2. 傭兵と少年
「何を見てるんだ?」
「ん? 僕の右手だよ」
──黄金の都より帰還するや否や、同盟軍本拠地を席巻した大騒ぎの輪から漸く抜け出て、屋上で一人ぼんやりとしている盟主を見掛けたフリックは、遠い目をして眼前に翳した手の甲を見遣っている彼に、思わず声を掛けた。
そんなフリックの問い掛けに戻された返答は当たり前以前のそれで、「俺の訊きたかったこととは微妙に違うんだが……」と苦笑を洩らし、全身青一色の傭兵は、盟主の隣に腰掛ける。
「又、どうして、右手なんか見てる?」
「紋章があるから」
すたっと隣に座ったフリックへ、ちらりと笑みを流し、セツナは又、己が右手を見詰めた。
茶色い色した、布の手袋で被われたそれを。
「……何、気にしてるんだ? 片割れを持ってるジョウイのことか?」
「ブブー。残念でした。マクドールさんのことだよ」
「カナタの?」
「そう。マクドールさんの持ってる、ソウルイーターのこと、考えてた。……ねえ、フリックさん」
「何だ?」
「バナーの村で、どうしてマクドールさん、右手が痛んだ、なんて言ったのかな。紋章って、持ってると痛いのかな。僕のは、時々僕を疲れさせるけど。マクドールさんのは、痛むのかな」
矯めつ眇めつ布に被われた右手を見遣る少年の想いが、遥か彼方、ハイランドの皇都ルルノイエに今は住まう親友のジョウイの許にあると考え、フリックが口にしたことを、けらけらと笑いながら少年は、違うと否定した。
考えているのは、カナタの宿したソウルイーターのことだ、と。
「さあな。真の紋章を持ったことのない、俺は判らん」
「そりゃ、そうだろうと思うけど。──痛い、のかな。マクドールさん。でも、あの時僕が右手を重ねたら、平気って、マクドールさん、言ったよね。峠でグレイモスと戦った時、何かに引き摺られるみたいに僕達が右手を翳したら、僕の紋章も、マクドールさんの紋章も輝いて。グレイモスは消えちゃった」
「……そうだな」
「いいことが、あるのかな。ソウルイーターと輝く盾の紋章で、あんなことが出来るなら。……マクドールさんが『痛い』なら。僕、ずっと一緒にいてあげたい。マクドールさんが、傍に付いててあげる、って言ってくれたみたいにね。皆、一緒に幸せっていうのが、僕の望みだもの」
「そ、そうか……」
カナタのソウルイーターが、カナタに『痛い』思いをさせていて、でも、己が持ち合わせた始まりの紋章の片割れが、その痛みを取り除くと言うなら。
カナタが言ってくれたように、カナタの傍にずっといてあげたい、と言い切ったセツナの言葉に、何と返したら良いのか判らなくなったフリックは、曖昧に頷いた。
「……なあ、リーダー──いや、セツナ?」
が、言葉を濁しながらもフリックは、ふっとその時思ってしまった疑問を少年に尋ねるべく、口を開く。
「なあに?」
「カナタもお前も。真の紋章って奴を持ってて、その……怖い、とは思わないのか……?」
「……は? フリックさん、何言ってるの?」
そろりとフリックが告げた疑問を、再び少年は、ケタケタと笑い飛ばして。
「思う訳ないじゃない。マクドールさんが言ってたみたいに、紋章は、所詮紋章だよ。あ、僕にとっては一寸違うかな」
「違う?」
「うん。僕にとって紋章はー」
「……も、紋章は……?」
「お便利アイテム」
セツナの回答は如何なるものかと、ごくり、息を飲んだフリックに、少年は、にっこりと、それはそれは嬉しそうに、とっても便利な道具の一つ、と答えた。
今は遠い親友と分け合ったその紋章が、己の命を縮めるだけの厄病神でしかないと、彼は確かに知っていたのに。
便利な道具の一つでしかない、と。
セツナは。