正直な話。
あのまま、全てをなかったことにして、それでもカーラを抱き締め眠るのは、十六歳という、体は少年のままのユインにとっては、肉体的にも精神的にも、大層辛いことではあったけれど、幾ら恋人同士になったからと言って、激情に駆られたまま、最後の一線を越えるのはと、滅多に見せない遠慮を覗かせ、何も彼も、根性の一念で耐え、それでもうつらうつら眠り、彼は朝を迎えた。
その時のユインの思考は、眠っているような、起きているような、覚束ないそれだったが、一応、今が朝──それも、もうそろそろ誰かがカーラを起こしに来そうな時間だ、というのは認識していて、二人抱き合ったまま、同じベッドの中で横になっているのを目撃されるのは外聞が悪いと、のそり、身を起こした。
昨夜の『あれ』の後、カーラも暫くの間、口の中でブツブツ、何やら呻いていたが、彼はそのまま深く寝入ってしまっていて、今も尚、起きる気配は見せないから、ユインは彼を起こさぬように、そっと、毛布の中から抜け出す。
皺の寄ってしまった、薄いシャツの体裁を整え、ズボンを履いて、上衣も羽織って、バンダナを手に取って。
もう直ぐ身支度は終わる、となった時、トントンと、部屋の扉が鳴って、ちらり、ノックをされた扉と眠り続けるカーラとを見比べた彼は、出来るなら、もう暫くあの子を寝かせておいて欲しいなと、それを伝えるべく、自ら扉を開いた。
「……一晩、この部屋におられたのですか?」
──すまないが、と。
そう言い掛けながら彼が開け放った扉の向こう側にいたのはシュウで、おはようございます、のやり取りもせず、現れたユインを、頭から足先まで眺めた彼は、酷く気に入らない風に、ここにいる筈のない存在を、睨め付ける目付きになる。
「あんなことが遭ったのに、カーラのこと一人きりにしとくのは、物騒かと思ってさ」
そんな不興には、一々付き合わぬとばかりにユインは、にっっっ……こりと、必要以上に綺麗に笑った。
「……そうですか。処で、カーラ殿は?」
「寝てるよ。……夕べは色々と、だったから。遅くまで寝付けなかったみたいで、未だ、夢の中。だから、急な用事じゃないなら、もう少し──」
「──残念ながら、そういう訳には参りません。どうしても、出席して頂きたい軍議がありますので」
………………カーラ自身が、ユインがこの城に留まり続けることを、心底望んでも。同盟軍の面々には、もう、ユインが自分達の軍よりいなくなることなど、考えられなくなっていても。この戦いの始まりの頃、二人交わし合ったように、彼が確かに、『死神様』の役目を果たし続けようとも。
どうにもシュウは、未だに、ユインの存在、ユインがカーラの傍にいること、それが癪に障るらしく、にっこり笑った彼へ、冷たい一瞥をくれ、言葉には耳も貸さず、立ち塞がるように立っている彼の脇をすり抜け、さっさと、眠るカーラの枕辺へと向った。
「何がそんなに、気に入らないのやら。理解出来ないなあ。今更何かを四の五の言ってみたって、何にも変わりゃしないってのに」
くるり、己へ背を向けて、カーラの傍へ寄ったシュウへ、背後からぶつくさ、小さく文句を吐き、ユインは後を追い掛けた。
「カーラ殿。……カーラ殿。起きては……──」
融通の利かない石頭、とか何とか悪態を付きつつ、ユインがシュウの傍らへ立った時には、もう、情け容赦なくシュウは、カーラを揺り起こそうとしていて、お世辞にも寝起きが宜しくないカーラを、優しく起こした処で効果は薄いと彼は、むずかる相手より、毛布を引き剥がすべく手を伸ばし、……が、ピタリ、と。
途中でその手を止めた。
「………………ユイン殿……」
そうしてそのまま彼は、暫しの間、じっと、眠り続けるカーラを見下ろし、やおらユインを振り返り、低く、唸るような声を絞った。
「……僕がどうかした?」
「何を、なさいました?」
「…………? 何って?」
「……ああ、言い方が悪いですね。……単刀直入に申し上げますが。何時からカーラ殿と、そういうご関係に?」
シュウが、己を嫌っているのは充分承知しているけれど、今彼がしているような、呪い殺さんばかりの目で睨み付けられる覚えは流石にないと、きょとん、としたままユインは首を傾げたが、寝間着の襟元が寝乱れてしまっているカーラを視線で示して、正軍師は尋ねる。
