どちらかと言えば、『軽い』気持ちだった、というのが、その朝取った態度に対する、ユインの本音だった。
最初から、同盟軍正軍師殿は自分を好いていない処か、目の上のたんこぶにしていて、新生同盟軍が結成されてから、かなりの時間が経った今も尚、叶うならカーラの前から姿を消して欲しい、そんな本音を抱えているから、誰にも言わずにおこうと思っていた自分とカーラの関係を、思い掛けなく突っ込まれたから、自分達のことを悟られてしまったと言うなら、いっそ、あからさまに曝け出してやれば、彼とて、うるさいことを口にするのは躊躇うだろう、そう思って、何かと突っ掛かって来る正軍師殿の口を塞ぐ、唯それだけの為に。
『軽い』気持ちで。
言う必要もなかった自分達のプライベートの、『深い話』を披露してやったのに。
ユインのその思惑は、少々、外れた。
軍議があるからと、カーラを起こしに来たシュウと、軽く一戦やり合い、追い払って少しした頃、のそのそ起きて来たカーラと共に、軍議とやらに参加して。
「諦めの悪い…………」
その席が捌けた後、少しばかりカーラと立ち話をしてからユインは、ぶつぶつと口の中で文句を零しつつ、約束の石版前にいる、ルックの許へと向った。
「あ、いたいた。ルック、一寸」
階段を使って一階まで降り、ひょいっと首を巡らせれば、目的の人物は何時も通り、己の定位置に陣取っていて、やっほー、と彼は、軽く片手を上げる。
「何? 何か用?」
誠親し気な調子でユインに話し掛けられても、ルックが返す態度は、常通りの素っ気ないもので。
「相変わらずだねー。もーちょーっと、愛想良く出来ない?」
にこにこと、ルックに言わせれば胡散臭い以外の何物でもない笑みを、ユインは湛えた。
「出来ない。君みたいに胡散臭い奴には特に。……で?」
「一寸、頼みがあるんだ」
「…………頼み? 君が? 僕に?」
「そう。僕が、君に」
笑みつつ話を始めたユインを、最初の内ルックは、厄介な奴が来た、という風な顔付きで眺めていたが、頼みがある、と告げられた途端、訝し気な表情を拵え。
「随分と、珍しいことを言うね……」
眉間に深い皺を刻む、との形で、己の心境を、正直に面に反映させた。
「そんな顔しなくたって、いいと思うけど? ────さっきの軍議。……グリンヒル奪還の為のアレ。ルックも参加してたろう?」
「君だって同席してたんだから、言わずもがなだと思うけど?」
「……ああ、だから。そういうことが言いたいんじゃなくってさ。さっきの軍議にルックも参加してたんだから、僕の言わんとしてること、大体察せるだろう? って意味」
「あんたの頼みの『内容』……ってこと……? さっきの、軍議絡みで? …………いいや」
「あれ。勘が鈍った? ルック。──正軍師殿がさ。グリンヒルを取り戻す為の策として、あの街を攻める本隊と、ミューズとの国境辺りで暴れる役目の伏兵とに、軍を分けると言ったろう?」
「…………ああ、言っ…………──。──もしかして、その話絡み? あんたはハウザー達の方に同行しろって言われて、カーラは、キバ達の方と一緒に、って。シュウがさっさとそうやって決めた、アレ?」
「うん、そう。アレ。……個人的にはあの策、異議申し立てをしたい部分ばかりなんだけどさ、僕とカーラを離して、ハウザー側とキバ側に分けて、って部分に対して異議を唱えられる程の、建前が見つからなくってさ。……だから、本隊に配置されることになったルックに、カーラのこと頼もうかと思って」
何を言い出したんだ、こいつは、と、そんな風に眉間に皺を刻んだルックの顔を、気にも留めず正面から見詰めて、ユインが頼み事の内容を語れば。
「…………どうして」
今一つ納得がいかぬように、ルックはポツリ言った。
「どうして、って?」
「今までだって、あんたがあのお子様と二手に分かれて策を、なんて、幾度もあったじゃないか。なのに、何で今回に限って?」
そうして彼は、眉間に刻んだ皺を解き、窺うようにユインを見遣り。
「んー…………。まあ、色々、って奴?」
あは、とユインは、微笑みでルックの追求を躱した。
