ジョウイ・ブライトこそ討ち取れなかったものの、ハイランド皇都ルルノイエは陥落せしめた翌日。
後に、デュナン統一戦争と呼ばれることになるこの戦いは、同盟軍の勝利で、その幕を閉じた。
制圧した土地より引き、デュナン湖畔の古城に戻った彼等を出迎えた人々の声は熱く激しく、明くる日に催された戦勝を祝う宴の席は、馬鹿騒ぎ、などという言葉では済まなかった。
長い戦争で疲弊した軍費に赤字を被せるつもりか、愚か者共! と、宴もたけなわの頃、思わずシュウが叫んだ程。
が、そのような席にて放たれた鉄面皮軍師様の叫びなど彼等には通用せず、例によって例の如く、傭兵コンビや、何故か彼の宥め役に廻ったルカやキバに、まあまあ、と『最後の砦』も言い包められ、見事に築かれた屍の山に、レオナとバーバラの二人が、誰がこれを片付けるんだろうねえ……、と溜息を零した明け方、漸く、宴は静かに途切れた。
──哀しく、辛い出来事ばかりだった戦争が終わって、人々は浮かれていた。
戦いが終わったことと、これから新しく築かれるだろう新国のことを思って。
デュナンの畔に建つ国の、新しい少年王のことを思って。
…………だから。
──その数日後、新国王として即位し、統一されたデュナンの地を治めて欲しい、と盟主に願う為、同盟軍本拠地の広場に集った人々は、
「えっ……とね。──御免なさい。一寸、時間を貰ってもいいかなあ?」
と、請うた相手に言われ、受けた衝撃の大きさ故に、水を打ったように静まり返った。
彼の返答は、是でもなく、非でもなかったが、人々の予想を大幅に裏切って余りあるものだった。
「御免ね。どうしても、今は未だ、答えられない」
故に、シン……と一瞬の静寂を得た後、「どうして!?」と人々は色めき立ったが、セツナは穏やかに言葉を続ける。
が、落ち着いたその面持ちや態度が却って良くなかったのだろう、人々は、より一層声高になって、何故? と口々に問うたが。
唯、頭だけを下げるや否や、とん、と身軽な風に壇上より降り、スタスタ出口を目指し、
「帰って来られるかどうかも、判らないから」
ぽつり、そんな言葉を呟いて、パタン……と閉ざされた扉の向こうに、セツナは消えてしまった。
「……あ」
仲間達のどよめきを打ち切るように潜った扉の先に、判っていたんだ、と言わんばかりに立ちはだかるビクトールとフリックの姿を見付け、セツナは足を留めた。
「セツナ」
「なぁに?」
「何処に行くんだ?」
「……一寸、約束」
「帰って、来るんだろう?」
「んー……。約束次第」
「止めねえよ、俺達はな」
「アリガト」
矢継ぎ早に放たれたフリックとビクトールの言葉に、小気味良くセツナは返事をする。
「じゃあね」
そうして彼は、バイバイ、と手を振りながら、立ち続ける傭兵達の脇を通り過ぎた。
のんびりと廊下を歩き、のんびりと階段を降り、己の腰を、一度ポンと叩いて、得物が下がっていることのみを確かめ、
「お待たせしました、マクドールさん」
約束の石板の前でルックと二人待っていた、カナタの名前を呼んだ。
「大丈夫だよ。────さあ、行こうか」
「はい」
呼ばれたカナタは、にこっと微笑み、頷いたセツナも又、彼に微笑みを返す。
「…………本当に、いいの? 知らないよ、僕は」
相変わらずのやり取りを交わす二人を嫌そうに横目で見て、ぽつり、ルックが言った。
「だーいじょぶ。……御免ね、ルック。お願いした場所まで、飛ばしてくれる?」
「悪いね。手間を掛けさせるけど」
「……二人して、薄気味悪いこと言わないでくれる?」
思わず洩らした、独り言のような二人を心配しているような己が科白に、セツナとカナタより素直に頭を下げられて、居心地悪そうに彼は眼差しを逸らす。
「天山の峠、だよね」
「うん」
「……迎えには行かないよ。自力で帰っておいでよね」
「………………有り難う、ルック。何だ彼
「うるさいよ」
それきり、セツナとも、カナタとも視線を合わせぬまま、ルックは、ロッドを掲げ半眼になり、口の中で細やかに瞬きの魔法を唱えて、揺蕩う帯のような薄い光の膜で少年達を包んだ。