「え、え、と……。えっと…………」

逃げ出そうとしたカーラを捕まえた時、ユインは当然椅子から立ち上がったから、両の二の腕を掴まれて、向かい合わせにされた彼は、見下ろされる格好になり。

大人と子供程、身長に差はないけれど、少し高い所から降りて来るユインの視線が、今だけは、格別の威圧感を感じる……、と、バツが悪そうに俯いて、口籠った。

──勝手に誤解して、勝手に焦って、ムクムクへの悪態を吐いたばかりに、余計過ぎる一言まで洩らしてしまったのは自業自得という奴だけれど、だからと言って、「すみませんでした」とあっさり、真相など白状は出来ないと、彼は必死になって考えた。

面を俯かせたまま、ちろりと盗み見たユインの表情は、本当のことを聞き出すまで梃でも動かない、と言った風だが、何とかして誤摩化す、上手い口実はないだろうか。馬鹿正直に、「貴方のことが好きになっちゃったと悩んで、ムクムクに愚痴を言いました」とは、口が裂けても言えない。──と、カーラは思ったから。

……でも。

「カーラ。えーと、も、でも、も、だって、も、なし。勿論、嘘も誤摩化しも。尤も、嘘も誤摩化しも、多分効かないとは思うけどね」

まるで、カーラの頭の中を覗いたかのように、ユインは一層の微笑みを顔一杯に張り付かせて、迫った。

…………この時点で、ユインは未だ、カーラの己に対する恋心に気付いてはおらず。

只単に、好きになってしまった相手が、己に何か秘密を抱えているらしいという事実が少々癪に障ったのと、己絡みのことで、惚れた相手が延々、己の知らない所で悩み続けて来たと言うなら、何としてでも解決はしてやりたい、と言った二つの理由で、カーラの口を割らせようと考えていただけだった。

が、彼の、こればっかりは引いてあげない、との、カーラにしてみれば、少しばかり威圧的に感じるその態度は、『上手い具合』にカーラを『追い詰めた』ようで。

「…………御免なさい……」

未だ、今だったら、誤摩化すことも、嘘を突き通すことも可能だったのに、そうだよね、この人に嘘なんか吐いてみたって、無駄だよね……、と、カーラは勝手に諦め、いっそ、僕なんてユインさんに嫌われてしまえ、その方が遥かにすっきりするんだ! との、一種悲壮な覚悟と言うか、開き直りを決め込んで、ぽつり、詫びを呟くことから始め。

「…………ずっと、悩んでたことがあって……」

訥々と、告白を始めた。

「……うん。そこまでは、了解。ムクムクの言い分も、そんな感じだったし」

「他の誰にも言えないから、ずーっと、ムクムクに愚痴聞いて貰ってたんです。ムクムク、人の言葉は喋らないから……。でも、バドさんから、僕が零した愚痴がバレるなんて、考えてもいなくって……」

「……まあ、そうだろうね。僕だって……と言うか、僕じゃなくても、ムクムクに攻撃されなかったら、わざわざ彼に通訳を頼んでとは思わないだろうし。……で? カーラ。前振りはいいから。君の悩みって、何? 僕絡みで、君が困ってることって? 僕、君に何か迷惑掛けた? そうだって言うんなら、謝るから。はっきり言って?」

「……………………いえ、あの、そうじゃなくって……。だから、全部僕の所為で……」

「……何が?」

「その……あの……。うんと……。………………こっ……、こんなこと僕に言われたり想われたりするのは、ユインさん、凄く嫌だろうし、凄く凄く、ホントに凄く、迷惑だろうなって思うんですけど……」

──開き直りを決め込んで、全てをぶちまけ、ユインのことは潔く諦めようと、告白を始めたまでは良かったものの、聞き取り辛い声音で、どうでもいい成り行きから語り始めたカーラは、とうとう、『本当に本当のこと』を告げなくてはならない処まで辿り着いて、又。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう、どうして自分から、大好きな人に嫌われるようなことしなきゃいけないんだろう、と、思い余った涙を零し始めた。

