あの折、セツナ達一行がグレッグミンスターを目指していたのは、トランとの間に同盟を結びに向かった際の忘れ物云々が理由だったそうで。

同盟締結の証の一つとしてデュナンへの派遣が決まっていたトランの女将軍バレリアが同盟軍の本拠地を訪れたのと、道中知り合ったカナタを伴ってのセツナの帰還が重なったのもあって、その日、三年前の戦いの英雄を出迎えた古城は、誰一人、碌に仕事をこなせぬ事態へと陥り、三年前も戦いに関わっていた者達や、三年前の戦いのことを能く知っている者達に、カナタはもみくちゃにされた。

懐かしい、懐かしいと、唯、顔を綻ばせる者。

この三年間、何処をほっつき歩いていたっ! と怒鳴る者。

旅に出るなら連れてってくれれば良かったのにぃ、と泣く者。

先の戦いのお噂は予々、と頭を下げる者。

……そういった者達に、カナタはセツナと共に囲まれ、が、気付いた時にはセツナの姿は見当たらず、どうしたのだろう、と首を傾げている内にビクトールに引き立てられて、カナタは、レオナの酒場の一角にて、ガタイの良い傭兵と細やかな酒宴の席を囲まされていた。

「しっかし、まあ……。俺が言うのも何だがな。本当にこの三年、何処ほっつき歩ってた。消えちまったまま、誰にも連絡しなかったそうじゃねえか。……クレオがさめざめ泣いてたぞ。坊ちゃんが無事で良かった、ってな」

ドンっ! と巨大な陶器の器に注がれた泡立つ酒をカナタに差し出しつつ、ビクトールが呆れた声を出した。

「ほんっとーに、ビクトールが言うのは、何だね。……どうして、バナーの村で再会した時、僕にぶん殴られたのか、判ってるんだろう? 魂喰らいのこと能く知ってるくせに、『この』僕の前から生死不明っておまけを付けて消えるなんて、良い度胸だよ、腐れ縁傭兵コンビ」

差し出された酒を受け取りながらビクトールに答えるカナタの言葉も、負けてはいなかった。

尤も『少年』は、にこにこと微笑みを絶やさず、放たれる声のトーンも、極普通のものでしかなかったけれど。

「……悪かったよ」

笑いながらも目だけは笑んでいないカナタに、ぞくりと悪寒を感じて、傭兵は素直に頭を下げる。

「相変わらず、口先だけは達者だね」

その身に紋章を宿した、歳の頃にして十七、八と言ったあの頃と変わらぬ姿のまま、威勢良く酒を煽るという、カナタの実年齢を知らぬ者達にしてみれば誠に違和感を醸し出す風情の中、カナタは肩を竦めた。

「処で、カナタ」

「何?」

「お前さん……どうして、家のリーダーにちょっかい出す気になった? リーダー──セツナに関わるってことは、お前がもう二度と関わり合いたくないだろう戦いに、首を突っ込むってことになるんだぜ? それ、判ってんだろう?」

これ以上、昔話は止めよう、とカナタの態度より計り、ビクトールが話題を変えた。

「ん? あの子が、ちょーっと気に入ったから」

「ほう、どうして」

「可愛いじゃない、仔犬みたいで。何事も一生懸命で、周りにいる人間達に懐いて、見えない尻尾をフリフリ振ってるのが、よーく判るよ。中々、面白そうな子だしね。すこぉしばかり、保護欲、駆られちゃって」

するりと入れ代わった話題に、カナタは本当の笑みを浮かべつつ、乗った。

「保護欲、ねえ……。弟みたいだ、ってか」

「ま、そんなトコ」

「……ソウルイーターのことがあるのに?」

カナタの語り口から、彼が随分とセツナを気に入ったと知り、ビクトールはトーンを落として、紋章の名を告げた。

すればカナタは、ピクリと片方の眉尻だけを持ち上げ、にこっっっっっ……と、ビクトールしてみれば、堕天使もかくや、な笑みを拵えた。

「紋章なんて、所詮紋章。僕は、こいつと折り合いは付けてるよ? 何なら試してみる? ビクトール。『冥府』の観光とかしてみたい?」

「遠慮しとく…」

心底怖気立つ笑みに、傭兵は即答する。

「そう? それは残念。──大丈夫。確かに僕は、あの子を『溺愛』してみたいみたいだけど。『溺愛』以上のことはしないから」

何処か怯えた風なビクトールの態度を、冗談なのに、と少年は笑い。

弁えているつもりだよ、と静かに語った。