今は、彼等以外の生き物の気配──そう、あちこちに蔓延る魔物の気配さえ絶えている、風の洞窟の入り口にて。
ぺたっと座り込み、『拗ねて』しまった少年に並び、カナタも腰を下ろした。
「強い人だなあ、とは思ってましたけどー。ここまで実力差あると、ちょーっとショック……」
ぷっ、と頬を膨らませ、運動したから疲れましたよね、食べます? と、何処に隠していたのやら、カナタへ飴玉を差し出して、自分でも一つ舐め始めながら、ぶつぶつとセツナは零した。
「まあまあ。君だって、充分強いよ?」
本当のことを言えば、決して甘いものは得意ではないのだけれど、折角のセツナの志しを素直に受け取って、口に放り込み、カナタは又、セツナを慰めた。
否、慰めた、と言うよりは、真実を彼は語った。
──実際、武術に関するセツナの実力は、かなり高い。
手練や歴戦の勇者が集っている同盟軍の戦闘要員の中でも、セツナと立ち合って勝てる者は、一握りいるか否か、だ。
そもそも、高い実力を持ち合わせていなければ、カナタが手加減をしていた、などと看破すら出来ない。
唯、この結果は。
カナタの実力が、それ程に強いセツナの遥か上を行っていた為の結果。
要するに、セツナ程の実力の持ち主であろうとも、カナタが相手では、お話にならないだけ。
「だけど。マクドールさんの方が、遥かに強いんですもん……。僕じゃあ、足許にも及ばない……。──うん、でもっ。僕、もっと頑張りますからっっ。又今度、付き合って下さいねっっ」
しかし、その現実に気付かされても、セツナはめげることなく、パッと顔を上げて、気も早く再戦を申し込んだ。
「僕で良ければ、何時でも相手はしてあげる」
実に前向きなセツナの心持ちに、うんうん、とカナタは頷き……が、ふっと、セツナには悟られぬ程度、その面の色を変え、
「……それはそうと。セツナ?」
「何ですか?」
「どうして急に、僕と立ち合いたいなんて言い出したの? 隠したって無駄だからね? 何か、理由があるんだろう?」
飴玉を舐めている為に、頬がぽこりと膨らんでしまった顔で、やはり同じように片方の頬だけが膨らんでいるセツナへと向き直りながら、彼は疑問を注ぐ。
「えっとー……。その、ですね……」
すれば途端、快活だった少年は口籠った。
「言い辛いこと?」
「そうじゃありません。あの……マクドールさんも、もう話は聞いたかも知れないんですけど。少し前、ハイランドの将の一人になった、ジョウイ・アトレイドっていう少年がいて……」
「──グリンヒルを、無血で陥としたって噂の、彼だね」
「はい。彼は……ジョウイは、僕の幼馴染みなんです。親友、で……。でも、その……」
風吹くその場所で。
ぽこりと頬を膨らませる程大きな飴玉を舐めながら、セツナは両の膝を抱え、何処か辛そうに、ぽつぽつ、話を始めた。
ハイランドの街キャロにて、ナナミやジョウイと過ごしていた頃のこと。
少年兵で結成されていたハイランド軍のユニコーン隊に、志願して入隊したこと。
そこで起こったこと、ルカ・ブライトの成したこと。
逃げ延びた、敵国・都市同盟の地で、ビクトールやフリックに拾われ、傭兵砦に置いて貰っていた時のこと。
レックナートという魔法使いの女性と出会い、『始まりの紋章』をジョウイと分け合って宿したこと。
その後、都市同盟の盟主市だったミューズにて、市長のアナベルをジョウイが殺してしまったこと。
そして、気が付いたら。
ジョウイはハイランドの軍門に下っていたこと。
…………それらを、ぽつぽつ、セツナはカナタに語った。
「どうして、ジョウイがあんなことしちゃったのか、僕には判らないですけど。ジョウイにはジョウイの、考えがあるみたいで。……正直言っちゃえば、馬鹿? って、ジョウイに対して思わなくもなかったんですけど。アナベルさんとビクトールさん見てれば、何か、こう……二人の間にあったのかなあ? って、僕ですら薄々判ったのにアナベルさんを刺しちゃった彼に、何て言っていいか、未だに能く判らないんですけど。でも、ね。マクドールさん」
「……ん?」
「僕は、ナナミとジョウイが大好きで、大切で、二人と一緒に暮らせてたあの頃に戻りたくって、幸せになりたいから。同盟軍の盟主なんて引き受けたんです。同盟軍の皆のことも、好きで、大切で……皆一緒に幸せになれたらいいなあって。そう思ってるんです。……でも、時々、辛いかなあって思うことが、ない訳じゃなくって」
「……そうだね。三年前。僕も、そうだったよ」
「──ジョウイは、昔、棍を使ってたんです。マクドールさんと一緒。今は、どうだか判らないんですけどね。……だから……マクドールさんに立ち合いして貰ったら、あの頃に戻った気分が、すこーしでも味わえるかなあ……、って思っちゃって……。……御免なさい」
──ジョウイと同じ、棍を使う貴方と立ち合ったら。親友や義姉と共に、今は亡き養祖父の許で修行していた幸せだった時間が、直ぐそこに帰って来た気になれるんじゃないか、そう思った、と告げ、重ねてしまって御免なさい、と頭を下げたセツナを。
カナタは、無言で抱き寄せた。
「……あ、でもっっ。『マクドールさん』と立ち合ってみたかったって言うのも、本心なんですよっ? だって、本当にマクドールさん、強いと思いましたし。やっぱりジョウイとは型が違うし。実力差は凄いしっっ」
己へと伸ばされたカナタの腕を、セツナは如何様に受け取ったのか。
大人しく抱かれながらも、ワタワタと言葉を続け、
「…………セツナ?」
カナタは、唯、慌てふためいているようなセツナの名を、静かに呼ぶ。
「……はい?」
「大丈夫。僕は、何が遭ってもセツナの味方だから。何も彼も、正直に曝していいんだよ。『僕の前』だけではね。いいんだよ? 全て『開いて』くれても。僕は、傍にいるから」
何処か言い訳を告げている風なセツナの耳許で、カナタはそうっと、語った。
「………………はい……」
柔らかなカナタのトーンを、ひっそり、セツナは受け入れる。
「ジョウイ君に、会いたい?」
「……ええ。……でも、今はいいです……」
そうして、親友に会いたいか? とのカナタの問いに、セツナは、何処までも正直に答えた。
「そう………」
ぽつり零された、問いの答えを聞き届けたカナタは、セツナを抱く腕に更なる力を込めた。
まるで、『飼い主』が、愛して止まない仔犬を抱き締めるかのように。