「セツナ」

よしよしと、常の如く、慰めるように、甘やかすように、優しく抱き締めてくれたカナタに縋って、その胸にセツナは顔を埋めた。

──ティント市。

セツナ率いる軍と、頑に同盟を結ぼうとはしなかった街。

かつて、今は同盟軍の居城となっているノースウィンドゥの古城を滅ぼした吸血鬼ネクロードに襲われた彼の炭坑の街を助ける為に、少年達はそこにいた。

────その四半刻程前。

もう嫌だよ、と。

耐えられない、セツナとジョウイが戦うなんて耐えられない、そんな必要、何処にあるの? と。

だから、逃げよう? ……と。

セツナに充てがわれた客間に顔を出すや否や、そう言ったナナミをセツナは振り切った。

懇願を義弟に振り切られた後、冗談だよ、とナナミは微笑んで去ったけれど、決して冗談ではないと知りながら追い掛けることも出来ず、フ……と天井を見上げたままぼんやりしていたセツナへ、何時しか近付いて来たカナタが腕を伸ばしたから、彼等は今、こうしている。

「ナナミに、悲しい思いさせちゃいましたね……」

「大丈夫。彼女は判ってくれるから」

大切な者の一人である彼女を悲しませたくなんかないのにな……と、ぽつり、胸の中で零したセツナに、カナタは囁く。

「今更ですけど。マクドールさんって、優しいですよね」

「そう? 君にだけ、だけどね」

「どうしてですか?」

「んー……。君が、弟みたいに可愛いから」

「あは、光栄です」

客間の直中に立ち尽くしたまま、抱き、抱かれして、戯けた風な会話を彼等は交わした。

「逃げたくない……。逃げたくなんか、ない。僕は『幸せ』になりたいから。皆を幸せにしたいから。なのにどうして、ナナミを泣かせちゃうんでしょうねえ……」

「盟主である、ということと。彼女の義弟である、ということの次元が、違うからだね」

「……はっきり言いますねえ、マクドールさん」

「こればっかりは、如何なる誤魔化しも効かないからね。例え君が相手でも、嘘は吐けない」

「優しいんだか、厳しいんだか……」

「僕は君を、甘やかしているだけだよ」

少しずつ、少しずつ、セツナはカナタにその身の重さを預け、傾いて来る体をカナタは微動だにせず受け止めながら、やり取りを続けた。

「ねえ……マクドールさん」

「ん? 何? 又、『僕、考えたんですけど』が始まるの?」

「一寸、違います。──あの……。ソウルイーターは。未だ『痛い』ですか?」

「……え? 僕の紋章? ……そうだねえ。もう、痛まないよ。それが、どうかした?」

「いえ。何でもありません。唯……痛いのかなあ、って。ふっと思っただけです」

「…………不思議な子だね、君は」

────夜が、唯、静かに更けて行く中。

訥々とした語りの最後に、セツナはそんなことを尋ね、カナタは困ったように苦笑した。

吸血鬼に操られた不死者達が徘徊する、炭坑の街の夜の直中。

静かな池の畔で振り返った、あの人を見た時。

兄のような人だ、と無条件に思った。

何故なのかは判らない。

唯、直感がそう言った。

今なら、その『理由』も判るけれど。

でも、理由がどうであれ、確かにあの人は兄のような人で。

何も彼もどうでもいいと、本心では思っているくせに、僕にだけは優しくて。

『何一つ』求めず、手を差し伸べてくれる。

……僕は、あの人が好きだ。

心の底から慕う程。

────沢山の人が、僕に想いをくれる。

異口同音に、一つの想いをくれる。

けれど、あの人は。

…………だから、僕は、あの人が。