進めば進む程、より多く、床に転がる屍を目撃するようになって行くロックアックス城の廊下を駆け抜けて、もう間もなく、カーラ達が目指しているだろう御旗翻る塔へと辿り着けると相成った時、飛び込んだ、塔へと続く広いテラスで、ユイン達は、カーラと共にここへやって来た筈の、マイクロトフやカミュー達と出会した。
「…………えっ?」
「……あ……、ユイン殿……?」
そこにカーラはいないのに、何故、彼と行動を共にしていた者達がいるのかと、ユインが一瞬目を見開けば、ロックアックス城の中にいる筈のないユインや傭兵達やシーナを見付けた騎士達も、驚きの顔を作る。
「カーラは?」
だが、どうしてここにと、互い、悠長に言い合っている場合ではないと、困惑しきりのマイクロトフ達へ、ユインは急くように尋ね。
「カーラ殿なら、ナナミ殿と共に、先に行かれました」
問いへ、カミューが答えた。
「先に? ……判った」
元・赤騎士団長のそれへ、ユインは再び目を見開き、直ぐさまその瞳を細め、何やら物言いた気にしたが、やはり彼は全てを無理矢理飲み込んで、カーラとナナミを追い掛けるように走り出した。
「一体、何が……? どうして、貴方達がここに?」
「詳しい話は、後だ。……何がどうなるのかとか、何がどうしてとか、そんなことは俺達にも判らねえが。簡単に言えば、良くないことが起こりそうだ、ってことみたいだな」
疾走して行くユインの背中を目で追って、ツァイがビクトールに問うたが、彼は肩を竦めてそれだけを告げると、後を追うべく、相方やシーナと共に動き出す。
その為、二人の騎士も、ツァイもオウランも、自然、倣う形になって、テラスを抜け、短い階段を昇り、少しばかり行った所にある、回廊の入口にて。
「…………カーラっ!!」
その場で足を留め、高くカーラの名を呼んだユインのように、後追い掛けた者達も、又、その場に立ち尽くした。
「………………カーラ……?」
強く彼を呼んだ後、一転、低く囁くように、ユインが彼を再び呼ぶも、高かった声音も、低かった声音も、カーラには届いておらぬようで、呆然とした表情の彼は、血に塗れているナナミの体を抱いて、回廊の直中に座り込むだけだった。
そんなカーラの傍らには、恐らくは怒り故にだろう、頬を赤くして、肩で息をしているハイランド皇王──ジョウイがおり、彼等より少しばかり離れた床の上には、数名の白騎士と、マチルダ騎士団長ゴルドーと思しき者の亡骸が、コロリ……と、転がっていた。
「……嘘。……ねえ、ナナミ……? ナナミ。起きてよ、ナナミ…………っ。ナナミってばっ!!」
凄惨と例えるよりは、物悲しいと例えた方が相応しいだろうその光景に、果たして近付いても良いものかどうか、一瞬ユインが躊躇った隙に、ゆらゆらと、焦点が合っていない風な瞳を彷徨わせてナナミを見下ろし、カーラは、抱いた体を揺すり始め。
「…………どうして……? どうして、こんな風になるんだ……?」
二人の幼馴染みを見比べながら、ジョウイは、ぼんやりと呟いていた。
「カーラ、駄目だっっ!」
そこで漸く、ユインは自らの体を動かすこと叶えて、ナナミを揺すり続けるカーラへと駆け寄り、その両手を強く掴んだ。
「カーラ、カーラっ。……僕だよ。判る? 駄目だよ。そんなことしちゃ駄目だ。ナナミちゃんは、未だ息が有る。だから、ね? 落ち着いてっ」
掴んだ両手を、カーラの肩の高さ辺りまで強引に持ち上げた弾みで、微かにナナミの体は揺らぎ、揺らいだ拍子に、呻き声らしき声が、深く傷付いているらしい彼女より洩れたのを聞き取って、カーラの、琥珀色の瞳を覗き込みながらユインは、懸命に訴えた。