「色々、じゃ判らない」
「まあまあ、そう言わず。いいじゃないか、カーラのことお願いって頼みに、別段明確な理由なんで要らないだろう?」
「でも、明確な理由があったって構わないんじゃない? その頼みを僕が引き受けたとしても、あんたの『望み通り』、あのお子様を『お願い』出来るか判らないじゃないか。……理由が謎な以上、同盟軍の盟主を、って程度でしか、僕はあのお子様を気遣ってなんてやれないね」
だが、そんな曖昧な頼みなど、引き受けられぬと彼はそっぽを向いて。
「……仕方ないなあ、もう……」
やれやれ、とユインは肩を竦め、続きを語り出した。
「理由は、二つ。……先ず、一つ目。攻める側の手を焼かせる程、あの街の市門は堅牢だけれど、逆を返せばあの街で堅牢なのはあの市門だけで、決して、街そのものが堅牢とは言い難い。同盟軍領土内の占領地のあちこちに、軍を配置しておかなくちゃならないハイランドが、あの街に割ける手勢なんて高が知れてるだろうけど、グリンヒルを奪還されるのは、敵さんにとってはやっぱり痛手だろうから、手勢の少なさをカバーする為の、予想外の手を打って来るかも知れない。向こうの軍師は、レオンだしね。……その、打たれるかも知れない、予想外の手が嫌なんだよ」
「…………それが、一つ目の理由? で、二つ目は?」
「……ここだけの話って奴だけど。…………正直、シュウの策通り、僕が陽動部隊に同行したって、得られる益は少ない。そう思わないかい? 陽動が崩れるのは頂けないけど、現状の同盟軍なら、僕やカーラを勘定に入れずに軍を二手に分けたって、陽動の任くらいこなせるし、グリンヒルが陥落しなかったら、陽動に出た部隊の退路は断たれるんだから、本隊に、より重きを置いた方がいいに決まってる」
「……かもね」
「でも、シュウはそうしなかった。面と向ってそう言って来た訳じゃないけど、彼の言い分は、『死神様』は、そちらで暴れて下さい、ってなものだった。…………多分、彼、余分なこと考えてると思うんだよねー」
「余分なこと? 何それ」
「んーーーー…………。実はさ。今朝、さ。シュウに、バレたんだよ。……バレた、って言うか。正確には、バラしたんだけど」
「………………何を」
「僕とカーラは、この度めでたく、晴れて恋人同士になりました、って」
「……はぁぁぁ?」
────同盟軍に与している者が、盟主であるカーラを気遣うのは、至極当然の話なのに、口調や態度こそ何時も通りだったものの、改まった風にユインが、カーラのことを、と申し出て来たのが引っ掛かって、理由を引き出してみたら、滔々と語られた事情の最後、耳を疑うような告白をされて、ルックは珍しくも、目を丸くした。
「……ユイン、今、あんた、恋人……、って言った……?」
「うん、言った。──他の皆には、内緒にしといて欲しいんだけどね、一寸前、僕とカーラ、互いが互いのこと、好き合ってるって判ってさ。お付き合い始めましょー、ってことにもなってねー。……いやー、もー、お陰様で、幸せで幸せで。幸せ絶好調で」
「…………とうとう、あんた達の頭、本当の花が咲いたんだね……」
「花? ああ、幸福の花? うん、咲いてる、ばっちり」
「……そうじゃなくって…………。──まあ、いいけどね……。突っ込むのも馬鹿馬鹿しい……。……で? それとシュウが何の関係……。……あああ、関係をバラしたから、だっけ? でも、それが……?」
思わず、の勢いで、告白の真偽を確かめたら、微笑み全開となったユインに、カーラとのことを惚気られ、げんなり、ルックは項垂れる。
「ヤだなあ、ルック。混乱してる? 僕とカーラの幸せ絶好調に、当てられた? ──ほら、あの正軍師殿は、ずーっと以前から、僕のこと煙たがってたろう? だからね、今度の人員配置にも、彼の、そっち側の思惑絡んでるっぽくて、そのお陰で僕は、今回の戦、カーラの傍にいてあげられなくなったから。……ルック、宜しくねー?」
だがユインは、ルックの見せた呆れなど物ともせずに、極めて軽い調子で、が、眼差しだけは真剣に、カーラのことを宜しくと、『悪友』へ、念を押した。