少し前にハイランド軍が撤退して行った、ミューズの街近くをすり抜けるようにして進んで、その先の関を越え、敵国の草原にて、幾度か戦を行い。
漸く見えて来た、皇都ルルノイエの鼻先で、大分数を減らしたハイランド軍全軍を相手に、最後の決戦をして。
ルルノイエ目指し、本拠地を出立してより、約半月後。
カーラは、仲間達と共に、ルルノイエ王宮の、正門前へと立った。
「……ここを、陥とせば。皆々、終わりますね」
立ち尽くした橋の袂より、眼前の門を眺め、彼が呟けば。
「ああ、そうだね。これで、終わるね」
その傍らに在ったユインが、前を向きながら答えた。
「………………行きます」
だからカーラは一度だけ、傍らの恋人を振り仰いで、何処となく、曖昧な笑みを浮かべ。
『最後』の戦いの為の、一歩を踏み出した。
最後の戦いの舞台。
白亜の巨大な王宮、そこは。
どういう訳か、とても静かだった。
無論、ハイランド兵達から見れば、不躾に足を踏み入れて来た侵入者でしかないカーラやユイン達を迎え撃つべく、其処彼処から、屈強な兵士達や、魔物遣いに操られたモノ達がその姿を見せ、戦いを挑んできたから、真実、無音だった、という訳ではないけれど。
向ってくる彼等の目は、どれもこれも、諦めの色に濁っていて、覇気は窺えず、まるで、終焉を迎えると決まってしまった祖国の為に、せめて最後の抵抗をと、そう言っているかのようで。
だから、白亜の王宮は、とても、静かだった。
────静かで、とても広くて、思う通りに進めぬそこは、永遠に抜け出せぬ真実の迷宮の如くあり。
……最後の、戦いの筈なのに。
「……ここを、陥とせば。皆々、終わりますね」
と、先程言ったその科白通り、玉座の間、そこを目指して、ハイランド最後の皇王となるだろう『彼』を倒せば、『晴れやかな瞬間』、それはやって来るのに。
永遠に抜け出せぬ白亜の迷路の中で、命終えるのは自分達の方ではないのかと、長い廊下を駆けながら、カーラは一瞬、そんなことを思った。
──『未来』は。
こう流れる筈じゃなかった。
天山の滝壺から、親友と二人、逃げ延びる為に身を投じた時も、もう、ずっとずっと前に焼け落ちてしまった、傭兵砦での日々の時も。
『未来』は、こうじゃなかった。
きっと、こんな風に流れる筈じゃなかった。
────ルルノイエ王宮の最深部を目指しながら、果たしてこの迷宮から抜け出せるのだろうかと、一瞬、そんなことを考えたカーラは、次の瞬間には、『あの頃にはなかった筈の未来』を思って。
………………けれど。
肩を並べて隣を走る、ユインの横顔をちらりと眺めて、にこり、薄く笑った。
「……何?」
「何でもないです」
本当に僅かの笑みを湛え、見遣ってきたカーラへ、ユインへは首を傾げてみせて、でも、カーラは。
只、静かに首を横に振った。
──『あの頃』は。
こんな『未来』を迎える筈じゃなかった。
こんな『未来』は何処にもなかった。
だけど、ジョウイはもう遠くて。
ナナミは何処にもいなくて。
でも。
あの、真夜中の草原で、その背中を初めて見た時から、遠い異国の戦いの神様、そう思って止まなかった、あの頃から確かに憧れていた、この人だけは傍にいてくれる。
『未来』がこうなる筈じゃなかった今でも、この人だけは、傍にいてくれる。
あの頃は、こうなる筈じゃなかった『未来』が、本当はあの頃からこうなる筈だったなら、確かにこれが、『未来』なのだろう。
そしてそれは、確かに望んだことの一つで。
こうなる筈じゃなかったんだろうけど、確かにこうなる筈だった……────。