬼の手より解放した。

……そうして、又、数日が過ぎ。

カーンやシエラだけではなく、ネクロードの策略に嵌まりはすれども無事だったジェスやハウザーや、ティントからの帰り、灯竜山の峠道で知り合った、ゲオルグ・プライムという伝説の戦士をも仲間にして、デュナン湖の畔に建つ同盟軍本拠地へ、カーラ達が無事に戻った翌日のこと。

──カーラに対する気持ちを自覚してしまった洞穴で、他人に対する口の利き方を知っているのかと、仲間達に陰口を叩かれるくらい毒舌な割に、中身の方は随分とお節介に出来ているらしいルックに、「あんたにはあんたの生き方があるだろう」と、そう言って貰ったから、あれから暫くが経って、ネクロードも倒せた今、ユインは、傍目には完璧と映る程、平生通り振る舞えてはいた。

普段通りにしていられるからと言って、彼の中から、カーラに対する気持ちが消えてしまった訳ではないし、自分はどうするべきなのか、と言った煩いが消えた訳でもなかったので、ルックに言われた通り、自分には自分だけの道がある、と心に決め、普段通りに振る舞いながらも、『青春真っ盛り』な己の悩みを、少々持て余し気味であるのが、本当の処だったけれど。

…………だから。

──ソウルイーターのことがあるとしても、カーラから離れたくないと思うくらい、自分はどうやら、本気で彼のことが好きらしい。

叶うなら、一生と言わず永遠と言わず、添い遂げたい、とか何とか、情熱的なことを思ってしまう程、彼の傍にいたい。

けれどやっぱり、ソウルイーターのことを思い起こすと、若さに任せ、海に沈みながら夕日目指して一直線に走るような純情行為は、憚れるような気がする。

でも、自分の思う通り、自分だけの生き方を貫くなら、自分の為にも周囲の為にも、出来ればカーラと一緒に、幸せにはなりたい、…………と。

その日カーラはシュウに捕まって、ティントで起こった出来事の顛末を、書類にまとめる作業に勤しまさせられているから、一人ふらふら、城内を彷徨っていたユインは、表情だけは何時も通り、が胸の内では悶々と、悩み続けていた。

擦れ違う仲間達に声を掛けられれば、笑みも挨拶も返したし、周囲を流れて行く風景に、目をやりもしたけれど、その実彼は上の空──否、上の空が過ぎていて、自分が果たして何処を歩いているのかにも気付けない程、只ひたすらに、思い煩いとやらを続け。

「…………あー、でも。どうするせよ、一つ、根本的な問題がある…………」

自分がそこに辿り着いた、との自覚はなかったけれど、知らず知らずの内に通りすがることになった図書館棟の前で、ふと『現実』に気付き、彼は立ち止まった。

己は、自分がカーラのことを好きだ、との想いばかりに意識を傾け過ぎていて、カーラが自分のことをどう想っているのかを、考えてもみなかった、と。

その『現実』に彼は、やっと思い当たったのだ。

「……そうだよなあ……。僕もあの子も、男だしなあ……。僕があの子をどう想ってても、あの子が僕のこと何とも想ってなかったら、その瞬間に、失恋確定って奴だよねえ……。それこそ、太陽の馬鹿ーー! とか叫んで、海に向かって一直線、だよねえ……」

だから、漸く現実と向き合えた彼は、図書館前を覆う芝生の片隅に立ち尽くして、腕を組み、ぶつぶつと独り言を洩らし始めた。

カーラの気持ちを確かめていない、との片手落ちには気付けたものの、『本当の現実』──自分が今、何処で何をしてしまっているのか、ということには未だ気付けておらず、故に、己の独り言をうっかり他人に聞かれたら、との意識も払えず、ひたすらに彼は、自問自答を繰り返したが、誠幸いなことに……と言うか得なことに、顔の造作も、その立ち姿も、大変美しい『とは』言える彼なので、緑の片隅に佇んで、腕を組み、何やら考え込んでいる風なその様は、傍目には、それこそ天下国家の行く末辺りを憂いているように映るから、ハイランドとの戦のことでも考えているのかと、通りすがった者達は誰も、ユインの、青春真っ盛りな思い煩いの邪魔をすることはなく。

彼は随分と長い間、その場に佇み続け、失恋が理由で海に向かって走ることになって、溺れでもしたらどうしようと、後ろ向きなことを脳裏に思い描いていた。

…………だが、そんな彼の風情を、勇猛果敢に邪魔する者が、やがて出現して。

「………………何事?」

その辺は流石と言おうか、色恋で頭を一杯にしながらも、邪魔、と言うよりは、体当たりを仕掛けて来た『その者』の攻撃を気配で察し、身を翻すだけの動作で躱し、『敵意』を向けて来た相手の首根っこを、ひょいっと引っ掴んだ。

「ムーーーー……」

「……ムクムク?」

掴んだ相手の襟首辺りから伝わった、随分と軽い手応えに、ん? と腕を持ち上げれば、掴んでやった相手はムクムクで、おや? と彼は首を傾げる。

「ムウムウムウっ。ムムウムウっっ」

目線の高さまで持ち上げて、まん丸い瞳をユインが覗き込んだら、ムクムクは、随分口惜しそうな表情になって、恐らくは文句であろう某かを、彼に向かって吐き始めた。

「御免よ。僕にはムクムクの言葉、理解出来ないんだ。……ムクムク達、この間っから、何かあると僕に突っ掛かって来るけど。僕、何かした? 恨みでも買われるようなこと、したっけ? ……って訴えてみても無駄か。何かした覚え、僕にはないんだけど……って、あ、そうだ」

吊り上げられたまま、バタバタ手足を動かして、ムクムクが必死に何かを訴え続けるから、言ってることが判らない……、とユインは困り果て、が、はた、と。

デュナンの城には、魔物使いの一族がいたなと思い当たり、片手にムクムクをぶら下げたまま、以前カーラが勧誘して来た仲間の一人、バドの許へと向かった。