転移魔法が生んだ光の輪の向こう側に続いていた、ニューリーフ学園の学生寮前で、懇々と説教を喰らわせられたものの、森の中で、敵の総大将と鉢合わせてしまった失態を、シュウには黙っておくと、ルックも、傭兵コンビも言ってくれたから、シュウさんにお説教喰らわずに済む、とカーラは三人の仲間に感謝したのに、それから数刻後に戻って来たユインに、森の中での出来事を、『正直』にルックが報告したから、シュウよりの小言を貰う代わりにカーラは、ユインからの小言を、たんまりと喰らった。
「どーして、掃討戦やってる森の中になんか一人で行くの? なーんで、そんなことするの?」
──ぺこり。
……そんな音がする風に、五分間隔でペコペコ、頭のてっぺんを叩きつつ、あーでもないの、こーでもないの、渋い顔をしながら言い募って来るユインの話に、一応は大人しく頭を垂れてみせながら、感謝なんかするんじゃなかった、ルックの馬鹿、と、心の中でカーラは、文句を吐いた。
けれど、多少過剰ではあるが、ユインが告げて来る言い分は、その殆どがもっともな物だったし、縦しんば、ユインの主張が横暴なそれだったとしても、恋人を心配させた、という事実は覆らぬから、ルックの馬鹿、な気分は、お首にも出さず。
「…………御免なさい……」
もう何度目かになる詫びを、彼は再び口にした。
「反省して、改めてくれるなら、それでいいけど……」
だからユインは説教の最後、疲れたような溜息を付いて、ペコンペコン叩き続けたカーラの頭のてっぺんを、幾度か撫で。
「……まあ、それもこれも、元はと言えば、何処かの誰かさんの所為だしね」
「…………? 何処かの誰かさん、って、誰ですか?」
「ん? 正軍師殿のこと」
カーラを連れて彼は、その『正軍師殿』へ、曰く『進言』とやらをすべく、学生寮の奥へと向った。
盛大な苦情を捲し立ててやるつもりで、学生寮の奥にある一室に、カーラと共に向ったら、軍師達が一寸した言い合いを繰り広げている場面にぶち当たってしまって、室内の一番奥に立っていたシュウ目掛けて開いた口を、ユインは一旦閉ざし、交わされている『議論』に、黙って耳を貸し、その結果、軍師達は、這々の体でミューズまで退却して行ったハイランド軍へ、追い討ちを掛けるか否かの是非を、議論していると知って。
…………ふうん、と彼は、複雑な表情を浮かべた。
が、それでも口を挟むことはせず、黙ったまま、彼が成り行きを見守っていたら、このままミューズへと攻め上がることに、一人難色を示していたシュウが、多数の意見に折れる形で、その話し合いは終わった。
「今度はミューズ、みたいだね」
「…………そうみたいですね。──ってユインさん、皆がその為の話し合いしてるの知ってて、僕をここに連れて来たんじゃないんですか?」
「……ん? 違うよ。何が悲しくて、再会したばかりの君と、こんな殺伐とした軍議の席に飛び込まなきゃならないの?」
「……え、この話し合いのこと、ユインさんも知らなかったんですか?」
「うん、寝耳に水。────……仕方ないなあ。軍師達の話し合いは、ミューズへ行く、で纏まっちゃったから。制裁は又後日に廻すとして。……ミューズねえ。ミューズ。気乗りしないなあ……。でも、決定事項っぽいからなあ……」
「………………制裁……? それに、気乗りしないって……?」
「ああ、こっちの話」
だから、そうと決まればと、行軍の支度を整える為、慌ただしく散って行った軍師達や仲間達を横目に、本来の目的は一先ずお預けにし、制裁、の言葉に眉間に皺寄せたカーラを誤摩化して、ユインは、不本意なれど、ミューズへの行軍の為の支度を己も整えようと、カーラの手を引いて、街中へと繰り出して行った。
カーラと共にミューズへと向うユインに、シュウは、若干顔の渋味は深めたものの、どういう訳か、別段文句は付けなかった。
どうしようもなく折り合いの悪い正軍師の横槍が入らなかったから、ユインは機嫌を良くした風にしてみせて、学園都市を後にしてより数日が過ぎ、ミューズの街中より姿見せたハイランドの軍勢と対峙しても、浮かれたような調子を崩すことはなかった。
──歴戦を知る彼だからこそ、戦いというものを決して好みはしないし、戦争なんて下らないとも思っているし、相変わらず科せられている、『死神様』の役目を、鬱陶しく感じることとてあるけれど、彼は、愛する人を守れることに、『喜び』を感じない質でもないし、その日も変わらず、同盟軍盟主として、『救い主様』として、戦場に立つカーラの傍で、彼を守れることに、或る意味では高揚とも例えられる、『重さ』を感じているのは本当だったから、機嫌を良くしたような、浮かれてたような、そんな調子に彼がなっても、別段おかしくはないのだろうが、彼のその『機嫌の良さ』は、何処か、不自然だった。
けれど、その日、ミューズ市の南西に広がる草原にて、ハイランド軍を相手に行った戦にてユインは、『機嫌の良さ』を反映させたような、何時もにも増した、見事と言うか、鮮やかと言うか、そんな戦い振りを示したから、戦いの後、常にカーラが行う、輝く盾の紋章の解放回数も、少なくて済み、カーラの機嫌も、自然、何時もよりも良くなって。
勝鬨が上がり、輝く盾の紋章を振るった直後、顔を覗き込んで来た恋人に、「今日は大丈夫そうだね」と言われた時には、自分の為にユインさんは頑張ってくれたのかな? と、一層彼はご機嫌になり。
────ご機嫌『そうに見える』ユインと、ご機嫌になったカーラは。
「やーっと、ハイランドから、ミューズを取り戻せたな。──なあ。折角だから、探検でもしに行ってみないか? ちょいと懐かしいだろう? ミューズも」
……と言い出したビクトールの科白に、一も二もなく頷いて、ビクトールと、他の数名の仲間達と共に、グリンヒルに引き続き奪還せしめたミューズの街へと、踏み込んだ。