「子供の、妬きもちだったのかもね」

──ふわり、と笑った後、ジョウイは、又、ぽつりぽつりと話を続けた。

『それ』は、子供の妬きもちだったのかも知れない、と。

「妬きもち……?」

「小さい頃からずっと一緒だった君やナナミを、あの人に取られたくなかったんだと思う。……君達のことを守るのが、僕の全てだった。君達と一緒に、平和に暮らすことが僕の望みの全てだった。……でも、あの人には敵わなかった。──望む幸せは、右手と左手、その両方で持てるだけにしないと、何時か全てを零すって。あの人は、そんなこと言ってただろう? ……だからね、僕は全てと引き換えにしても、君達だけを、って。何時しか、そんなことを考え始めて。……考え始めたそれは、止まらなくなった。……アナベルさんを殺して、都市同盟を滅ぼして、あの人……ユインさんをも殺して。『全ての望み』を叶えれば、もう一度、君を、遠い異国の神様から取り戻せるって、僕は、そう信じてたみたいで。………………でも」

…………そうして、彼は。

カーラの喉元に突き付けたままだった、棍を徐に振って、振り上げたそれで薙ぐように、カーラの体を打ち据えようとした。

「……っ。ジョウイっっ……」

ゆらりと動いた棍の先より、間一髪身を躱して、が、少なくとも『今』は、親友と戦うつもりのなかったカーラは、姿勢を崩し、その場に膝付く。

「君が、遠い異国の神様の許から、帰って来るように。……それだけを祈って、沢山のことをして、沢山の人を殺した。ミューズでは、神様そのものを、殺してしまおうと思った。レオンに、あの人を殺したいのだと相談したら、レオンは賛同してくれて、何処かから嗅ぎ付けて来た、あの人がミューズに来るって噂を利用して、上手く、あの人を遺跡に追い込んでくれたから。神様はきっと、と、安心してロックアックスに行って、君にはああ言ったのに、神様は死ななくて、なのにナナミは死んでしまって。ここまで来ても、カーラ、君は、神様の許から帰って来ない。だから、もう。君を取り戻したいと願った僕としても、その為に、ハイランドの皇王となった僕としても、君を殺してしまうしか、道がないんだ」

「…………ジョウイ。それ、本気で言ってる……?」

「……本気だよ。嘘を吐いているように見えるかい? …………だからね、カーラ。神様の許にいたければ、君は僕を殺すしかない」

「……っ。痛っ…………」

膝付いたまま、身を起こそうともせず自分を見上げてくるカーラへ、ジョウイは言い放ち、もう一度、棍を振った。

先程よりも動きが早まった得物の先は、カーラの左肩辺りを強く叩いて、ふいっと戻る。

「戦わないと、嬲り殺されるだけだよ」

ひと度、ジョウイへと戻った棍は、又、カーラへと近付いて、今度は、右の肩口を抉るように。

「………………馬鹿じゃないの…………?」

左右の肩を強く打たれて、トンファーを握ることも出来なくなり、カーラは唯、自分で自分の両肩を抱くようにして、踞ったまま、ジョウイを睨み付けた。

「……馬鹿?」

「馬鹿過ぎて、ジョウイの言ってること、良く判らないよ……っ。僕が、ユインさんのこと、遠い異国の戦いの神様って想って、憧れたことがいけないの? それとも僕が、ユインさんのこと好きになったのがいけないの? ユインさんのこと好きで、何が悪いの? ユインさんはユインさんで、ジョウイはジョウイなのに。僕、さっき言ったよね、未来はこうなる筈じゃなかったって思ってた、って。約束した場所にジョウイがいてくれたら、ジョウイは未だ『遠くない』って、そう思ってここまで来たのに……っ。……何で……」

「……カーラ、だから、もう、それは──

──だから? もうそれは? 何っ? 僕にはジョウイの言ってること、これっぽっちも理解出来ないっっ。ジョウイのこと、親友だと思ってる僕は、ユインさんのこと好きになっちゃいけないとでもっ? だから、こんなことしたって、ジョウイはそう言うのっ? …………馬鹿じゃないの……? たった、それだけのことで…………っ……」

「…………それだけのこと、か。……うん。それだけのことだよ、カーラ。君にとってはね。でも、僕にとっては違う。この世と引き換えにしてでも、僕は、君をあの人に取られたくなかったし、あの人に、負けたくもなかった」

