ハイランド皇国、ルルノイエの陥落を成し、デュナン湖の畔の本拠地へと、同盟軍は凱旋中だった。

各都市から参加した部隊の中には、本拠地は目指さず、そのまま、故郷の街へと戻るそれもあったが、大抵の部隊は、盟主であるカーラ達と共に、湖畔の城を目指していた。

──長い隊列を作り、今、同盟軍は一先ず、ミューズ市へ向っている。

ミューズを経由し、コロネの波止場から船で本拠地へ戻る予定だった。

「ビクトール、フリック」

────続いた野営の疲れを、取れる内に取ろうと、凱旋の道中を行く同盟軍が逗留を決めた、ミューズ市市庁舎で、日没後、ユインは、心底楽しそうに話しながら、酒場へ繰り出そうとしていた腐れ縁傭兵コンビを呼び止めた。

「何だ?」

「どうした、ユイン」

足早に近寄って名を呼べば、ビクトールとフリックの二人も足を止めて、訝し気に首を傾げる。

ほんの一時間程前、カーラと一緒に夕餉を摂るのだと、そう言って、仲間達の輪から外れたのはユイン当人なのに、何故、一人でそうしているのかと。

「カーラ、見なかった?」

だが、彼等の不思議そうな眼差しを無視して、少し切羽詰まったように、ユインはカーラの行方を尋ねた。

「あ? さっき、お前自身が、あいつと一緒に飯喰うんだって言ってたじゃねえか」

「それが……いないんだよ、何処捜しても。誰に訊いても、カーラが何処にいるか知らないって言うし。シュウ辺りに捕まってるんじゃないかって、確かめてもみたんだけど、そうでもなかったし……」

「でも、あいつが一人で何処かに行く筈がないだろう? 第一、何処に行く? 誰かと一緒に、どっかの飯屋で飯でも食ってるんじゃないか?」

「それは有り得ない。ミューズに入る時、後で一緒に夕飯食べに行こうって、そうカーラに言ったら、判りましたってあの子、頷いてたし。第一、恋人の僕に何も言わずに、他の誰と、カーラが夕飯食べるって言うのさ」

あの子の姿が見当たらないと、焦った風を見せたユインに、ビクトールとフリックが口々に言えば、彼は少々ムッとして、二人から視線を外し、辺りを見回した。

「……何処に行ったんだか…………」

「そう心配する程のことでもないんじゃ……」

何処かその辺に、カーラの姿が見えぬかと、瞳を巡らせるユインに、何処までものほほんと、フリックは答えたが。

「……そう言やあ、ジョウイの奴は結局、見つからなかったんだよな……」

ビクトールは、相方とは少々違う想像をしたようで。

「敢えて思わずにいたこと、言わないでくれる?」

考えたくなかったのに、と、ユインは彼を睨め付けた。

「だがビクトール。ジョウイが見つからなかったからって、カーラが何処に行くって言うんだ」

「……憶えてないか? フリック。ほら、傭兵砦に、カーラやジョウイやナナミが、居候始めたばかりの頃。何でお前達は、あの川に流されるような羽目になったんだ、って、そんなこと訊いてみたら、あの二人、滝壺に飛び込むまでの経緯、話してくれたじゃねえか。駄目かも知れないとは思ったが、黙ってルカ・ブライトに殺されるよりはと、そう考えて、逸れたら、天山の峠の滝壺の前でってな、約束もして、って……。だから、まさかとは思うが……」

ジョウイ……と言い出した相方に、何故とフリックが問えば、ビクトールは、『遠い昔』に聞いた話を思い出しながら語って、二人の傭兵の傍らで、黙ってそれを聞いていたユインは、何も言わずに駆け出し。

「あ、おいっ! 未だ、そうと決まった訳じゃ!」

「違うかどうかは、ビッキーかルックに訊けば判るっっ」

留めるビクトールへ、ユインは振り返りもせず怒鳴って、転移魔法を操れる、魔法使い達の許へ走った。

──ユインが、ビッキーやルックを捜しに走った頃より遡ること、数刻前。

未だ、昼の内。

息抜き代わりに、一寸だけその辺をぶらぶらするような振りを装って、カーラは一人、ビッキーに話し掛けた。

ルルノイエを陥としてこの戦争に勝ったことを、どうしても、亡くなってしまったナナミに報告したいから、ナナミのお墓はないけれど、実家のある、キャロへ送って欲しいと。

「送ってあげるのは構わないけど、カーラさん、シュウさんとかに叱られない……?」

そんな頼み事をされたビッキーは、少しばかり悩む風を見せたが、結局、どうしても、と言い張るカーラに負けて、彼を、キャロの街の入口へと転送した。

だが、カーラが、懐かしいキャロの街へと踏み込むことはなくて。

彼は、天山の峠を目指して、街道を走り始めた。

────こうなることを、望んでいた訳じゃなかったけれど。

こんな『未来』を、迎える筈じゃなかったけれど。

『未来』は確かにこうなって、ジョウイは遠くなって、ナナミは消えて、でも、『あの人』だけは、最後まで傍にいてくれた。

例えこれが、『あの頃望んだ未来』じゃなかったとしても、『未来』は結局、こうなったのだから。

とてもとても、遠回りをしてしまった気はするけれど、もう、僕は僕の決着を付けよう。

…………そう思って、カーラは、白亜の迷宮のような、ルルノイエの奥を目指したのに。

ジョウイがいる筈の場所を、目指したのに。

ジョウイはそこにおらず、決めた覚悟は、宙に浮いてしまった。

……出来るなら。

そんなことを、望んでもいいなら。

本当は全ての決着を、あの玉座の間で付けてしまいたかった。

なのに、ジョウイはいなかった。

だから、覚悟は浮いてしまって。

ジョウイがここにいないのは、「二人が離れ離れになるようなことがあったら、ここで再会を果たそう」と、天山の峠で交わしたあの約束の所為ではないかと思ってしまって。

今でも、あの時の約束が生きていると言うなら、ジョウイは未だ、『遠く』ないんじゃないか、と。

…………カーラは、そう思ってしまった。

だから、誰にも何も言わず、ユインにさえ黙って、ビッキーに嘘を吐き、キャロへ行って……今彼は、天山峠の、約束の地を目指している。

────……キャロから天山峠まで、驚く程の距離はない。

休まず駆ければきっと、夕暮れまでには辿り着ける。

でも、そこに。本当に、ジョウイがいたら。

交わした約束の通り、自分を待っていたら。

僕は、どうしたら良いんだろう。

そこにいてくれれば、ジョウイはきっと、『遠く』ない。

でも、確かにジョウイは『遠くて』、最後まで、自分の傍らにいてくれたのは『あの人』で、『あの人』は、どうしようもなく愛しくて、でも。

『遠い異国の、戦いの神様』のような『あの人』も又、『遠い』かも知れなくて。

………………だから。