確かに、ともすれば嫌気が差しそうな程、その鍾乳洞は長かったけれど、それでも道中は、無事に終えられた。
鍾乳洞と、ティントの坑道がぶつかっている辺りで一度、ネクロードが仕掛けた罠だったのだろう、その場所に足を踏み入れた途端、突如として地中より現れたゴーレムに一同は襲われたが、事なきを得ることは出来て。
右を見ても左を見ても、死人ばかりが闊歩している市内をすり抜け、奴の趣味からして、恐らくは『てっぺん』とのカーンの助言に従い、ティント市内で最も高台にある、礼拝堂へと彼等は向った。
「この奥に、奴がいるって訳だ」
──極力、ゾンビ達に発見されぬようにと、気遣いながら通りを進みはしたものの、それでも、幾度かの戦闘は免れること出来ず、ネクロードの許へと急ぐ余り、鬱陶し気にゾンビを打ち払った、少し荒い息のまま、礼拝堂の、両開きの扉の前に立ち尽くして、抜いた星辰剣を構えたまま、ビクトールは眼前の扉に片手を付いた。
「行きましょう」
未だかつて見たことがない程、それはそれは厳しい目をして、扉を見据えるビクトールに、ファンは低く言い。
「……ああ」
カーンとシエラの二人が姿を隠すのを待って、ビクトールは扉を開け放った。
踏み込んだ、祭壇の間には、思った通り、気配を感じた通り、優雅、と当人は信じているのだろう素振りで、オルガンを奏でるネクロードの姿があって。
「おい、邪魔するぜ!」
高らかに告げて、ビクトールは。
大股で、ネクロードへと近付いて行った。
だから、彼を先頭とした、ファン達一行と、嫌味な表情を崩さぬネクロードとのやり取りは続き。
何故、そんなやり取りをビクトールが吹っ掛けたのか、ネクロードが気付かぬ内に、マリー家に伝わる、ネクロードの現し身の秘法を封じる為の結界は結ばれ、正当なる『月の紋章』の持ち主、シエラの一言で、人々の宿敵である、吸血鬼の手の中の紋章は眠り。
「ネクロード、年貢の納め時だっ!! ────おっしゃあっっ! この時が来るのを、どれだけ待ったことかっっ!」
それでも、振るい得る限りの魔術、秘術、それらを用い、戦いを挑もうとするネクロードの詠唱の声と。
声高に叫んだビクトールの声を合図に。
ファン達は、四百年の刻を生きた吸血鬼と、激突した。
現し身の秘法を使うこと叶わず、月の紋章の恩恵も受けられず。
……けれど、四百年、思うまま、世界を漂い続けた吸血鬼は、ファンやチュアン達の想像以上に手強かった。
彼自身の体が、そう変化せしめるのか、それとも、何処より呼び出される、彼の眷属なのか。
ネクロードの意志に従い姿見せる、数十羽の蝙蝠は、容赦なく、人々の生き血を求めて来たし、やはり、ネクロードの意志に沿い、中空に現れ、空間を走る稲光りは、ファン達の頭上目掛けて、幾度も幾度も、激しく落ちた。
ファンも、チュアンも、仲間達も、全て、傷付き血を流し、それでも彼等は得物を振るって、止む気配も見せないネクロードの攻撃を避け、又は受け止め、『不死者』を亡き者とすべく、戦い続けた。
………………しかし。
ネクロードの膝が、折れる様子は何処にもなくて。
「……いけない!」
──激しい戦いの最中。
突然、カーンが叫びを上げた。
「何だ、このクソ忙しい時にっ!」
「忙しいんだよ、こちとらっっ!」
ヴァンパイヤ・ハンターから放たれた叫びに、ビクトールとギジムが、悪態を返した。
「ネクロードが唱えている詠唱! あれは、生者を死に至らしめる為の──」
「……あ? 何だって? 良く聞こえねーよっ!」
「だからっ! 判り易く言えば、喰らったら最後、かなりの確率で死ぬ魔法ってことですっっ!」
