戦乱に生きる10題 +Ver.A+

9. 地平線に沈む太陽

幻水1 テオ・マクドール

佇んでみたそこは、周囲よりもほんの少し高台になっており、低き場所にある風景が、全て一望出来た。

全て、彼、テオ・マクドールの瞳の中に収められた。

──高台、と言って良いのかどうか悩んでしまいそうになる、多少小高いそこは、カクの街の東にあり、トラン湖に面して細やかに広がるその街と、煌めきながら陽光を弾く、この地に於いては大海さえ思い起こさせそうな、湖面を眺めることが出来た。

背後には、遠く大森林へと続く森。

左右には、大森林のかいなの如く伸びた緑の切れ間。

その先には、森を染め返そうとしているかのような、草原があり。

そして、眼前には、カクの町並みと、トラン湖と、を。

見渡すことが出来るその場所に、テオが佇んだのは、夕暮れの頃で。

森を、草原を、町並みを、湖面を、茜色に染め上げて行く夕日に、彼も又、染まった。

────大海の彼方、水平線の向こうへ落ちて行くように、陽光は、その色を滲ませつつ、湖面に、地平線の奥に、溶けて行く。

明日又、その姿を天頂に晒すまでの暫しの別れを告げつつ。

テオの瞳に映る何も彼も。

森も、草原も、街も、トラン湖も。

トラン湖の片隅に浮かぶ、逆賊の砦、トラン解放軍本拠地も。

茜色へと染め変えて、世界へ滲ませて、陽光……──夕日、は。

明日までの、別れを世界に。

……それ故に、テオは、その光景を小高いそこより、一人見下ろし。

微かな笑みを浮かべた。

明日。

……そう、明日。

明日が来れば、日は又昇る、それを生き物は信じている。

盲目的に。

平和の内に生きる者なら殊更。

軍人、戦人いくさびと、そのような生業に生きる者は、それでも明日を疑うのだろうけれど。

その実、胸の奥底の何処かでは、軍人も戦人も、明日も己は生き延びられると、それを信じている。

頑なまでに。

死と隣り合わせの生き様だからこそ、未来と命を掴み得るべく、そのような生業の者は、明日を信じる。

明日、又、沈み行くこの陽は昇る、と。

…………そう、人は皆、明日を疑うことない、獣だ。

この世には、永遠に迎えたくない『明日』、それも確かに、存在していると言うのに。

……けれど。

この夕日が沈み切り、夜を迎え、朝がやってくれば。

明日は又、この地へと降り立つ。

東から昇った陽光は、当たり前のように天頂を駆け、再び、西へと沈むのだろう、世界を茜色に滲ませながら。

…………疑わぬ。

己とて疑わぬ、連綿と続く河の流れの如く、明日も、その先の明日も、その又先の明日も、必ず訪れ。

必ずこの身を染め上げるのだと。

何一つ、疑うことなく。

明日は必ずやって来る。

けれど、『明日』がやって来た時。

己か、己が息子か。

何れか一人が、『明日』に見放されるのだろう。

訪れることを、永遠望みたくはない『明日』に。

手に手を取って、共に明日を。

確かに親子として、共に明日を。

……それは、最早望まない。

望むべくもない。

道を違え、理想を違え、背を向け合ったのだから。

それぞれ、それを、今尚望まぬとしても。

『明日』を掴むのは、私かお前か、その何れかしか、もう有り得ない。

………………明日。

変わらず昇り、変わらず沈む、陽光をこうして眺めているのは、私か、それともお前か。

信じて疑うことのない、『明日』に見放されるのは。

永遠に来なければ良い、『明日』、に。

望むべくもない。

叶うべくもない。

願うことは、二度とない。

願っては、ならない。

だから、想うことはない。

……けれど。

けれど、一人佇む今、『そう』してもいいと言うなら。

お前と二人、確かに、父と子として。

必ず訪れる、明日を。

必ず訪れる明日、必ず地平線に沈む太陽を。

この世界に、二人共に在る、『明日』の中で。

………………でも。

────さらば、我が息子。

End

後書きに代えて

テオパパ。

私はテオパパファン。

沈む太陽=夕日、ジョウイで書くかな、と思いつつ。

すいません、パパンLove、の血に負けました。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。