引き摺るように、カーラや仲間達から少しばかり離れた場所へと向う途中、一度だけユインは、心配そうに、そして不安気にカーラを振り返ったが、瞬く間に、彼は前を向き直る。

「……あのね?」

「…………何か?」

「多分、そうすることは筋違いなんじゃないか、って。一応未だ、そうやって考えられるくらいは、僕の頭も真っ当だとは思うんだけど。そこから先は、どうやってみても思い至れないんだ。……筋違いかな、って。…………うん、判ってはいるんだよ、一応」

「…………筋違いとは、何のこと…………っっ────

回廊からは死角となる壁の影で、シュウを見上げながらつらつら、ユインはそんなことを告げて、筋違い、の言葉に、シュウが眉を顰めるのも待たずに彼は。

一切の手加減なく、正軍師を張り飛ばした。

「何がしたかった? 何がしたかったんだ、貴方はっっ!」

渾身、と言える程の力で頬を張られ、深く切れた唇の端を押さえながら、石造りの床の上に昏倒するのも気に留めず、淡々としていたそれを、怒鳴り声へとユインは変える。

「結果論で物を語ってみたって仕方ない、それは判ってる。こうなってしまったのは、貴方の所為ではないのかも知れない。……でもっ。それでもっ! それでも、結果は『こう』だ。────何がしたかった? お前はカーラに、何を求めたかった? あの子に、どう在れと望んだんだ? ……どうして……どうして、こんな場所へカーラとナナミを行かせた? どうしてこの土壇場になってまで、下らない面子になんか拘ったんだ、お前はあの子の正軍師だろうっっ!!」

そうして彼は、蹌踉めきながら立ち上がったシュウの、胸倉を掴み上げようとしたが。

「……おいっ、ユインっっ!」

シュウが昏倒した音も、ユインの怒鳴り声も、仲間達へと届いたのだろう、塔に翻る旗を焼き終えて、戻って来ていたビクトールやフリックが、彼等の許へと駆け付けて来て、身を呈してユインを止めた。

「ビクトール……?」

「少し落ち着け。……な? 言いたい気持ちは判る。判るが、今ここで俺達が揉めたって、それこそ仕方ねえだろう? ──ホウアンが、ナナミを診終わった。未だ、息はあるそうだ。今直ぐ治療が出来れば、何とかなるかも、って。そう言ってるんだ。そっちの方が先だろ?」

どうして止める、と、そう言いたげに、己をも睨んで来たユインを、ビクトールは穏やかに宥めて、酷く歳の離れた兄に嗜められた風に、ユインは、一つ大きく息を付いて、肩の力を抜いた。

「…………そうだね。御免……」

シュウへは目もくれず、両手を固く握り締め、………………と。

「……っ。……カーラっ!?」

何の前触れもなく、ナナミを取り巻いている仲間達の輪の中から溢れた、綺麗な、薄い緑色した光──輝く盾の紋章の光を彼は見付けて、恋人の傍らへと駆け戻った。

「カーラっ!」

薄い、緑色の光が溢れ始めた回廊の直中では、涙を溢れさせたまま、自分自身にも何が起こっているのか判らない顔をしつつ、カーラが、ナナミに縋り付く風にしていた。

──輝く盾の紋章を使えば……と、頭の片隅で、考えたのだろう。

そんな彼の想いに応えでもしたのか、紋章は、常よりも強い光を放って、放つそれで、ナナミを包み続けていた。

「…………カーラ。いけないよ」

その、溢れる光の強さを認めて、ユインは一瞬顔を顰め、義姉に縋り付く彼の隣に跪き、そっと諭したが、そうしている間にも、輝く盾の光は益々輝きを増して。

「カーラ。駄目だよ。……カーラ。駄目だってば。カーラ。カーラっっ!」

きついトーンで彼を呼び、無理矢理、ユインはカーラを義姉から引き離した。

「…………っ……」

ナナミより遠ざけられた彼は、泣き濡れた瞳で、非難するようにユインを見上げたが、それでも。

「そんな風にしたら、危なくなるのは君だ」

睨んで来る琥珀色を、同じ強さでユインは見返した。

「……? どういう意味だ……?」

そうすれば、ふっと、カーラの目からは厳しさが薄れ、体からは強張りが抜け、彼は、ユインに支えられる風になり、ユインの告げたことの意味が理解出来なかった仲間達は、一様に、カーラを見下ろした。

……けれど、彼等がそうなっても、輝く盾の紋章の光は、消え失せず、それ処か、一層目映くなって。

「まさか……っ」

ひょっとして、輝く盾は、カーラの意思の手より離れて、暴走しようとしているのではと、ユインは咄嗟に、恋人を渾身の力で抱き締めた。

「逃げるんだ、早くっ! ナナミ連れて、出来るだけ急いでっ!」

「えっ? 何で? どうして?」

「……ったって……、お前等どうすんだよっっ」

カーラを頭から抱えて、彼が仲間達へ、逃げろと叫べば、困惑のみを見せ、仲間達は動くことを戸惑い。

「いいから、早くっっ!」

「シュウ軍師! ハイランド軍が撤退して行きますっ!」

再度、ユインが叫んだ時、回廊の向こうから兵士が数人駆けて来て、突然、敵軍が撤退を開始したとの報告をした。

「本当ですかっ? それは有り難い! 兎に角シュウ殿! 本拠地へ!」

「あ、ああ……」

「ユインっ。カーラっっ」

「僕達のことはいいから、さっさと逃げろってばっ!」

報告を受けた彼等は、動くことを思い出し、慌ただしくナナミを運び出し、回廊に残ったユインは、ぼんやりとしているだけのカーラをあやし続けた。

「………………ユインさん…………?」

「大丈夫。大丈夫だよ、カーラ。僕が一緒にいる。ね? ……落ち着いて? ナナミちゃんなら平気だよ、ホウアン先生もいるから。紋章も、平気。気にしなくていいよ」

「……ナナミ……? 紋章……? ……あれ…………?」

「…………いいよ。何にも考えなくていいから。……うん。平気、平気。僕がいるんだし。……大丈夫、平気。だから、カーラ…………」

──唯、どうしようもなく目映いだけの、薄い緑色した光のみを残し、静寂を取り戻したそこで、カーラを抱いて、背を摩って、安心させる為の言葉を紡ぎ続けて……と、カーラの意思を離れた紋章が輝きを増させ続ければ、己の命とて、どうなるか判らないと言うのに、それにも構わず、ユインがそれを続ければ、今は何一つとして理解出来ていないだろうカーラに、それでも訴えは届いたのか、少しずつ、輝く盾の光は小さくなって、やがて、ふっ……と、消えた。

……と同時に、カーラの瞼は、眠る時のように閉ざされ。

「…………カーラ。カーラ? ……気、失っちゃったかな……」

弛緩した恋人の躰を抱き上げながらユインは、既に、陽が傾き始めてしまっているロックアックスの空を見上げた。