「……そういうご関係? …………ああ、それのこと。残念ながら、未遂なんだよねぇ。若いからさー、僕も。カーラに、良いも悪いも問わないで、しそうになっちゃってさー。あ、でも安心して? ホント、未遂だから。へーき、へーき。理性と根性振り絞って、キスだけで止めたし。……ちょーっと一つ、痕付けちゃったけど」
「…………ユイン殿。私はそういう、赤裸々な告白が欲しい訳ではありません。それを私に、べちゃべちゃと喋って聞かせて、どうしたいのですか。──私がお尋ねしていることは、そうではな──」
「──判ってるよ。わざと言ってみただけ。でも、大体解るだろう? 一寸前から僕とカーラは、キスする関係なんだよ。まあ俗に言う、恋人同士って奴? そりゃあねえ、男同士だから、世間からは後ろ指差されちゃいそうだけど、ほら、愛には国境も人種も主義主張も、性別の壁もないし? 愛し合っちゃったんだから、仕方ないよね、って。そんなノリ?」
己とカーラの関係を問われ、一瞬、何と答えるべきか、そんな顔付きはしたものの、直ぐさま、何時も通りの飄々とした風情を見せ、そんな眼差しを、いたいけな青少年へ向けて良いと思っているのか? と、本気で尋ねたくなる程に鋭い目をして睨んで来ながら、剣呑処の騒ぎでない声を絞るシュウへ、ユインはわざとらしいからかいを送った。
「私はっ! 冗談が聞きたい訳ではありませんっっ」
すればユインの思った通り、シュウは激高して。
「ふざけた物言いしてるけど、僕達、本気だよ? 本気に、真面目に、真摯に、付き合ってるけど? 男の子のカーラ捕まえて弄ぶような趣味、僕にはないよ。尤も、女の子相手にそんなことする趣味もないけど。…………普通の恋人達みたいに、きちんとした形で結ばれるって訳にはいかないから、その点に関しては、カーラに引け目感じさせちゃうかも知れないけど」
「だからっっ。そういうことを申し上げている訳ではなくてっ。同盟軍の盟主とトランの英雄が、男同士であるにも拘らず、そんな関係だと世間にバレたら、どうされるおつもりですかっっ。外聞が悪い処の騒ぎでは済まされませんっっ。貴方は、ご自分の立場を本当に弁えておられるのですかっ? 盟主殿に、恥な噂が立ったらどうしてくれるとっっ! 只でさえ、貴方がこの軍に与していることを口性なく言う連中も、ハイランドにはいると言うのに……っ。この上、カーラ殿の立場に傷を付けるような真似を……っ」
何処までも、ふざけた態度を崩さぬユインに、とうとうシュウは、怒鳴り声を上げた。
「んー……。誰ぇ? ナナミ……? もうちょ、と、寝かせ、て…………」
その時のシュウの怒鳴り声は、寝起きの悪いカーラさえ、夢の世界から引き摺り出す音量で、もぞもぞ蠢いた彼は、被り直した毛布の中から、目許だけを覗かせ。
「……ああ、御免ね、カーラ。未だ寝てていいよ? もう一寸したら、起こしてあげる」
これ見よがしにユインは、カーラの傍へ寄って、見せ付けるようなキスをし、もう一度寝かし付けた。
「…………ユイン殿……っ」
「そちらの言い分は理解出来る。……理解したくもないけど。でもね、僕は引き下がらないよ? 貴方に僕達の関係がバレてしまったのは、偶然の成り行きだけれど、良い機会だから、僕達のこと、貴方には馬鹿正直に告白して、これでもかってくらい見せ付けてあげるよ。──貴方が何と思おうと、何と言おうと、僕はこの子の傍にいる。絶対に、手放さない」
「手放さない、だなどと言う権利は、貴方──」
「──この子は、この軍のリーダーかも知れない。傷一つない宝物のように、この城の一番高い所に戴かれてなきゃならないのかも知れない。そんな風にいなきゃならない子かも知れない。けれど。だからって、この子をそんな風にしか扱えない連中に、一体この子の、何を守れる? ……僕は端から、この国や、この城や、戦いを守りたくてここに留まってた訳じゃない。この子自身の為になるなら、それだけで、僕はここにいるんだ、今だって。その果て、僕達はこうなったんだから。文句は言わせないよ。貴方であろうと、誰であろうと。……ま、そういう訳だから。それで納得しといてよ、僕達はそういう関係なんだ、って。そちらは、知っちゃった訳だし?」
全てのことを、見せ付けるようにわざとらしく成すユインに、苦々しそうな態度をシュウは取ったけれど、知られたからと言って、誤摩化すつもりも、関係を正すつもりもない、とユインは高く宣言し、有無を言わさず、シュウをその部屋より叩き出した。