少なくとも、この戦争が終わるまではと、ナナミの為に泣くことをカーラが止めて、深く俯いていたユインが、漸く前を向き始めてと、そうなったら。

彼等と、そして同盟軍に迫って来たのは、ハイランド皇国皇都、ルルノイエを攻めることだった。

そこを攻め陥としてさえしまえば、この戦争に終止符は打たれる筈と判ってはいたけれど、戦うということは、又、新たなる死者を生み出すということにも等しく、大切な義姉を亡くしたばかりのカーラには、少々辛く感じられたが、これまでに喪って来た人達のことを思えば、立ち止まる訳にはいかなかったから。

「ルルノイエへ、攻め上がりたいと思います」

そう進言して来たシュウの言葉に、彼は素直に頷いた。

故に再び、同盟軍は動き出し、慌ただしく騒々しい日々は戻り。

その日、ルルノイエ侵攻の為の軍議を終えた後。

ユインは、本拠地四階のその部屋にて、シュウと二人きり、向き合っていた。

常と全く変わらぬ態度で、何時もの椅子に着席したまま、上目遣いを向けて来る、正軍師と。

『あれ』以来、どうしてもユインは一個人として、シュウのことを快く思えずにいたし、普段は飄々とした態度を崩さぬユインに頬を張り飛ばされ、大声で怒鳴られた後も、シュウは、『行い』を改める素振りも、反省している素振りも見せなかったから、ユインの内心で、シュウは益々、負の存在として大きくなりつつあったけれど、彼の個人的な感情と、この軍に与ししている者としての立場は、絶対に、交わることがない。

が、どうしても、彼は。

「お話、とは?」

「ルルノイエ侵攻。貴方が何と言おうと、僕はカーラの傍から離れないから。承知しといてくれる?」

……それを、言い置いておきたかった。

「………………そうですか。判りました」

「……ああ。そういう訳だから、宜しく。…………言わずもがな、だとは思うんだけどね。同じ過ちを、僕は、二度も許さないよ。僕のことは二の次だとしても、カーラの傍から、トランの解放戦争に関わった人間、全てを排除しようとするのは……──。同盟軍の勝利は、『同盟軍』の手でと、貴方はそう思っていたから、ロックアックスでのあの時、カーラの同行者、自分で選んだんだろう? ……貴方の気持ちは判るし、その考えに賛同出来なくはないけど。今更、それは愚かだし、ロックアックスではああなった。……もう一度、言うよ。同じ過ちを、僕は、二度も許さないよ。次はないよ? 僕の、『次はない』、は。命はない、そういうことだよ?」

──────短いやり取りの終わり。

ユインは、冷たい声音できっぱりとそう言い切って、くるり、シュウへ背を向けた。

「……別段、私の命の『次』など、貴方に心配して頂かなくとも結構です。私は私の思う処を、思う通りに行うだけですから」

その背へ、シュウは、ご随意に、そう言わんばかりの声を放った。

「…………大層、いーい度胸、してるよね」

「そちらこそ」

だから、ユインは背を向けたまま。シュウは、書類へと目を落として。顔も見合わずに二人はそう言い合い。

同盟軍は、又一歩、ルルノイエへと近付いた。

……………………もう。

遠い昔のことは、何一つ、戻って来ないのだと、カーラはそう思っていた。

────ナナミは一人、先に逝ってしまった。

……先に、逝かせてしまった。

ジョウイは多分、帰って来てはくれない。

例え、戻っておいでと言われても、もう手放しで、ジョウイの許へ行くことは出来ない。

……どうして自分は、逃げてばかりいなくてはならないのだろう、そう思って、逃げてばかりいる自分が悲しくなって、夜の闇の中、森の向こう側で燃え落ちる、あの傭兵砦を、ぼんやり……、と眺めた夜を境に。

変わってしまったこと、と言えば、同盟軍の盟主となった、その事実と、同盟軍の盟主である為に、以前よりは多少、強くはなったかな、との細やかな自負。

……闇の中、燃え落ちて行く傭兵砦を眺めていたあの日より、自分の中で変わってしまったことは、多分、それだけ。

………………でも。

自分自身の中で変わったのは、それだけでしかなくても。

『それ以外の世界』で変わってしまったことなら、沢山沢山、ある。

…………そう、様々、変わった。

何よりも、あの夜、ユイン・マクドールに、自分は出逢ってしまった。

あの夜を境に、彼は常に傍らに在って、そして、常に傍らにある彼を、愛するようになってしまった。

遠い、異国の、戦いの神様、と。

突然、何処より舞い降りて来た、どうしようもなく、と言いたくなる程に強い、異国の、戦いの、神様、と。

始まりはそう思っただけだった彼に、何時しか憧れ、愛するようになってしまったから。

『それ以外の世界』では、全てが変わってしまった。

…………そうして。

遠い昔のことは、何一つ戻っては来ない、そうなってしまった今。

それでも、『あの頃』のように傍らにいてくれるのは、ユインしかいなくて。

『手にした』のはユインだけで。

……だから、もう、あの頃のことは、何一つ。戻っては来ない。

でも、それでも、いい。

遠い、異国の、戦いの、神様。

何時しか、神様ではなくなった、『神様』。

最愛の人になった、あの人。

彼が、傍らにいてくれるから。

もう、それで……、と。

────カーラは、そう思っていた。

故に、彼はその日。

この一年数ヶ月の間の、何も彼も終わらせる為に。

遠い昔の一つだった、ジョウイと決別することになっても、と。

朝。

同盟軍全軍を率いて、ハイランド皇国皇都、ルルノイエを目指し、本拠地を出立した。