生家の居間の長椅子に、深く深く腰掛け。

左手に受け皿を、右手に紅茶のカップを持ち。

じっと、チュアンは、世間話に興じている、グレミオ、クレオ、パーン、の三人を見比べ続けた。

「……どう為さったんですか、坊ちゃん。さっきからずっと、私達の顔見比べてますけど」

自分達の間を、幾度も行き交うチュアンの視線にクレオが気付いて、茶を嗜んでいた手を止め、不思議そうに首を傾げれば。

「…………いや、別に……。……その、何と言うか。男は男で、女は女だよな、と思って、と言うか」

ぶつぶつと彼は、クレオ達三人にしてみれば、訳が判らない、の一言しか寄せられぬ発言をした。

「……はあ。確かに、男は男で、女は女ですが……」

だから、坊ちゃんは何処か、具合でも悪いのだろうかと、グレミオが、気遣わし気な顔を拵えたが。

「そうだよなあ……。男は男で、女は女だよなあ……。グレミオやパーンに、クレオのような、乳房の膨らみがあったら、とは、思いたくもないし、口にもしたくないよな…………」

グレミオの言葉も表情にも、気付けはしない風に。

彼は又、一人ぶつぶつ、零し始めた。

「……え? 俺達の顔じゃなくって、坊ちゃん、クレオの胸見てたんですか?」

「…………坊ちゃん、そういう悩みですか……?」

「パーンっ!! グレミオっっ!! 何言ってるんだい、あんた達はっっ!」

周りの気配を気に留めず、ぼそっと呟かれた彼の一言は、大層な『破壊力』を持った一言で、三人はそれぞれ、それぞれの立場で、顔色を変えたけれど。

始まった騒ぎに、素知らぬ顔を作ってチュアンは、この数日そうだったように、再び、物思いに沈んだ。

────あの時。

狭苦しい穴の中に、ファンと二人籠り、話をしていた時。

ファンがあんなことを言い出したのは、恐らくは熱の所為で。

この子は何を言い出すんだ、と思いつつも、自分は話を合わせた。

……が、その結果、自分自身思ってもみなかった、『ファンに胸があったら、いっそ本当に良かった』、などという科白を、己は口にしてしまった。

どうしてあんな一言を言ってしまったんだろう、幾ら冗談にしたって。

大丈夫か? 自分、と。

……あれからずっと、彼は己に、問い掛け続けていたから。

その日も、『家族』揃ってのお茶の時間、破壊力を伴った発言をしたまま、それを放り出して彼は、物思いを続けた。

──冗談に、冗談を返した、それは、良い。

けれど、幾ら何でも、本当に胸があったら……即ち、君が女の子だったらいっそ良かったのに、などと、どうして口に出来たのか。

確かに男である相手に、女性のみが持ち得る物がある、などと、本音を言えば想像もしたくないし、そもそも、想像も出来ないし。

男は男であって、女は女であって。

一言、馬鹿なことを、と言えば済んだのに。

『最初の冗談』の時には、君に胸があったら、不気味過ぎる程に不気味だと、己は言った筈なのに。

まるで、手のひらを返したように。

君が本当に女の子だったら、『そういう付き合い』が出来たのに、と暗に告げたかのように…………。

「………………うわ。馬鹿だ、僕」

──この数日続けた物想いの果て。

掴めそうで掴めなかった、今でも本当の意味では掴めていない己の気持ちの一端を、それでも指先に引っ掛けて、チュアンは、我知らず、己を罵った。

「……馬鹿って、坊ちゃんが、ですか?」

「本当に、どうされたんです……?」

「……腹が減ってる、とか…………」

自身へ向けた、彼の罵りの言葉を聞き付け、ぎゃいのぎゃいの言い合っていた、クレオ、グレミオ、パーンの三人が、ぴたりと動きを止め、恐る恐る、思い思い、問いを告げたが。

「本当に、馬鹿だな。……どうしようかな…………」

やはり、『家族』達へは目もくれず、耳も貸さず。

彼は己を詰り続け、又、ファンと顔を合わせ辛い……と、悩まし気な表情を見せた。

以前、悩んだ時のように。

『馬鹿なこと』を思い煩い始めても、彼等は、相手との距離を取ろうとは、もうしなかった。

どうしようもなく下らなく思える煩いに揺さぶられて、会うの会わないの、とやるのは嫌だったし、今の己の態度が何処かおかしいかも知れないのを、誰かに悟られるのは絶対に御免だったし。

何より、意地がそうさせた。

けれど、チュアンもファンも。

相手の顔を覗く時、言葉を交わす時、どうしても視線は何処かに逸れて、声音には、乾いた誤摩化し笑いが混ざって。

「……あいつら、どうしたんだ……?」

──と。

ナナミやグレミオ達と言った、二人それぞれの『家族』だけでなく、ビクトールやフリック達もに、お前達は揃いも揃って、変な物でも食べたのか、と訝しがられ始め。

そんなこと言われたって、自分にだってどうしたらいいか判らない! と、二人ぞれぞれがそれぞれ、馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、僕はもしかして、彼のことが好きなんじゃなかろうか、と、悩むのを止められなくなった頃。

……二人が同時に、当人曰く『訳の判らないこと』で悩み始めて、暫く時間が過ぎた頃。

その日。

デュナンの城の正門を、どうしてもファンに会うのだと決めてやって来た、一人の少年が潜った。

少年は、名をコウユウと言い、以前からファン達が、どれ程同盟締結を申し出ても、うんともすんとも言って来なかった、ティント市の近くの、灯竜山を根城にしている、山賊三義兄弟の一人だった。

彼が単独、ファン達の許を訪れた理由は、最近自分達の縄張りや根城を襲って来るようになったゾンビ達が、本格的に攻めて来て、このままでは皆殺しにされてしまいかねないから、何とか力を貸して貰えないか、と、噂に高い同盟軍に、協力を求める為、とのそれで。

事情を語られるや否や、ゾンビを操っているのは、宿敵ネクロードではないかと考えたビクトールが、ファンや、たまたまその時本拠地に居合わせていたチュアンを煽ったので、彼等はコウユウの求めに応じて、灯竜山の、山賊達の根城へと向った。

しかし、彼等がそこへ辿り着いた時にはもう、一足違いでコウユウ達の塞は、ゾンビと、ビクトールが思った通り、ゾンビを率いていたネクロードに陥とされた後で、コウユウの姐のロウエンが、行方知れずになっており。

行き会うこと叶った、灯竜山山賊の長、ギジムと話し合った結果、ティントへ赴き、市長のグスタフへ話を付けて、次にネクロードが襲うと言っていた、ティント市を守ろう、ということになった。

そうして向ったティント市で、面会を申し込み、対面すること叶ったグスタフは、思いの外すんなり、ファンやビクトールの話に耳を傾けてはくれて、ネクロード討伐に関しては、互い手を結ぶことに同意もしてくれ。

後はもう、ネクロードを倒してしまえば、全ての話は上手く行くかに見えたのだが。

翌朝、わざわざ姿を見せたネクロードに、グスタフやファン達の前で堂々、ティント市を、己の為の王国とすべく、手に入れてみせると宣言され、皆が殺気立った所に、今度は、ハイランドに襲撃されたミューズ市が陥落してより、今までずっと行方不明だった、今はもう亡きアナベルの腹心だったジェスが、そこに姿を見せたから、話は少し、拗れて。