「驚かない。俺は、もう、何があっても驚かないぞ……」
ルルノイエ皇宮の深部を目指しながら、ぶつぶつと呪文のように呟きつつ駆けるフリックに、カナタもセツナもビクトールも、苦笑を隠し切れなかった。
敵を倒しつつ前へ前へと進みながらも、一度は自分の命の狙ったカラヤ族の少女ルシアや、果ては、行く手に立ち塞がったクルガンやシードといった敵国の将にすら止めを刺さなかったセツナの姿が、フリックには異様に映ったのかも知れない。
ハイランドを、愛して戦ったんだよね。
ルカさんを何とか、止めたかったんだよね。
でも。
ルカさんを諌めもせずに、裏切る、という形でしかハイランドを守ろうとしなかったのは、罪の一つだと僕は思うよ。
──僕達がそうであるように。
人を一杯殺したよね。
償うことは、誰にもきっと、あるんだろうね。
だから。
生きて償って。
行く先がないと言うなら、デュナンの湖畔に来てくれたって構わない。
…………だから。
生きて、償って?
……そう言って、クルガンとシードの二人をも癒した少年の姿は、フリックには受け止め難いことだったのかも知れない。
「さっきはさっきで、ルカ・ブライトがどうのこうのって、あいつが生きてるとしか思えない話をシュウがしてたし。クルガンやシードを見逃そうがどうしようが、俺はもう驚かないぞ……」
故に彼は、ぶつぶつと呟きながら足を進めることで、予想外の事態を納得しようとしていた。
「別に、おかしなことをしたつもりはないんだけどなあ……。──マクドールさん、僕、間違ってます?」
「君がいいと思うなら、僕もそれが正しいと思うよ?」
心の安定を図っているようなフリックの態度に、セツナは走りながらも首を傾げる。
と、すかさず、カナタが彼を慰めた。
「……死ぬか生きるかってのに。ほんっとーーーに馬鹿だね、二人共。どうして、レックナート様が選ぶ天魁星ってのは、こうも出来が悪いんだか」
やってらんないと、二人の姿を見遣ったルックは悪態を吐く。
「まあまあ……。いいじゃねえか。セツナにはセツナのやり方があるんだからよ。なあ? クライブ」
そんなルックを宥めつつ、ビクトールがクライブに同意を求めたが、無口なガンナーは一言も発さず、肩を竦めただけだった。
「いいじゃない。みーんな幸せっていうのが、僕は好きなのっっ」
────今、己達の立っている場所は、紛うことなく死地だと言うのに。
ぎゃあぎゃあと賑やかに、一行は走っていた回廊の角を曲がった。
残る障害は、恐らく数える程だろう。
全てを振り切ってしまえば、その先にあるのは唯一つ、ハイランド皇王の玉座。
セツナのかつての親友ジョウイが座す、冷たく重い、敵国の玉座。
そこに辿り着いてしまえば。決着が付けば。
この戦いの、何も彼もが終わる。
如何様なる形を取ろうとも、幕は静かに降りて、物語は終わって、運命は又、紡がれる筈────だったのに。
呼び出された獣の紋章の化身を倒して辿り着いた場所に、ジョウイの姿はなくて。
皇宮が崩れ始めても、最後のハイランド皇王ジョウイ・ブライトの姿は、影一つ浮かび上がらず。