聞きたくもなかったユインとカーラの関係を、当事者であるユイン自らに、ルックが告白された数日後。

同盟軍は、グリンヒル奪還戦への行軍を開始した。

水軍の船を先頭にデュナン湖を越え、レイクウエストより、陸路にてトゥー・リバー市を経由し、グリンヒル市東部に広がる平原へと同盟軍が辿り着いたのは、本拠地を発った日より数えて四日後のことで、行軍開始五日後の朝にはもう、グリンヒル陥落の為の本隊と、陽動部隊とにそれぞれ分かれ、作戦に移り、ハウザー将軍率いる陽動部隊に同行していたユインは、一応、ルックにカーラのこと頼んであるけど……と、若干苛々したような雰囲気を、その日の午前の間、ずっと漂わせていたが、元来、前向きな質をしているらしい彼は、ハイランド軍と一戦交える直前にはもう考え方を変え、さっさと敵陣営を敗走させれば、その分早く、カーラの様子を見に行けると思い直して、眼前に迫った戦闘を、可能な限り短時間で終結させることに、専念し始め、一方その頃。

カーラ達のいる本隊は、シュウの策通りに事が運ばぬことへの、焦りを生じ始めていた。

数日前の軍議の席で推測した以上に、グリンヒル市門の守りは固く、どう足掻いてみても、このままではこじ開けるのは無理そうで、本陣にて、カーラやシュウやキバ達は、策の練り直しを迫られた。

だが、外からこじ開けようとしても叶わぬのなら、中から開けるしかない、以外の結論は生まれず、以前、テレーズを連れて脱出した時の抜け道を使って市内へ潜入し、市門を解放しようと話はまとまった。

故に、そんな風に事が運び出せば必ず、自ら行く、と言い出すカーラが、僅かな仲間を引き連れ、市内へ行くことになり、何故そんなことを言い出したのか、カーラ達には判らなかったけれど、付き合うと言って来たルックや、道案内を買って出たテレーズやシンや、その他数名の仲間達と共にカーラは、グリンヒルの正門を目指して、途中に立ちはだかった、ハイランド側の障害も切り抜け。

何とか。

グリンヒル解放を叶えた。

勝鬨が上がった直後。

戦の最中も、戦が終わった後も、常にそうしているように、輝く盾の紋章を使って、傷付いた兵士達を癒して歩いていたカーラを引き止めたルックは。

「…………一寸。平気?」

渋い顔をして、彼の顔を覗き込んだ。

「え? 平気だよ?」

傍目にも判る程、紋章を使い続けているカーラの顔色は良くなかったから、ルックはそんな声を掛けたのだけれど、振り返った彼は軽く笑って、労りの言葉を流した。

「……嘘ばっかり」

「嘘じゃないよ? どうしてそんなこと言うの? ルック」

「…………どうしても」

「どうしても、って…………。──心配してくれるのは嬉しいよ。有り難う。でも、本当に平気だから」

「ふうん。…………カーラ、あんたさ、ユインの前でも、その科白言える?」

しかしルックは、彼への追求を止めず。

「…………え……?」

カーラは今度は、それまでとは違う意味で、顔色を悪くした。

「あんまり、ユインには心配掛けない方がいいんじゃないの? 自分のやりたいことをあんたはやってるんだろうから、別に僕は止めないけど。やり過ぎて倒れたら、泣くのはユインなんじゃない?」

「……ね、ねえ、ルック。……どうして、そんなこと言うの……?」

「さあね。自分の胸に聞いてみれば? 僕は唯、ここに今いないユインに、お前達が付いてたのにって、後でぎゃあぎゃあ言われたくないから、口出ししてあげてるだけだし」

「ルッ……ク……? 何、知ってるの……?」

前触れも無しに、ルックの口から飛び出した恋人の名前に、変えてしまった表情を変えられずにいたら、追い打ちを掛ける言葉を吐かれ、カーラは、身を固くする。

「だから。自分に聞いてみればいい、って。僕は言ってる」

が、返される科白は、何処までも素っ気ないそれだったから。

「あの……、御免、ルック、又後で!」

この場を上手く誤摩化す方法一つ思い浮かばなかったカーラは、曖昧に笑んで、そこから逃げ出す道を選んだ。

「……ルック。お前も、思春期の少年なんだからよ。思春期迎えたばかりのお子様、苛めてやるな」

と、黙ってカーラを見送ったルックの前に、カーラが消えるのを待っていたかのように、ビクトールとフリックの二人が姿を見せて、苦笑を浮かべつつ、ルックを囲んだ。

「どういう意味?」

背の高い大人二人に挟まれてルックは、先ずビクトールを睨み。

「どうもこうも。全部言わなくったって判るだろう?」

「…………って言うか。あんた達、僕達の話、立ち聞きしてた訳?」

次いで彼は、フリックを睨み。

「立ち聞きした訳じゃない。通りすがったら偶然、お前とカーラの声が聞こえただけだ」

睨まれた彼等はそれぞれ、肩を竦めた。

「そーそー、偶然、偶然。…………それにしても、ルック。もーちーっとな、物には言い様ってのがあんじゃねえのか? そりゃあ、ユインの名前出すのが、無理しがちなカーラには、一番の薬かも知れないが。無理してるって自分にも判ってるだろう処へ来て、ユインの名前出されたら、効き過ぎる薬だろ」

「……………………ねえ。ビクトール。それに、フリックも。……あんた達、何を何処まで、勘付いてるのさ」

肩を竦めて恍けてみせた傭兵コンビを睨み続けてみても、その態度は変わらず、ビクトールが笑いながら、そんなことを言うだけだったから、ついルックは、相変わらず食えない腐れ縁共だと、睨みに込めた意味を変えた。

「ん? あの二人見てれば判る程度、だな。……なあ? フリック」

「……ああ、そうだな。取り敢えずは先々週くらいから、妙に、ユインの奴が浮かれてる所を見せたり、カーラが、『春全開』って顔するようになったことから、想像出来ることとか、だな」

すれば傭兵達は、『勘付いたこと』に関する白状を始め。

「……他には?」

「他にか? そーだなー。カーラが何か、紋章のことで隠し事をしてて、必死にあいつが隠してるそれを、お前とユインは知ってるんだろうってくらいか? 今んトコ」

「でなきゃお前がわざわざ、紋章使った直後のカーラ捕まえて、あんなこと言わないだろう?」

「世間知り過ぎてる大人って、ほんっっとーーーーー……に、ヤな生き物だね」

口々に語り続ける二人へ、フンっとルックは悪態を付き、くるりと身を翻して、カーラの後を追った。

それをルックより、請われることも、望まれることもなかったが。

傭兵達も。