戦乱に生きる10題 +Ver.A+

3. 志を高く持て

幻水2 キバ・ウィンダミア

デュナン湖の畔に建つ、同盟軍の本拠地である城に住まうようになって、未だ日が浅いから。

つい先日まで、敵国の者同士として戦っていた同盟軍の一般兵士達が、何処となく、落ち着かないような、恐れているような……けれど、好奇心に満たされているような、そんな眼差しを、時折チラチラと、己や息子に向けることがあるのに、キバ・ウィンダミアは気付いていた。

礼儀正しいのか、それとも『躾』が行き届いているのか、時折向けられるそのような視線は、あからさまな物ではなくて、言葉にするならば、『つい、うっかり』と言った感じのそれではあるけれど、それでも確かに、そのような視線は己が親子の身に刺さった。

だが、己達へ、所謂『好奇』の目が向けられるのは、致し方のないこと、とキバはそう思っていた。

同盟軍にとっては敵国でしかないハイランド皇国の、一軍団とは言え、長をしていたのだから。

自身は、将軍の地位にあったのだから。

そういう風に見られることがあっても当たり前。……と。

キバは、向けられる視線を、そう割り切っていた。 

──その手の中に握る得物が、如何様なる物であろうと、何を違えようと。

武人たる者、二君には仕えぬ。

……それが、たった一人の存在を主と認めて生きる武人の、一番最初の決まり事。

忠誠、それを捧げる相手を生涯変えぬ、それが、『この世界』の規範。

だから、幾ら戦に敗れたからと言って、武人たる者の、一番最初の決まり事、それさえも翻し、敵の軍門に下るような恥曝しな真似をしてみせた老兵を、気立てがいいのか、躾が良いのか、それは判らないが、そのどちらかではあるだろう同盟軍の兵士達も、好奇の視線に晒すことを、抑えられないのだろう。

…………それが、己へ向けられる『それ』への、キバの結論だった。

──言われなくとも、判っている。

あの少年の乞われを、どうしても振り切ることが出来ず。

たった一人の『主』、アガレス・ブライトを殺したルカ皇子──親殺しのあの皇子を、どうしても許すことが出来ず。

だからと言って、敗戦の将が辿るべき、『正当な道』を辿りもせずに、おめおめと生き恥を晒して、敵の軍門に下ったことは、武人として、恥曝し以外の何物でもないと。

誰に言われずとも、キバは自覚している。

けれど、それでも、良いと彼は思った。

汚名を着ようと構わぬ、と。

戦に敗れる──即ち、主の望みに応えられず、潔く自害してみせるだけが、身の立て方ではない。

逝け、と追い立てられてしまった、主のことを思うなら。

主と己が愛した、祖国のことを思うなら。

あの祖国に今尚住まう、者達のことを思うなら。

一日も早く、平穏を取り戻す、昔を取り返す、その為になら。

例え敵の軍門であろうと、下るだけの価値はある。

……あの方はもう、いないのだから。

この世の何処にも、いないのだから。

せめて、あの方が愛した、我々の祖国くらい、どのような手段を用いてでも、狂皇子の手から守り抜きたい。

…………そう、その為になら。

生き恥を晒す程度のこと、容易く、そして軽い。

守るべきは祖国。

そこに生きる命。

それに比べれば、武人の規範など、路傍の石より小さく低い。

──志は高く。

真実守るべきものの為に、高く。

守るべきは祖国。

そこに生きる命。

End

後書きに代えて

……私は本当に、ジジイが好きなのかも知れない……(黄昏れ)。

これを、キバ将軍で書くか、私よ。

でも、キバさん好きだからいい。愛すべきジジ、キバ将軍。

やっぱりこれも、ルカ様で書いたろか、とか思ったりもしたけれど。まあ、いいか。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。