敵を倒して、敵が呼び出す魔物も倒して、ロックアックス城の廊下を覆う石の上を、走って走って、やっと辿り着いたテラスで。

ふっと上向いたらそこには、マチルダ騎士団の旗が翻る、この城で一番高い塔があった。

目指す塔は、そこでやっと、視界の中に入った。

だから、煤けているように映る塔を見遣って、カーラは少しだけ、ホッとした風な顔付きになったけれど、漸く……、の息を洩らしたのも束の間、たった今通り抜けて来た廊下の方から、自分達を追い掛けて来る、白騎士達の足音が聞こえた。

「ん、もうっ! もう一寸であの塔なのに、頭クるわねっ!」

「ナナミ、あんまり騒がない方が……」

それを聞き付けたナナミは、三節棍を振り回しながら、足音の方へと振り返って、威勢良く声を張り上げたけれど……、共にいた仲間達には、そんな風にしてみせる彼女が、肩で息をし始めているのが判って。

どうしても、疲れたような素振りを隠しきれないが、戦う意欲だけは溢れさせている義姉を庇うように、足音の方へと進み出たカーラも又、何処となく、疲れている様子なのも判って。

「カーラ殿、ナナミ殿。先に行かれて下さい」

「ここは、俺達が食い止めますから」

どうしようと、一瞬、目と目で話し合った後、カミューとマイクロトフの二人が、そう言い出した。

「……そうですね。その方が、手っ取り早いかも知れませんしね」

「ああ。……大丈夫だ、心配しなくとも。始末は、私達がきちんと付ける」

旗を焼き払うとの目的を達成する為にも、盟主とその義姉の負担を軽くする為にも、ここは、二手に分かれた方が良いと進言した騎士達のそれを受けて、ツァイも、オウランも、賛同するように頷いた。

「………………でも、平気、かな。只でさえ、僕達こんな小部隊なのに……」

「……ああ、そのことでしたら。そこの階段を上がって、回廊を一本渡れば、もう、旗は直ぐそこですから、問題はないかと」

「この先の塔には、ゴルドーの部屋がありますが、あの男とて、こんな時にまで、自室に篭っていたりはしないと思われます」

けれど、直ぐには頷けないと、カーラは仲間達の意見に躊躇いを見せて、が、彼の躊躇いを、カミューとマイクロトフの言葉が払ったので。

「……判った。じゃあ、先に行きます。……皆、宜しくね? 行こう、ナナミ」

「うん! ……大丈夫、お姉ちゃんがいるから!」

戸惑いながらも、行くと決めたカーラと、溌剌さだけはその声音から消さないナナミの二人は、テラスより駆け出し。

「お二人共、お気を付けて!」

「気を付けるんだよ、いいね!」

仲間達は口々に、走り出した二人の背中へと気遣いを掛け、追い付いて来た敵兵と向かい合った。

マチルダ騎士団出身の二人が、代わる代わる告げた通り、眼前にあった階段を駆け上がり、少しばかり廊下を進んだカーラとナナミの目の前には、広々とした作りの、回廊が姿を現した。

余りにも開放的なその造りを前に、カーラは一瞬、トンファーを構え掛けたけれど、辺りには、己とナナミの気配以外何も漂ってはいなくて、一度、前後を確認してから、そろそろと、ナナミと共に、彼は足を進め始めた。

「早く旗焼いて、帰ろうね。お城に戻って、ユインさんの帰り、待つんでしょ? カーラ」

「…………うん」

「じゃ、頑張ろう。……大丈夫だって。この間も言ったけど、ユインさんなら平気だよ。だから戻ったら、ちゃんとご飯食べるのよ? ここの処、カーラ、ご飯あんまり食べてないでしょ? ユインさん、心配なのは判るけど。ご飯くらいきちんと食べないと駄目だって」

義弟と肩を並べて歩きながら、これさえ乗り切れれば、もう、終わる、と、そんな風情をナナミは見せる。

「…………そうだね」

元気出して行こう! との態度を、絶対に変えようとしないナナミの言葉に、カーラは頷きと、微かな笑みを返し、うん、と、自分に言い聞かせて、又、進む足を早めた。

「……何処に行くつもりだい? カーラ。ナナミ」

────だが。

先を急ぐ二人の前に、立ちはだかるように、回廊の向こうから問い掛けが響き。

「……え?」

「………………ジョウイっ?」

誰? ……と、瞳細めた彼等の前へ、ハイランド皇王──ジョウイが姿を見せた。

「……御免。二人の話、立ち聞きするつもりはなかったんだけど。もっと早く、君達の前に出て来るつもりんだったんだけど。ユインさんのこと話してたみたいだったから、つい」

