彼女にとっては多大に衝撃だったろう出来事が起こったミューズより脱出し、同盟軍本拠地へと戻るや否や、

「許さないんだからっ! あんな小さい子を、戦争の道具にしてっっ。絶対に、シュウさんのこと、許さないんだからっっ!!」

待ち構えていたシュウへと、ナナミは声高に叫んで、一階広間を駆け抜けた。

「貴方も、私を恨んで下さって、構わないのですよ」

ナナミが去った後、静かにそう告げたシュウに、微笑みながら首を振って、セツナはナナミを追い掛ける。

一拍程置いて、カナタがその後を追った。

アダリーが拵えた昇降する箱を使わず、セツナはナナミを、カナタはセツナの後を辿って。

「……御免ね。お姉ちゃん、変なこと叫んじゃったね。……御免。少し、一人にしてくれるかな……」

ナナミの部屋の前で三人は立ち止まり、苦しげな笑みを湛えたナナミは、慰めようとしたのだろうセツナを振り切って自室に篭ってしまい、

「……困っちゃいましたね」

言葉通り、本当に困ったような顔で笑んで、セツナはカナタを振り返った。

「又。君はそうやって、笑う……」

文字で表すならば、てへっ……と。頭でも掻きそうな雰囲気で笑う少年に、カナタは呆れたような溜息を零す。

「……ああ。僕は、無理なんてしてないですよ? 本当です、マクドールさん」

数歩廊下を歩き、ナナミの部屋の隣にある自身の部屋の扉を開け放って、何時もの様子でセツナは言った。

「…………まあ」

「……ん?」

カナタを伴い部屋に入って、ぱたりと扉を閉め、そして鍵を掛け。漸く、セツナは声を落とす。

「ホントに、今は無理なんてしてないです。ミューズでのこと、悲しかったなんて思いません。だって、ジョウイはもう、ずーっと前から、僕達の『敵』なんですから。僕は、ジョウイの敵なんですから。仕方ないことでしょう? あれも。唯……一寸、落ち込んだだけで……」

「それを、悲しいって言うんじゃないの?」

施錠した扉に凭れ肩を落とした彼を、カナタは寝台へといざない、共に腰掛けて、もう癖になってしまったのか、そうっとセツナの頭を撫でた。

「……こんなこと言ったら、シュウさんには叱られるんでしょうけど。ジョウイが言ってたことなんて、僕にはどうでも良かった。でもですねえ……マクドールさん。もう、やっぱり、それじゃ駄目で。もう……無理なんだなあ……、って思っちゃったんですよね。諦めた訳じゃないですし、諦めるつもりもないですけど。何も彼も元通り、なんて無理なのかなあ……、って。一寸、落ち込んだだけなんです。……どうやったら、『ずれちゃった』部分を埋められるのかなあ……、って」

「そう……」

セツナの言葉に耳を傾けながら、カナタは、髪を撫でる手を休めない。

「ねえ、セツナ」

「はい?」

「君は、何を諦めないの?」

「……もう、形に拘るのは止めようと思います。でも。『皆』が幸せっていうのだけは、諦めたくないんです。ナナミも、ジョウイも、ビクトールさんやフリックさんや、シュウさんや、ルカさんや……他の皆や。マクドールさんも。僕自身も。幸せなのがいいって。それだけは、僕は諦めたく、ないんです」

己が髪を弄るカナタに、その時セツナは、ぱふっと抱き着いて、

「傍にいますね。マクドールさん。だから、傍にいて下さいね?」

少しばかり不可思議なことを言った。

「……ああ。傍にいてあげるよ? 何が遭っても。共に……ゆこうね」

「はい」

仲間達を惹き付けて止まない、愛らしい笑みを浮かべる少年がの刹那の言葉に、ぴくりと一瞬、カナタは腕の動きを止めたが。

直ぐさまセツナを抱き返して、静かに目を閉じた。