8. 天魁星
冷たい冷たい北の大地の、冷ややかさをそのまま写し取った石造りの城にて。
「ダ……メ……。二人、とも……。喧嘩、しちゃ、駄目……」
途切れる声で、懇願を告げた少女は。
「あの、ね……? ……一寸、だけ……お願、い……。お姉、ちゃん……って……呼ん……で……?」
「……ナナ……──。お姉ちゃん……?」
「……ありがと……──」
深く傷付いた体を抱いてくれたセツナの呼ぶ声に緩く微笑んで、そうっと目を閉じた。
何よりも大切だった、弟の腕の中で。
ハイランドと同盟を結んだマチルダ騎士団の城ロックアックスを陥とす為に、同盟軍は戦いをした。
その戦いに勝つ為、人々が目指した場所は一つ。
屋上に靡くマチルダの旗。
同盟軍に与してくれたマチルダの騎士団長だったマイロクトフやカミューその他、この領地出身の騎士達には苦しい選択だろうと思いつつも、戦いを挑んだ仲間達は、旗印を目指した。
──あの旗を焼いてしまえば、少ない犠牲で戦いを終えることが出来る。
……そう唱えたシュウの策に従って、少年や戦士達は、唯ひたすら、御印旗めく城の屋上を目指したのに、その最中、この場所にての戦いは天王山と充分承知していたのだろう、突然姿現したハイランド皇王ジョウイと、セツナと、セツナにどうしても付いて行くと言って聞かなかったナナミは鉢合わせた。
──それは、間の悪い瞬間になされた邂逅で、追っ手を食い止める為、ナナミ以外の同行者は階下に踏み止まっており、皇王であるジョウイも、単独で行動していた。
留める者の存在しない、一触即発のその瞬間。
かつては親友同士でありながら、宿敵という関係を築いてしまった二人の戦いは始まろうとしたが。
ハイランド皇王と同盟軍盟主を同時に討ち取れば、デュナンの覇権を握れる、と考えたマチルダ騎士団長ゴルドーが部下に放たせた矢が、二人へと襲い掛かり。
…………討たれる筈だった二人を庇い、倒れたのは、ナナミだった。
必ずお姉ちゃんが守るから、と誓った弟と、家族同然──否、彼女にとっては確かに家族である幼馴染みを救う為に。
身を呈したのは、彼女だった。
故に、顔色を失くした二人の少年は、ゴルドーを倒し、倒れたナナミの傍に駆け寄ったけれど。
──大丈夫。
大丈夫、あたしはお姉ちゃんなんだから。二人のこと、あたしが守るんだから。
心配しなくても、大丈夫。一寸、ドジっちゃっただけだから。
大丈夫……………──。
そう繰り返していたナナミから洩れたのは、喧嘩しちゃ駄目、というそれと、お姉ちゃんと呼んで? という二つの願いのみで。
セツナの腕の中、ナナミは瞼を閉ざし、ナナミの為に軍を引く、と言い残してジョウイは去り、セツナとセツナの仲間達も、直ぐさまナナミを連れ本拠地へと引き返したが。
セツナも、セツナに付き添ったカナタも、仲間達も、言い様のない不安や、焦りや、ひたむきな祈りが入り交じる苦しい想いを、ホウアンとナナミが篭った医務室の扉の向こうへと捧げたが。
────時過ぎて、人々の立ち尽くす廊下を支配したものは、湧き起こる啜り泣きであり、到底信じられぬ宣告への異論の呟きであり、遣り切れぬ思いをぶつける声高な叫びであり。
そこに、奇跡など起こらず。
閉ざされた扉の向こうから、ナナミは帰って、来なかった。