現れたジョウイは、そんなことを告げながら、カーラとナナミの前に立って。にこっと、カーラを見詰めて、笑って。

「………………御免よ、カーラ。君が、君の城へ帰って、帰らないユインさんを待って……って。そんな望み、叶えて貰う訳にはいかないんだ」

彼は、笑いながら、カーラの琥珀色の瞳を見詰め、静かに言う。

…………今となっては、もう遠い昔になってしまった、キャロの街で幸せに暮らしていたあの頃、常に浮かべていたような優しい笑みを湛えて、ナナミとカーラを彼は見詰めたから、一瞬、義姉と義弟は、顔を見合わせるようにしたけれど。

「君達が、何をしようとしているのかは知らない。知らないけれど、それを君達に、させる訳にはいかない。僕は君と戦ってでも、ここから先へは行かせない」

湛えた面を崩さずに彼は、幼馴染み達へと告げた。

「……戦わなくちゃ、駄目なのかな……」

刃を交えてでも、と、真っ直ぐ目と目を合わせてジョウイが言うから、少しばかり目線を移ろわせつつもカーラは、そうするしか道がないならと、そんな決意を固め掛けた。

…………だが。

「そんなことはないよ。……何度も言って来たように、君が今直ぐ同盟軍の盟主なんて辞めて、ナナミと一緒に逃げてくれれば、僕達はこれ以上、無益な戦いなんかしなくて済む」

戦わない以外の道だってある、と、ジョウイは笑みを深めた。

「ジョウイ。僕だって、何度も言ったよ。僕は、同盟軍の盟主を辞めるなんて出来ない。君と戦いたくないからって、皆のこと、裏切るなんて出来ないっっ」

その笑みへ向けて、カーラは声を絞ったけれども、親友は、唯、ゆるゆると首を振っただけだった。

「……そんなことにはならないよ。君が、ナナミと一緒に逃げ……──いいや、元の、普通の生活に戻ったって。もう、戦いの勝敗なんて、変わらない。どう足掻いてみたって、何にも変わらないんだよ、カーラ」

「…………どうして……。どうしてそんなこと言えるの、ジョウイにっっ!!」

「……どうしてか? なら、教えてあげるよ。──さっきね、僕の所に報告があったよ。傭兵砦へ攻めて来た、同盟軍の部隊を殲滅したって。……キバ将軍。彼は、戦死したよ」

そうして彼は、徐に、傭兵砦にての出来事をカーラへ教え。

「え……? キバ将軍が……?」

「……嘘……」

それを聞かされたカーラとナナミは顔色を変えたが、けれど、ジョウイの話は続いて。

「キバ将軍、彼と共に戦死した者以外にも、同盟軍には未だ、元ハイランド兵はいるんだろう? あの人を見殺しにするようなことをしたのに、その彼等は何も思わず、君の所に留まり続けてくれるのかな。……それは、難しいことかも知れないね、カーラ。只でさえ同盟軍は、『救い主様』と言われてる君と、『死神様』と評判のユインさんの二人で、何とか持ち堪えて来たようなものなのに。……ユインさんは、君の所へは帰らなくて。この上、キバ将軍まで。…………だから、カーラ。君が何かをしても、何かをしなくても、もう、何も変わらない」

彼は、そんな風に、淡々と告げ、その最後。

「…………ちょ……。一寸待って……。どうしてジョウイ、ユインさんのこと…………?」

「え? ……ああ。何故か? ──ミューズに、一人ユインさんが残るように仕向けたのは、僕だから。……カーラ。もうね、あの人は、君の所へも、君達の所へも、戻らないよ」

何故、ユインさんのことをと、そう声を詰まらせたカーラへ、子供をあやす風な口振りで言った。

「……………………そんなこと……っ。そんなこと、ないっっ。だって、ユインさん……。ユインさんはっっ……」

「信じたい気持ちは判るけど。でも、本当のことだよ、カーラ。元ハイランド兵達を纏めていたキバ将軍も、もういないし。『死神様』も、もう。……ね? カーラ。僕と一緒に行こう? 君のことも、ナナミのことも、同盟軍のことだって、悪いようにはしないから」

────もう二度と、あの人は、君の許へは戻らない、そう言われて、カーラは苦し気に顔を歪め、ぎゅっと目を瞑り、ジョウイへと訴えたけれど……彼の親友は、それに貸す耳を持たぬようで。

それまでよりも、よりカーラへと近付き、彼の手を、取る風な素振りを見せた。

────どうやってでも、親友を連れ去りたいような、幼馴染みと。

親友が語った話に、揺らいでしまった心をどうしたらいいのか判らないでいる風な義弟とを。

その時ナナミは、オロオロと見比べていた。

彼女も又、義弟と幼馴染みをどうしたらいいのか、この場にとっても、この先にとっても、どうするのが一番いいのか判らなくて、只、掛ける言葉さえも見付けられず、泣き出しそうになりながら、二人を見比べて、だが。

その途中で、ふっ……と。

彼女の視線は、義弟でもなく、幼馴染みでもない、有らぬ一点へと向けられて、その一点を見詰めたまま、彼女は。

義弟と幼馴染みの二人を、庇おうとでもしているように、両腕を広げた。