戦乱に生きる10題 +Ver.A+
5. 感情を捨てよ
幻水1 クレオ
ひょっとしてひょっとすると。
……そんなことはない、そう思いたいけれど。
戦うということは、女という生き物には向いていないのかも知れない。
────その時、己も又女であるクレオは、そう思った。
己達の背後を取り囲むように森は広がっていて、その切れ間の先には、数刻前までは美しかった草原が広がっていて、けれど今、草原の所々は血に塗れ、惨たらしい屍が、累々と折り重なり、繋がり続ける鎖のような輪さえ成して。
けれど誰も、そのような凄惨な光景には目もくれず、一人の少年と、一人の男のみを見詰めている。
……それが、クレオにはいたたまれなかった。
この場に居合わせた者達同様、己も又、一人の少年と、一人の男のみを見詰めているしか、術がない、というのも。
いたたまれなかった。
──どうしてこんなことになってしまったのだろう。
……それを問うのを、クレオは疾っくの昔に止めた。
今更、それを問うても詮無いと、彼女はそう感じているから。
『あの雨の夜』、黄金の都中を追われて、雨が上がった後には、都そのものを追われて、逃げ延びて。
気が付いたら、クレオも、クレオが守ろうとした少年、『坊ちゃん』も、『こんな所』まで来てしまった。
謂れのない罪で帝都を追われ、追われるまま、流れるまま、そうしていたら何時しか、赤月帝国に仇成す解放軍の一員に、クレオはなって。
『坊ちゃん』は、解放軍の、軍主となった。
……だからもう、どうしてこうなってしまったのだろう、それを、クレオは問わない。
問うてみた処で致し方ないし、恐らく何も変わらない。
『坊ちゃん』が、解放軍々主となると心に決めて、それを受け入れ、『坊ちゃん』に従った時から、この運命は、決まっていたことかも知れないから。
が、それでも。
クレオは思わずにはいられない。
……どうして、こうなってしまったのだろう。
どうして、この日はやって来てしまったのだろう。
どうして、どうして。
……どうして、確かに血を分けた親子である『坊ちゃん』とテオ様が、親子であるにも拘らず、敵味方に分かれ、命を削り合おうとしているのだろう、……と。
彼女は思わずにはいられない。
だから彼女は、本当なら、叫び出してしまいたい。
信じるモノが違う、歩む道が違う、誓うモノが違う、唯それだけの為に、どうして『坊ちゃん』とテオ様が、刃を交えなくてはならないのですか、と。
………………叫んでみた処で、やはりそれは何処までも詮無いし。
叫びは恐らく、声にはならぬし。
『坊ちゃん』にもテオ様にも、届きはしないし。
叫んではならぬ、止めてはならぬ、それを判り過ぎているから、あれ程仲の良かった親子である、『坊ちゃん』とテオ様が、それぞれ得物を片手に、命削り合うべく対峙する光景を、目の前で見続けても。
クレオは、身動ぎ一つ、しないけれど。
身動
──赤月帝国に、赤月帝国皇帝に、唯ひたすら仕え続ける将軍と。
赤月帝国を、赤月帝国皇帝を、滅ぼす為に立ち続ける軍主。
……そんな風に、立場と行く道を違えてしまった父と子が、剣を、棍を振り上げ、戦い始めるのを。
指一本動かさず、囁きも上げず、瞬きもせず。
クレオは唯、黙って見ていた。
感情を捨て去った、人形のような顔付きをして。
唯、静かに。
想いの全てを捨てて、唯見守るようにしなければ、彼女は直ぐにでも、駆け出してしまいそうだった。
平和だけがあった、あの館の中で、『坊ちゃん』と、テオ様と、グレミオと、パーンと、テッドと、そして己と。
笑い合いながら、幸せに、賑やかに暮らしていたあの頃へ、今直ぐにでも戻りましょう、と。
そう叫んで彼女は、帝国将軍と、解放軍々主の決戦に、割り込んでしまいそうだった。
……けれど。
眼前で死闘を続けているのは、最早『親子』ではなく。
それぞれの全てを負って戦っている、二人の男であり、二人の長であり。
『坊ちゃん』はもう、解放軍々主で。
テオ様は、敵将軍、テオ・マクドールで。
親子でもなく、人でもなく、それぞれの『長』でもなく。
その『手前』に存在しているモノの為に、戦っているのだから。
叫ぶことも、留めることも、最早、彼女には出来ない。
──二人して、『親子喧嘩』に興じることはないでしょう?
もう、夕餉の時間になりますよ。
グレミオが、又、シチューを作りましたよ。
テッド君も、遊びに来ていますし。
パーンが、お腹を空かせて待っていますよ。
…………今、この場ででも、そう言えることが出来たら。
一体、どれ程救われるだろう。
どれ程、平穏だろう。
もう二度と口にすることは叶わぬ、有り得ない科白を、今尚、言えたら。
二度と叶わぬ、有り得ない科白を、それでも言えたなら。
どれ程。
…………でも、こんな願いこそが、それこそ、叶うことない、有り得ることない、夢、で。
現実は、直ぐそこにあり。
……だから、出来ることは。叶うことは。
心の全て、想いの全て、捨て去って、瞬き一つせず、死闘の行方を見守ること、それのみ。
……この果てに、どちらがどちらを倒して、どちらが命落としたとしても。
戦い合った者同士は、それで満足なのだろう。
遺恨一つ残さず、あの二人ならばきっと、出来事を受け止めるのだろう。
父と子が戦い合ったこと、それに、慰めすら見出して。
見守るしかなかった者、それを置き去りにして。
見守るしかなかった者、それを、自分達の中に、立ち入らせもせずに。
────続いて行く死闘を見守りながら。
ふ……っと。
クレオは、天を仰いだ。
一瞬だけ、彼女は空の向こうを見詰めた。
……神様、もしも貴方がいるのなら。
今ひと時だけでいいから、私から全てを持ち去って下さい。
目も耳も、言葉も心も、何も彼も、全て。
End
後書きに代えて
……うん。やはり何処か、私の中のデフォルトクレオさんとは相違がある……(ほっぺ掻き掻き)。
まあ、いいか……。
──この、戦乱に生きる10題の中で、この、『感情を〜』が、私的には一番厄介だったかも知れないです。
うちの幻水キャラには、感情を、って思い詰めるような繊細な人、いないから……(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。