10. 螢の水 ─カナタ─

天を魁ける星の許に生まれたこと。

ソウルイーターを宿したこと。

トラン解放戦争を戦い抜いたこと。

それは、僕からありとあらゆるモノを奪った。

……けれど。

何時かセツナに語ったように、僕は、その運命を嘆いてはいない。

生と死を司る紋章──ソウルイーターと呼ばれる僕が宿した紋章が、例え、僕の大切な者の命を好んで奪う魂喰らいだとしても。

紋章は、所詮紋章でしかなく、甘受するつもりはないけれど、受け止めることは出来る運命は、運命でしかないから、最初からそれを嘆くつもりなんかなかった。

僕は自ら望んで、戦いの先頭に立った。

……唯。

オデッサ、グレミオ、父上、テッド。

四人もの近しい人をソウルイーターにくれてやったことに対する辛さが、微塵もなかった、と言えば嘘になるから、あの戦いが終わった時、僕は、黄金の都を後にした。

──三年、掛かった。

僕の中に、何かを入れないようにする為に。

決して投げ遣りな意味ではなく、僕にとって何も彼もを『どうでもいいこと』へと『昇華』するのに、三年の月日を要した。

大切な存在も、憎む存在もなく、全てのモノが等しく瞳に映るようになるまで、それだけの時間が必要だった。

決して老いぬこの身のように。僕がこの手で討ち倒した父上が、僕を産み落として亡くなった母上が、名付けてくれたこの名のように。永劫に続くだろう遥か彼方だけを見詰めて、僕は生きられるようになった。

例え、天に輝く星々が数多あろうとも、天魁星を導ける者など、天魁星以外、この世にはないし、永劫に続いてしまうかも知れない命であろうとも、真実の意味で『足りる』時間ではない。

僕は、宿命も、運命も、嘆いてなどいないから、『永い』人生を楽しむ為の時間など、幾らあっても無限ではない。

……但。

もう、大切な存在を失う辛さだけは味わいたくなかったから、僕は、僕の中には何モノも入れぬと、そう決めた。

けれど。

僕は、見付けてしまった。

天を魁ける星を。

────バナーの村で初めて彼を見た時、随分と可愛らしい仔犬だ、と思った。

何事にも一生懸命で、見えない耳と尻尾を振りつつ、仲間達に輝きを振り撒いているのだろうと、一目で判った。

……例え歪であろうとも、僕は人生を楽しみたかったし、時間は持て余していたから、暇潰しに、この可愛い仔犬でも構ってみようかと思った。

だと言うのに、暇潰しの標的だった筈の彼が、デュナンの戦いに於ける天魁星だと知った直後、するりと、水が低きに流れるように、僕の思いは『興味』に変わった。

その切っ掛けは、あの時。

コウを助けにバナーの峠に行こうとした彼──セツナを追い掛けようとした時。

ソウルイーターが『痛んだ』時だ。

──魂喰らいは、僕に言った。

真の紋章が、そこにある、と。

彼は、真の紋章を宿した『天魁星』だ、と。

何故、魂喰らいがそんなことを教えて来たのか、その理由は推測でしかないけれど。

きっと、暖かかったのだろう。

魂喰らいにとっては、セツナの宿した輝く盾の紋章の光が、とても暖かくて甘美だったのだろう。

だから、『欲しい』と、魂喰らいは思ったんだろう。

僕とて一瞬、欲しい、と思った。

天魁星を導ける唯一の存在、天魁星を。

いや、例え刹那の時間でも僕が欲しいと思ったから、魂喰らいも『欲しい』と思ったのかも知れない。

…………でも。

随分と不可思議な、面白い子だな、と思った後も、彼に向けるモノは『溺愛』で留めておこうと思った。

魂喰らいがあの暖かさを欲しがっても、僕には関係なかったし、やるつもりもなかったから、彼を、僕にとっての『大切な存在』へと昇華してしまうことは出来なかった。

故に僕は、唯ひたすらに彼を溺愛して、可愛がって、『愛した』。

一方的な『溺愛』は、単なる溺愛でしかない。

それは彼の支えにはなっても、僕の支えにはならない。

そうしている限り、彼の存在が昇華されることはない。

──可愛らしくて愛らしい彼を、少しだけ溺愛して。

少しだけ導いてあげよう、そう思った。

ああ、なのに。

甘受出来ずとも受け止められはする、運命とやらは。

『共にゆこうね』、と僕に言わせた。

魔法の呪文を、僕に。