3. 棍使い
ここの処、ルカ・ブライト率いるハイランドの攻撃も随分と控え目だからと、訓練だったり、地道な執務だったり、単なる馬鹿騒ぎだったりに人々が時間を費やしている中。
あっちへふらふら、こっちへふらふら、としつつも、「ずっと君の傍にいてあげたいけれど、君には立場があるからね」と言い残して事あるごとにグレッグミンスターへ戻ってしまうカナタを迎えに出掛ける、という芸当もカマしているセツナは、昨日も元気にお迎えに行ったカナタに、その日、と或る申し込みをした。
「マクドールさんっっ。お願いがあるんですけどっっ」
「……何かな?」
──同盟軍盟主、則ちセツナの部屋で他愛無い話をしていた最中だったのに、急に自分を向き直り、キラキラと目を輝かせて勢い込んで言う彼に、何時もの微笑みをカナタは浮かべる。
「僕と立ち合ってくれませんかっっ。マクドールさん、凄く強いから、一回、戦ってみたくってっっ!」
セツナには、ほんわりとした優しい『兄』そのものの笑みを湛えてくれているとしか思えない表情を受けて、腰掛けていた椅子から身を乗り出した彼は、ずいっと、やはり対面にて優雅に座っていたカナタに迫った。
「それは、構わないけど。何度か一緒に戦ってるんだから、セツナにはもう、僕の筋なんて判ってるだろう?」
「そんなことないですっっ。そうだったとしても、マクドールさんだって、僕の筋、判ってるじゃないですか。おあいこですよぅっ。…………駄目、ですか? 立ち合い」
正しく『飼い主』に遊んで欲しくて仕方ない仔犬のように首を傾げて問う少年に、くすりとカナタは忍び笑いを洩らす。
「いいよ。なら、少しだけやろうか」
そして彼は、何時も携えている棍を肩に担いで、椅子から立ち上がった。
「はーいっ。有り難うございます、マクドールさんっ。じゃ、行きましょうっっ」
彼が武器を掴んだのを見て、セツナも己のトンファーを手に、いそいそと席を立った。
本物の兄弟宜しく、仲良く並んで彼等は廊下を歩き、階段を降りて、
「あれ? セツナ、道場は兵舎の一階じゃなかった?」
何故か、道場でなく、約束の石板のある本棟一階の大広間へと足を向けたセツナを、カナタが呼び止めた。
「あ、だいじょぶです。こっちでいいんです。──ビッキー。んーーーと、風の洞窟まで、宜しくぅっ」
が、セツナは、にこっとカナタを制し、そこの片隅の大きな姿見前に立っている、瞬きの魔法を使う少女にテレポートの依頼をした。
「はーい。カナタさんとセツナさん、お二人飛ばせばいいんですねー。行きますよー」
それに何の疑いも持たず、ビッキーは素直にロッドを掲げる。
「風の洞窟……?」
ふん? と、セツナの意図が判らずカナタは首を傾げたけれど。
「えーいっ」
彼女が瞬きの魔法を使う時、常に起こる間伸びした掛け声が遠退いた直後、二人の少年は、間違えられることもなく風の洞窟の入り口に到着した。
「もしかして、ここで手合わせしよう、とか思ってる?」
ま、飛ばされてしまったものは仕方がないか、と。
呆気無く事態を受け入れ、担いだままの棍で、トントン、と己が肩を叩き、にこっと、カナタはセツナを見遣った。
「はいっ。ここでお願いします」
見詰められ、きっぱりはっきり、元気一杯、セツナは答える。
「又、どうして?」
「だって。『何も起こらない』道場なんかで訓練したって、意味ないじゃないですか」
「──成程。満点、な発言だね」
己をここまで引き摺って来たのは、そういう意図の為か、と。
満面の笑みを浮かべてカナタは、軽く棍を放り投げ、落ちて来たそれをパシリと受け止めると、無言の内に構えを整え、無言の内に振り翳し、セツナへと襲い掛かった。
……それを切っ掛けに、二人の少年以外人の気配のない、荒れた大地の上にて、模擬という名の『攻防』が始まる。
「やっぱり、そうじゃなきゃ駄目ですよねえ」
始まりの合図もなく武器を繰り出して来た相手に、セツナは微笑みながら、何時の間にか構え終えていたトンファーで受けて立った。
「同感。戦いに、合図なんてないからね」
激しく突き出した棍の先を、カン、と左のトンファーに逸らされて、カナタはくるりと体制を入れ替え、今度はセツナの右を薙いだ。
「マクドールさん。駄目です」
ブン、と風を切る程鋭く薙がれた棍を、トン、と後ろへ飛び退いて避けつつ、セツナは喋り続ける。
「何が?」
セツナが後退した分だけ、きっちり前進しつつも、カナタは語尾を上げた。
「手加減しちゃ駄目です」
踏み込みと同時に、下から掬い上げられた棍の先を、セツナはトンファーで叩き落とす。
「…………手加減、ね。止めても、いいけど?」
おや、流石に僕が気に入っただけあって、馬鹿な子じゃあなかったかと、心底嬉しそうにカナタは唇の端を吊り上げた。
「いいけど、何です?」
ピタッと、体の中心を微塵もずらさずに立ち、完璧とも思える防御の型をセツナは取る。
「一瞬で、決着が付くよ」
手加減を止めろ、と言うセツナの申し出に、抑揚のない低い声でカナタは言って。
言い終わるや否や彼は、ふわり……と棍を振った。
──それは、傍目にも、セツナの目にも、確かに、ふわり……と柔らかく凪いだように映った動きだったのに。
揺らめいたその先は、凄まじい衝撃と共に、セツナの両手からトンファーを零させ、次の瞬間、棍は、セツナの喉首に突き付けられていた。
「……嘘…………」
カナタの言葉通り、手加減を止めた途端、一瞬で片が付いた勝敗の結果に、頼り無げに見える雰囲気を滅多なことでは崩さない同盟軍盟主も、流石に呆然とする。
「だから、ね? 言ったろう?」
すっと棍を引き、弾き飛ばしたセツナのトンファーを拾い上げてやって、にこり、カナタは笑んだ。
「マクドールさん、強過ぎ…………」
渡して貰った己が武器を抱え、とさり、その場にセツナは座り込む。
「ひどーーーい。ひきょーーーーうっ。そんなに格好良くって、嘘みたいに強いなんてーーーーっ。僕だって、同盟軍の中じゃ弱い方じゃないのにーーーっ」
「喚かないの。手加減は駄目って言ったのは、君なんだから」
ぺたっと、女の子のような内股で地べたに座り込んでしまったセツナを、よしよし、と撫で。
カナタ・マクドールはその時、極上の笑みを浮かべた。