初めて巡り会ったあの夜から今日までを、指折り数えてみても、多分途中で数が判らなくなってしまうくらい一緒に日々を過ごして来て、知り合ったばかりの頃はそんなこと、これっぽっちも考えたことはなかったけれど、気が付いたらこうして恋人同士になって、この人は自分の恋人なんだと意識しながら同じベッドの中に潜り込む所まで、自分達は来たけれど。

それでも、彼が口にする言葉は、何処までが本気で何処までが冗談なのか、判らなくなる、と考えながら、寝間着に着替えてカーラは、どうしたってカーラの寝間着ではサイズが合わないから、軽装になっただけのユインと一緒に、灯りを落とした部屋の片隅の、ベッドに入った。

「うー……」

こうやって眠るのは決して初めてじゃないのに、隣にいるのは好きな人、と意識するだけで、どうしても落ち着きはなくなって、小さく呻きながら彼は、もぞもぞと、居心地悪そうに身を捩る。

「眠れないの?」

彼の蠢きから生まれた振動は、直ぐにユインにも伝わり、問いの声が傍で湧いて。

「いえ、そんなことはないです……」

「そう? あんなことの所為で、眠れないのかと思った」

「……そう、じゃなくて……。あー……その。…………すいません、察して下さい……」

カーラは、頭まで、毛布の中に潜り込ませた。

「もしかして、さっきの会話、気にしてる? ……冗談だよ? 本当に、冗談。一寸からかってみただけ。本当に、それだけ。だから、お休み? 寝ないと、明日辛いよ?」

だがユインは無情に、カーラが逃げ隠れた毛布を剥いで、はい、お休み、と、ぐずる子供を寝かし付ける時のように、半ば無理矢理その腕に恋人を抱き、闇の中、目を閉じた。

「は、はい……」

…………只でさえ落ち着かないのに、抱き締められては余計に眠れない、と思いながらも、一応、詰まり気味の返答だけはして、カーラも慌てて目を閉じる。

けれど、目を閉じてみるだけで、緊張が解ける訳でもなく、眠気が襲って来る訳でもなく、それ処か、痛いくらいに心の臓が鳴り出して、時折髪を揺らすユインの息が、大声出して喚きながら、訳も判らずユインを引っぱたきたくなる程にこそばゆくて、彼は泣きたくなった。

……綺麗なお姉さん、とか。可愛らしい女の子、とか。

そんな存在では絶対に有り得なく、何処までが本気で何処までが冗談なのかも判らない、『謎』な性格をしている、年上の男性を好きになって、胸がバクバクする程困り果てている自分が、どうしようもなく情けなく感じた。

そうして、情けなくて泣きたくて、どうしたらいいのか判らなくなったらしい彼の思考は、彼自身にも予測不可能な方向へ転がり出して、あの人が忍び込んで来なかったら、こんなことにはならなかったのに、とか、心配だからって、何もこんな風に寝ることないのに、ユインさんの馬鹿、とか、こんな想いする羽目になるくらいなら、一回くらい、お姉さんや女の子と、恋愛の一つもしとくんだった、僕の馬鹿! ……とか、愚にも付かない悪態を思い浮べ続けた果て、彼は。

いっそ、長椅子の上で眠った方が、余程良く眠れると、ユインの腕の中からも、ベッドの中からも、出てしまおうとした。

「……何処行くの?」

でも、そんな企みが、ユイン相手に通じる筈もなく、身動みじろがせた背中に廻ったユインの腕には、それまで以上の力が込められて。

「……それは、その……──

──……あのね。ホントのこと、聞きたい?」

「…………本当の、こと……?」

「そ。ホントのこと。…………理由を付けて。君をからかって、今夜の出来事も何も彼も、僕にはこれっぽっちも堪えないって空気拵えてってしていないと。僕が、嫌なんだよ。不安なんだよ。今夜みたいなことが遭っても、君は何処にも行かなくて、傷付くこともなくて、暖かなまま、僕の腕の中でこうしてる、それを確かめてないと。僕がおかしくなりそうなんだよ。……だから、御免ね?」

恋人となった人と、こうしているのが恥ずかしい、その一念のみで逃げて行こうとしたカーラを彼は、言葉で絡め取った。

「………………ユインさん……」

だからカーラは暗闇の中、もう一度身を捩って、開かれているのだろうユインの瞳を探し、探し当てたそこをじっと覗き込んで、安堵を与える為の、お休みなさいの一言を告げようとしたが、カーラが言葉を紡ぐよりも早く、ユインの唇がカーラのそこを塞いで、呼吸ごと、声は飲み込まれてしまった。

……その時ユインに施されたキスは、随分と熱くて深くて、息も出来ない程で、カーラは思わず恋人の背中を叩いたが、それでもその接吻は終わらず、自分達が今何をしているのか、判らなくなるくらい、続いて。

接吻が費えた時には、薄く開いたまなこで、ぼんやりとユインを見詰めるだけしか彼には出来なくなって、背にあり、己が身を抱えていた筈の手が、襟元からそっと忍び込み、寝間着の前を乱して行っても、首筋に接吻が落ちて来ても、そこに、小さな痛みが生まれても、唯、茫洋と、ユインを見遣るだけで。

「………………あ……」

細やかな、呻きとも言えぬ声を、彼は洩らし。

「…………御免。……御免ね……?」

吐息程の細やかさだった、けれど確かに洩れた声を拾ったユインは、ぴたりと蠢きを止めて、改めてカーラを抱き直し。

「お休み」

震える声で、囁いた。