五万ポッチ、交易で稼ぐことが出来たら、ゴードン商会のデュナン支店を、ファン達の本拠地の中に開いても良い、と言ってくれた、グレッグミンスターに交易所を構えるゴードンの店を、交易と、今までに稼いだ利益金額の報告を兼ねて訪れる為、黄金の都へ向ったファンのその日の供は。
ファンと、ナナミと、トラン共和国初代大統領子息シーナと、風の魔法使い、ルック、の四名だった。
今回の道行きは、遠征でもないし、交易以外何をするつもりもないし、デュナンからトランへ、トランからデュナンへ、の道すがら、嫌でも出会すだろう魔物達との戦闘のことのみ考えればいいからと、人数的に、気軽な編成をして、ファンは黄金の都へ足を踏み入れており。
ゴードン商会での所用も呆気なく済ませた彼は、この街で一番有名な、マリーの宿屋で少しばかり休憩をしたら、直ぐにでもデュナンへ戻ろうと、残りの三名と言い合っていた。
出立前、ナナミに告げた通り、彼は今回、この街に長居をするつもりは毛頭なく。
先週までは入り浸るようにしていた、マクドール邸へも寄らず。
とっとと……と。
本当に、そう思っていた。
…………のに。
「あれ? ねえ、マクドールさんじゃない? あの人」
グレッグミンスターの街の正門から、女神像の噴水のある広場を突き抜け、かつては赤月帝国皇帝の城であり、今では大統領府となっている、グレッグミンスター城へと真っ直ぐ続く目抜き通りを、マリーの宿屋目指して歩いている途中で、ナナミが、正門方面へと向っている一人の『少年』──チュアンを見付けた。
「あ、ホントだ。──おーーーい、チュアンーーーー!」
ナナミの声を聞き付け、彼女が指差した人物へ向き直り、チュアンの姿を見付けるや否や、シーナが大声を張り上げて、片手を振った。
「……全く…………」
目抜き通りを行き交う、沢山の者達の注目を浴びるのも気にせず、チュアンを呼び付けたシーナに、ルックは嫌そうに顔を顰めたけれど、彼も又、チュアンを呼び寄せることには、異議はなかったようで。
「…………あー、マクドールさん、だねえ……」
ナナミや二人の仲間の様子を、順番に見比べて、ファンは。
一人、気が進まぬ風に、そっぽを向いた。
「やあ。……買い物? 交易? それとも、ひょっとして、『家』?」
けれど、ファン一人のみがそんな態度を取ってみても、シーナに呼び寄せられたチュアンが、そのまま彼等を無視して、去り行くことはなく。
彼も又、ファン同様、何処となく気が進まぬような足取りではあったけれど、四名の輪の中へと歩み寄って、人好きのしそうな笑みを浮かべてみせた。
「ファンが、交易したいって言うからさ。それで」
「こんにちはー、マクドールさん。グレミオさんやクレオさんやパーンさん、お元気ですかっ?」
「……何、こんな所でぶらぶらしてるのさ。暇人」
すれば、やって来た彼へ、シーナやナナミやルックは、それぞれの言葉で『挨拶』を告げ。
「ああ、そう、交易で。ふーん。……あ、グレミオ達は元気だよ。相変わらず。処でルック、暇人って、どういう意味だ」
チュアンも、それに応え。
彼等は、立ち話を始めてしまったので。
「…………こんにちは」
「……ああ、こんにちは」
「……お元気ですか?」
「一応。先週会ったばかりなのに、元気も何も、ないとは思うけどね」
「……それもそうですね」
「……うん」
随分と素っ気ない、他人行儀な調子で、ファンはチュアンへ声を掛け。
チュンも、素っ気ない、他人行儀な調子で応えを返し。
決して目を合わせようとはせず、心底どうでもいい会話を交わした二人は最後に、あははははは……と、わざとらしい、乾いた笑いを同時に放った。
「…………どうしちゃったの、あの二人」
「……さー。俺にも」
「先週までは、あんなに仲良かったのにね。喧嘩でもしたんじゃないの?」
そんな彼等の様子に、一斉に、きょとん……とした目を先ず作ってから、肩を寄せ合いこそこそと、ナナミ、シーナ、ルックは囁き合ったが。
「交易は終わったの?」
「ええ、マリーさんの所で少し休んでから、戻ろうかと」
「じゃあ折角だから、家でお茶でもしてけば?」
「いえ。何時も何時も、お邪魔して、お茶だの何だの、御馳走になりっ放しですから。今日は遠慮しようかと」
「どうして。遠慮なんてすることないよ。グレミオも、君達が遊びに来るの、待ってるみたいだし」
「あー……、でも、今日はお邪魔しないつもりでしたから、手土産も持ってませんし」
「だから。遠慮しなくていいし、そんなことも気にしなくていいって」
二人は、囁き合う三人に気付いているのかいないのか、誰の耳にも、社交辞令、としか届かぬ科白を、互い有らぬ方向を向いたまま、口にし合った。
「ねえねえ、ファン。マクドールさんも、そう言ってくれてることだし。折角だから、お邪魔しようよ!」
……と、じーー……っと二人を見比べていたナナミが。
間に割って入った方がいいと思ったのかそれとも、純粋に、グレミオお手製のおやつにあり付きたいと思ったのか、マクドール邸へ行こう、と言い出し。
「……でも、マクドールさん、何処かへ行く途中だったみたいだし……」
「単に、散歩でもしようかと思ってただけだから。……じゃあ、行こうか」
義姉のせっつきを受けても尚、尻込みしたそうなファンと。
社交辞令が社交辞令ではなくなったな、とでも言うような色を、一瞬のみ頬に過られたチュアンと。
残り三名は。
それより、それぞれ向おうとしていた先を変え、不意の来客を招き入れること決まった、マクドール邸へと向った。
二階で一人午後の茶を飲む、と言って、己を締め出した筈なのに、玄関を通ることもなく、何時の間にか外へと出て、ファン達を伴い戻って来たチュアンへ、出迎えたグレミオは、刹那、心底呆れたような目を向けたけれど。
ファンやナナミ達へは、歓待の笑みを送って、居間へと通してくれた。
「すいません、手ぶらでお邪魔しちゃって…………」
「いえいえ、良いんですよ、そんなこと。気に為さらないで下さいね? こちらこそ、何時も何時もお土産を頂くばっかりで。申し訳なく思ってたんです」
今日に限って、やたらと恐縮してみせるファンへ、優しい彼は、そんな風な言葉まで掛けてくれた。
だから、早々に、腰を上げるつもりでいたのに。
結局ずるずるとファンは、グレミオに誘われるまま、促されるまま、休息の為の茶だけでなく、夕飯まで振る舞われることになってしまい。
挙げ句、マクドール邸に一泊することにさえなって。
……まあ、何時も通りと言えば何時も通りだけど……と、若干自己嫌悪に陥りながら、夕餉も終え、湯浴みも終え、人々が寝静まる頃となった真夜中。
館の客間の窓辺に立って。
静かに窓を開け放ち、ベランダへと出ると辺りに人影がないのを確かめてから、軽業師のように、雨樋を伝って屋根の上へと昇り、どかりと乱暴に、腰を下ろした。