剣の、斧の鳴る音、棍の、トンファーの振れる音、轟く雷鳴、紋章の、叫びにも似た響き。
それらが入り交じる中で、仲間達の悪態に、それでも訳を語ろうとしたカーンの声は、半ばで打ち消されて、小難しいことを言うなと言わんばかりのビクトールの怒鳴り声に、それ以上の怒鳴り声を、カーンは放った。
「喰らったら死ぬ……って、もっと先に言え、そういうことはっ!」
「言い掛けたでしょうがっっ!」
漸く聞き届けることも、理解することも叶ったカーンの言葉に、ゲッとギジムが舌打ちした通り、ヴァンパイヤ・ハンターの忠告は、忠告となる機会を逸し。
「皆、兎に角伏せてっっ!」
怒鳴り合ってる場合じゃないと、その詠唱を唱え終えたネクロードの唇が閉ざされるのを見遣ったファンが叫んだ。
────そうして、彼が叫んでいる間にも、詠唱を終えたネクロードから生まれた、生者を滅ぼす為だけに存在する魔法は、人々を目指して宙を走り。
「ファンっっ!」
身を固めた仲間達の中心で,ネクロードの放った魔法の的であるかのように立ち尽くしたままのファンの体を、チュアンが強引に、床へと捩じ伏せ、その身で庇った。
「……マクドールさん? ……嘘……、マクドールさんっ。マクドールさんってばっっ! 目、開けろ、この卑怯者っ!」
──石造りの床に引き倒された痛みに、呻き声を上げる間もなく覆い被さられ、重い、と、ぼんやり考えていた瞬間、己達の頭上で、ネクロードの呪が、確かにその効力を発揮したのを感じて、退いて下さいと、チュアンの下よりファンが這い出ても。
チュアンの体は、唯、ずるりと音を立てて床へと落ちるのみで、ガタリと、その身が床へと触れても、チュアンは閉じたままの瞼を、開こうとはしなかった。
だからファンは、見る間に蒼白の顔色となって、床に横たわったチュアンを膝へと抱き上げ、揺さぶってみたが、やはり、反応はなく。
「マクドールさんの、馬鹿っっっ!」
酷く傷を負いはしたものの、命を奪われることなく立ち上がった仲間達が、再びネクロードへと挑んで行く中、ファンは咄嗟に詠唱を口にし、輝く盾の紋章を輝かせ始めた。
「……痛っつー……………。────……ああ、平気だから、輝く盾の癒しなんて、唱えなくとも……」
すれば、たまたま、か、それとも、輝く盾の気配漂った故か。
ファンの膝に抱かれたまま、チュアンはやっと、億劫そうに、瞼をこじ開け。
輝く盾の癒しなど、無用だ、と、笑んでみせた。
「…………この、卑怯者………っっ」
「卑怯? 僕が? どうして」
「この間、僕にあんな一方的なこと言い垂れて、言い垂れた通り、勝手に僕のこと守って、とっとと『何処かにトンズラ』決め込まれるかと…………」
「何処かにトンズラ? ……そこまで僕は、殊勝じゃない。少なくとも、君を庇って死ぬつもりはなかったね」
「……じゃあ、何であんなこと……っ」
「言ったろう? 僕はどうやら、君が好きらしいから。君守りたくもあるらしい、って。…………それだけだ」
己の膝上に、未
何処か不敵に笑んでみせたチュアンへ、怒りと安堵で頬を赤く染め、ファンが、睨みをくれれば。
さらっと、チュアンはそう告げ。
噛み締められたファンの唇に、霞めるように、自らのそこを重ねた。
「…………っ!」
「君が好きだと言うのも、君を守りたいと言うのも、僕の勝手で、僕の問題。気にしなくともいい。……礼は、こうして貰った訳だし」
そうして彼は、トン、と勢い良く立ち上がると、再び棍を構え直し、戦い続ける仲間達と同じく、ネクロードへと近付いて行った。