戦乱に生きる10題 +Ver.B+
4. 誇り高き者
幻水1&2 Wリーダー(カナタ・マクドール&セツナ)
どう贔屓目に見ても、困難とか、険しいとか、本当は、辛くて悲しかったろうに、とか。
そんな風にしか例えられないのだろう日々を、もう数ヶ月は過ごして来ているのに、大抵の場合、ほえほえと、自分は十五歳だ、との自己申告による推定年齢よりも、二、三歳は幼く見えてしまいがちな『頼りない』笑みを浮かべつつ、元気よく、あちらこちらを飛び回っている彼──ハイランド皇国と交戦中である同盟軍の盟主、セツナが。
何が遭ったのかは知らないが、本拠地に住まう人々や、仲間達の目の届かない場所で、複雑……否、今にも泣き出してしまいそうな表情を、一人こっそり浮かべたのを偶然見掛けてしまって、腐れ縁傭兵コンビ、ビクトールとフリックの二人は、酷く慌てた。
両親の顔を知らないセツナの本当の年齢は、セツナ自身にも判らぬことだけれど、少なくとも、「僕は十五歳っ!」と彼自身が主張するそれと大差ないことだけは確かで、だから、ビクトールをして、喰えない……と言わしめる性格をしているセツナと言えど、泣き出してしまいたくなることがあったとて少しもおかしくはないが、偶然見掛けてしまった彼の姿は、普段の、何事もほえほえとした笑みで受け流してしまう彼とは程遠く。
故に、ビクトールとフリックは、慌てた。
彼等のその動揺は、純粋に、らしからぬ姿を見せる、弟のように可愛がっているセツナを心配したが為生まれた感情だが、純粋に生まれたそれとは別に、もう一つ、彼等には、慌てなくてはならない理由があった。
先日、又、ふらぁ……っと、「一寸用事があるから」、それだけを言い残し──尤も、その一寸した用事、とやらを、セツナだけは詳しく知っているのだろうけれども──、故郷の街グレッグミンスターに向った、トラン建国の英雄カナタ・マクドールが。
鄙びた村の片隅でセツナと巡り逢ってより、セツナのことを、心底、本当に、渾身、『溺愛』して止まない、カナタが。
そろそろ戻って来る筈、というのを、彼等は知っていたからだ。
──今にもこの城に、カナタが戻って来る。
なのに、何らかの所為でセツナが、泣いてしまいたそうにしている。
……この二つの事実は、ビクトールとフリックにとって、『恐ろしい』以外の何物でもなかった。
人目に付かぬ物陰に篭って、セツナにあんな顔をさせている理由が、同盟軍の盟主であること、それが齎した負の何かにあるなら、『セツナ馬鹿』なカナタは絶対に、機嫌を損ねる。
そして、機嫌を損ねた彼の八つ当たり、若しくは憂さ晴らしの矛先は、絶対に、自分達を筆頭とする周囲に向けられる。
…………そんな図式が、傭兵コンビには、容易に想像出来た。
だから、慌てふためき、顔を見合わせた二人は、意を決したように、ソロリとセツナに近付いて、せめて話くらいは聞いてやろうとしたのだが。
もうそろそろ、本拠地の正門を潜るだろう、と二人は思っていた英雄殿は、既に、本拠地の正門を、潜り終えていて。
「……セツナ? どうしたの?」
戻るや否や、セツナを捜し始め、雑作もなく彼を探し当てたのだろうカナタがそこへ現れ、城の裏手の、湖へと続く小道の茂みの影で俯いていたセツナへ足を進め掛けていた傭兵達を、チロっと横目で見ながら、が、何も言わずさっさと追い抜いた。
「あ、マクドールさん。どうでしたー? グレッグミンスターの方は」
『セツナ馬鹿』であるカナタに懐いて止まないセツナは、不意に掛けられた大好きな人の声に、ぱっと、俯かせていた面を持ち上げ、にこっと笑む形に表情を塗り替えた。