「……あああ、又泣いて……。……カーラ、何で泣くの? 君が言おうとしてること、本当に僕が嫌とか迷惑とか思うかどうかは、言ってみなきゃ判らないよ?」

先程のように、勢いで、ではなく、何かを堪えるように泣き出した彼の姿に、ユインは再び、焦りを窺わせ。

そんな風に慰めて貰ったって、現実は絶対に変わらない……、──カーラはそう思って、泣きながら、告白の先を続けた。

「…………御免なさい……。……あの…………あのっ。僕、その……。ぼ、僕……、ユインさんのことが……えと…………、す…………好き、なんです……」

「……え?」

「…………ほ、本当のお兄ちゃんみたいに、とか、そういう意味じゃなくって……。そ、その……、好き……なんです……。それをずっと、ムクムクに聞いて貰ってたんです……。ユインさんのこと、好きになっちゃったんだけど、どうしよう……、って……。────御免なさい、本当に御免なさい……。男の僕にこんなこと言われたって、嬉しくない処か凄く嫌な気分だろうし、傍迷惑なんてもんじゃないだろうとは思うんですけど…………。だから、言いたくなかったんですけど……。でも、僕………………」

俯いて、唯、自分の靴の爪先をぼんやり見詰め、見詰めるその辺りへ落ちて行く、己が流した涙を眺めて、言っちゃった……、とカーラは刹那、唇を噛み締めた。

これでもう、自分の恋も、終わりだ、と。

けれど、項垂れた頭へ、ポン、とユインの手が乗って。

「……だから、言ったのに。言ってみなきゃ判らないよ? ……って。──はい、カーラ。こっち向いて?」

どちらかと言えば、弾むような感じのトーンで、上向け、と言われて彼は、渋々、泣きじゃくった顔をユインへと向けた。

「僕はてっきり、もっと深刻な話なのかと思ってたんだよね。まあ、こういうことも、深刻は深刻だけど、意味の違う深刻って言うか、そういう深刻話だとは思わなかったんだ。……でも、良かった。こういう事情で」

「…………はい……? 良かった、って…………?」

「うん。僕もね、今の今まで、君が僕のこと好きだって知らなかったから、君がそれを知らないのは、仕方ない処か無理ないこと、とは思うけどさ。僕も、カーラのこと、好きなんだよ。カーラの言うような意味でね。……だから、君が悩むことも、そんな風に泣くことも、ないんだよ?」

グスグス、鼻を鳴らしながらカーラが彼を見れば、あーあ……と、ユインは苦笑を浮かべて、していた手袋を、ぽいっと床へ放り投げ、一転にこっと微笑みながら、カーラの涙を拭い始めた。

「…………はい?」

「だから。僕も君のことが好きだ、って。そういう話」

「……それ、笑えない冗談ですか…………?」

「まさか。カーラだってそうだろうけど、冗談とか同情とかで、男に好きだと告白する程、僕の人生ちゃらんぽらんじゃないよ? 同性相手だろうが異性相手だろうが、遊びの恋愛する趣味もないし。一応これでも、自分の幸せと周囲の幸せには真摯なつもり。……時々、態度が伴わないって言われるけどねえ、ルックとかには。──……あーあ、こんなことなら、悶々と悩んだりするんじゃなかったなあ……」

君が僕のことを好きなように、僕も君のことが好きだと、涙を拭いながら告げてやったら、カーラは一瞬、未だに涙を流している瞳が溢れそうになる程目を見開き、が、直ぐさま、疑わし気な顔付きになって、冗談なら聞きたくないですと、睫毛を伏せたけれど、嘘じゃない、とユインは言い聞かせて。

「悩み……?」

「そ。君と一緒。君のことを好きになったは良いけれど、男の僕が男の君に、好きになったとは言えないなあ、って。どうしようかなあ、って。ここの処、ずーっとそればっかり考えてた。これは、当たって砕ける前に、失恋確定かなーってね。……も、いっそ、お日様の馬鹿ーって叫びながら、海に向かって走ろうかと思ってたよ、今日なんて」

だから、泣いたりしないの、と、ひたすらに優しく笑って彼は、大好きだよ、と囁きながら。

「ムクムクに、感謝しなくちゃね。こうなったらこうなったで、八つ当たりされそうな気もするけど」

言葉をなくしたように、唖然としているカーラのことを、きゅっと抱き締めた。