けれど、睨むようにカーラが言っても、ジョウイは面差しも、態度も変えず、もう一度。

その手にした棍を、踞るカーラを討ち果たすべく振り翳した。

「僕は、ね……」

翳され、振り下ろされたそれを、何とか避けて、一転、カーラは低く言う。

「……僕は、こんな『未来』、望んでなんかなかった。『未来』はこうなる筈じゃなかったって、ずっと思ってた。でも、『未来』はこうなって、ジョウイは遠くなって、ナナミも遠くへ逝って、最後まで、僕の傍にいてくれた、ユインさんのことだけ、想うようになったよ。──隠そうなんて、これっぽっちも思わないから、ジョウイには言うけど、本当に、本当に、僕はユインさんのことが好きだよ。多分、ジョウイが思ってるような意味じゃない『好き』で、僕はあの人のことが好きで、愛してて、あの人だけを想ってる」

「……………………そう。……流石に、そういう意味での好きだったとは、僕も知らなかったな。……一寸、びっくり」

「でもね。ルノイエへ行っても未だ、僕は、『未来』はって、そんなことばっかり思ってて、どうしようもなく強いユインさんの背中を見て、やっぱりこの人は、『遠い、異国の、戦いの神様』かも知れない、だからユインさんも本当は、凄く『遠い』のかも知れない、そんなことも考えちゃう馬鹿なんだよ。あの玉座の間にいなかったジョウイ、君は、僕が思うよりも『遠く』ないのかも知れなかったって、期待しちゃう大馬鹿なんだよっっ。ユインさんがユインさんで、ジョウイがジョウイなみたいに、ユインさんへの好きと、ジョウイへの好きは全然違うけど、僕はジョウイみたいに難しく考えられないから、ジョウイのしたこと、馬鹿じゃないのとしか言えないし、今更、そんなことの為に、僕達が殺し合わなきゃいけないなんて、思えないっ! …………思えないよ………………」

低めた声を、再び高め、彼が叫びを上げるも。

「……例え、そうだとしても。こうしている今でも僕達は、同盟軍の盟主で、ハイランドの皇王だ。それだけは、今でも変わらないし、それだけで、僕達が殺し合う理由になるし、それだけでも、僕達は、どちらかがどちらかを倒さなくちゃならない運命の上にある。……僕の中には、僕には理解出来る理由があって、君の中には、納得出来る理由がないけれど、そんなことは関係ないんだよ、カーラ。…………だからもう、話はお終いだ」

ジョウイは冷たく淡々と、互いの想いが何処にあれ、『殺し合い』は避けられない、そう言い放って、再び、得物を。

「…………選ばなきゃいけないんだよ、カーラ。僕を取るか、あの神様を取るか。君は選ばなきゃいけない。僕の所に残るか、あの神様の所に残るか。…………それを」

「……………………どうしても?」

「……どうしても」

「…………そっか…………」

だからカーラは、激しく痛む腕を騙し、手より零したトンファーを拾い上げて、何とか握ると、ジョウイへと向け、構えた。

「……うん。それで良いんだよ。あの人も言ってたじゃないか。『幸せ』は、両手で掴める程度にしておいた方がいい、って」

────己へと向け、確かに構えられたトンファーの先をじっと見詰め、ジョウイは。

唯、満足そうに頷いた。

話に聞いた滝壺の場所は、天山の麓から、それ程離れていないとのことだったから、己の足でなら、直ぐに辿り着けるとユインは思った。

なのに、急くように動かす足の速さと、時の流れと辿る距離は、どうにも釣り合わぬように思えて、彼は焦った。

……焦ってみても、どうしようもないと、頭の片隅では理解しているものの、焦らずにはいられなかった。

──ジョウイも又、あれ程に、カーラを護りたいと欲していたのだ、例えそれぞれが、同盟軍の盟主とハイランド皇王との立場のまま、『約束の場所』で対峙しようと、彼が、本心からカーラを討ち倒そうとは滅多に思わないだろう。

………………でも。

始まりの紋章の理は、そうは行かない。

輝く盾と、黒き刃を宿した者同士、戦い合って、片方が片方を滅し、不完全でしかない紋章を、完全なそれとする、との運命を、あの紋章の理は、継承者達に齎す。

……それを。ユインは重々承知している。

だから彼は、焦った。

────駆け付けたとて、その理の中に割り込めぬ己には、きっと何も出来ない。

いいや、出来ない処か、万に一つ、ジョウイがカーラを滅しようなどとしたものなら、自らの手で、きっとジョウイを、…………と。

そう思いはすれど。

焦る想いも、急く足も、ユインは止めることが出来なかった。