「……………………ナナミ、が。……ナナミが、僕達のこと庇って……、だから……。………………あ、れ……? ユイン、さん……? 本当……に、ユインさん……? だって……ジョウイはもう、ユインさんは帰って来ないって……そう言ったのに……。でも……、ユインさん……?」
すれば、覚束なく彷徨うだけだったカーラの視線は徐々に定まり始めて、ナナミとユインの顔を、眼差しは行き来し。
「そうだよ。僕だよ。……判る? 夢でも幻でもないよ? 僕はちゃんと、君の目の前にいるよ?」
「ユイン、さ……。…………ユインさん、ユインさん……。ユインさんっっ! ナナミが……ナナミ……っ。お姉、ちゃん…………っ」
目の前に在るのは、本当のユインだと、唐突に理解した直後彼は、色も光も褪せ掛けていた瞳に、それでも何とか、うっすらとした頼りない灯火を取り戻して、見る見る内に涙を溢れさせ、彼と、ナナミの名を呼びながら、寄り添ってくれた彼へ縋り付いた。
「大丈夫。大丈夫。大丈夫だよ……」
押し殺した声で泣き濡れながら、己が胸へ、濡れそぼる頬を押し付けて来たカーラの頭を撫でて、抱き締めて、彼の義姉が、何時も、おまじないのように呟いていた、『大丈夫』の言葉を、ユインは幾度も、カーラへ掛けてやった。
「誰か。誰でも良い、ホウアン先生を。……それから……旗を」
何も彼も忘れ、全てを置き去りにし、泣くしか出来なくなったカーラをひたすらに慰めつつ、それでもユインは、呆然としたままいる仲間達へ、命令口調で言った。
「……あ、ああ……」
「……直ぐにっ」
それ故、彼の声に弾かれたように、仲間達はぱっと散り、己と、カーラと、ナナミと、未だ佇み続けるジョウイだけが残された、回廊の直中で。
泣き続けるカーラを、深く抱いたままユインは、す……っと、ジョウイを見上げ。
「…………見遣るその先に、何を求めているのかなんて、僕は知らない。知らない、けれど。……これが、君が何かを目指した結果の一つだ。……………満足か? これで、満足か? ジョウイ・ブライトっっ」
言葉の始まりは、静かに。けれど終わりは、激しく。ユインはジョウイに、それをぶつけた。
しかしジョウイは、何一つとして、ユインに語ろうとはせず、カーラにも声を掛けず、そのまま、何処へと立ち去った。
……そうして、ジョウイが去った直後、入れ替わる風に、マイクロトフ達に呼ばれてやって来た、医師ホウアンと、正軍師シュウが、回廊へとやって来た。
「ナナミさん…………」
深刻そうな顔をして、足早にやって来たホウアンは、直ぐさま、ナナミの傍らに膝を付いた。
カーラの膝上の彼女に、ばっと覆い被さるようになって、それまで以上に真剣な表情をして、何処となく、唇を噛み締める風にしながら、そしてやはり、何処となく恐る恐る、ナナミの服の前を、医師はその場で広げて行く。
駆け付けて来た彼がそんな様子になった頃、彼よりも少しばかり遅れ、普段と余り変わらぬ足取りでやって来たシュウは人々を見比べ、直後、流石に驚きを隠しきれなかったのか、顔を顰めて息を飲んだが、次の瞬間にはもう、彼の面からは、そんな色は拭い去られ。
「……他の者達は?」
シュウは、回廊に踞っている四名の中で、唯一己へ意識を向けられるだろうユインを見下ろした。
「旗、焼いて貰いに行ったよ。道々、事情は聞いたから」
「……誰に、です?」
「ビクトールとフリックとシーナ」
「…………ああ、そうですか」
余り感情の色が窺えぬシュウの漆黒の瞳を、己の漆黒の瞳で弾き返すようにしながら、ユインがそれを告げれば、正軍師は唯、肩を竦めてみせ。
「……………………一寸。その顔、貸してよ」
彼を見詰めたまま、薄く笑ってユインは立ち上がり、相手の応えを待つよりも早く、強引に、その腕を掴んで回廊を戻り始めた。