6. 変化
クルガン、という名前のハイランドの知将と名高い男が、ハイランド皇王となったジョウイの認めた和議の申込書を携え、同盟軍本拠地を訪れたその出来事は、少年達にとっても、変化の始まりだった。
それを、罠、と判っていて。
ナナミの言う通り、ジョウイを信じている振りをし、セツナは和議交渉の席に着くべく、現在はハイランド皇国占領下にあるミューズを訪れると決めた。
「あのぅ……。マクドールさん……?」
カナタと、ナナミと、ルックにオウラン、チャコ、それに、同行者としてテレーズ。
そんな面子で乗り込んだ、コロネの町へと向かう船の中で、久し振りにジョウイに会える、とはしゃぐナナミより遠く離れ、セツナはカナタを見上げる。
「大丈夫。傍にいるから」
自分だけに見せる表情で見遣って来たセツナに、そっとカナタは言った。
「……はい」
それだけで、パッと顔を綻ばせるセツナを、ぎゅっとカナタは抱き締める。
────最初は。
バナーの村で、初めて彼を見た時は。
随分と可愛らしい仔犬だ、と思った。
が、直ぐに、彼が同盟軍盟主であると知り、且つ、不完全なれど、二十七の真の紋章の一つを宿していると知り。
暇潰しに仔犬でも構ってみるかな、という思いは、あっさりと『興味』に変わった。
簡単に変わってしまった『興味』は、あっさりよりも簡単に、『溺愛』になった。
そして、『溺愛』は、強く強く、カナタの中に一つの想いを…………────。
だから、カナタは。
傍にいるよ、と言うだけでホッとした表情を浮かべるセツナを、少しばかり強く抱き締めた。
「セツナ。降伏をして欲しい」
──コロネの町を越えて、辿り着いたミューズの丘上。
皇王となってより初めてセツナとナナミの二人に対面したジョウイは、強張った表情で、同盟軍盟主に、ハイランド皇王として、降伏を勧告した。
やはり、そう来たか、と。
右手の棍を握り直して、カナタは細めた瞳でジョウイを眺める。
……傍らのセツナは動かない。
悲鳴に近いトーンでジョウイを呼んだナナミの声にも、淡々とした語り口でレオン・シルバーバークを睨み付けているテレーズの言葉にも耳を貸さず、セツナは、唯、表情だけを失くし。
「それは、出来ない」
一瞬だけ天を仰いだ後、徐に、そう告げた。
「セツナ、どうしてっ! これはもう、僕達だけの問題じゃないんだっ」
彼の回答に、ジョウイが身を乗り出しても、
「……そうだね。もう、僕達だけの問題じゃないんだろうね。元々、僕達だけの問題なんかじゃなかった。だから、ジョウイ。『それは、出来ない』」
セツナの口調も態度も変わらず。
「セツナっ。僕は君やナナミを、殺したくはないんだっ!」
『かつて』の親友が、絶叫を放っても。
「ジョウイっ! 嘘でしょう、ジョウイっ!」
ナナミの、真実、悲鳴が上がっても。
「……来るよ」
「判ってる」
オウランとルックが、レオンの手配した弓隊に構えを取っても。
「セツナっ!!」
「出来ないよ。ジョウイ」
セツナは、傍らに立つカナタの服の裾を、誰にも判らないように申し訳程度掴んで、拒否を続けた。
──このままでは、埒が明かない。
その様に、そう踏んだレオン・シルバーバーグは、さっと片手を上げる。
と、そこに、ピリカを連れたビクトールが飛び込んで来て、カナタが機を逃さず、セツナの手を引き走り出した。
「……っ! ピリカっ!」
「ピリカちゃんっ!」
前触れもなく飛び込んで来た少女の名を呼ぶジョウイ。
ジョウイの許へ走った少女を思うナナミ。
……少年と少女の高い声が、丘上の議場に響き渡ったけれど。
セツナは一度たりとも振り返らず、カナタと共に、その場を駆け抜けた。