「僕の話は後で良いから。それよりも、君の話。……どうしたの? 泣きそうな顔してたけど、何か遭った?」
が、カナタは、誤摩化しは駄目だと諭す風に、緩くセツナの髪を撫でて。
「…………言っても、呆れません?」
ぽふぽふ、仔犬を構うに良く似た仕草で頭を撫でてくれたカナタを、セツナは見上げ。
「呆れたりなんかしないよ。……って、もしかして……」
「……う。その、もしかして、です、多分……」
「セツナ、あのこと、未だ気にしてたの?」
「うーーーーー……」
直ぐそこに、そうしている自分達に混ざることも出来ず、かと言って、立ち去ることも出来なくなってしまった傭兵達が、どうするべきかと悩んでいるのを知りながら、彼等はそんなやり取りを続けた。
「あーーー……のな。カナタ、セツナ」
一言二言、言葉を交わして後、些細な沈黙を二人が生んだのを見計らい。
黙って立ち去るよりは、声を掛ける方が正解だろうと信じることにして、ビクトールが彼等を呼んだ。
「ああ、いたんだ、ビクトール」
すれば、大層わざとらしい返事を、カナタはして。
「訊いてもいいか? ……何が遭ったんだ……?」
「大したことじゃないって言えば、大したことじゃないんだけど……」
恐る恐る尋ねて来たフリックへ、セツナは曖昧な笑みを向けた。
「知ってたくせに、良く言うな……」
「……大したことじゃない、って……。でも……」
だからビクトールは呆れを、フリックは困惑を、それぞれカナタとセツナへ返し。
「この間、マクドールさんと二人で、ラダトの街の方にお散歩しに行った時にー……」
「一寸、ね。まあ……一言で言えば、八つ当たりみたいなもの、ぶつけられちゃったんだよ、セツナ」
セツナは渋々とした調子で、カナタはケロッとした調子で、遭ったことを告げた。
「八つ当たり?」
「ああ。フリックと、同い年くらいの女性に。──去年、デュナン湖で漁師をしてた恋人と、結婚したばかりだったそうでね、その女性。穏やかに、幸せに、夫となった彼と二人、細やかに暮らしていたのに、ハイランドとの戦いが始まって、未だあの頃はあちらの将軍だったキバ達にラダトが占領されたのを切っ掛けに、彼女の夫『だった人』は、自分も同盟軍に協力すると言って、ラダトから──彼女からここへと旅立って。そして先日、亡骸になって戻った、とかで」
「…………何となく、話が見えた……」
「……あれか? 旦那が戦死したことへの、逆恨みって奴か……?」
ゆるり、セツナを抱くようにしながら、何処か淡々と、曰く『八つ当たり』の内容をカナタに語られ、あーー……と。
ビクトールもフリックも、渋い顔になる。
「そう。穏やかに、細やかに、幸せに、夫と二人暮らしていければ、デュナンを治めるのは、何処の誰でも良かったのに、貴方達が戦争を止めないから夫は死んだんだ、って。あの人を返して、って。…………まあ、よくある話」
「よくはないだろ、そんな話…………」
「ゴロゴロ、石ころみたいに転がってて欲しくはないな、そんな話は……」
けれど、淡々としたカナタの口調は変わらず、渋味を乗せた面を傭兵達は、げんなりとしたそれに変え、が、直ぐさま。
「そう? よくある話だと思うけど。僕の時も、そんなこと、しょっちゅうあったよ?」
「しょっちゅう? 一寸待て、そんな話、俺達は一度も聞いたことなかったぞ?」
続いた、カナタのさらっとした告白に、二人は又、表情を変えた。
「そうだろうね。そんなこと、誰にも言わなかったし。ビクトールやフリックの目の届かない所での話だったし」
「お前、どうして黙って──」
「──言ったって、どうなることでもないから。トランの至る所に、僕へ……と言うよりは、戦いを起こした解放軍の軍主へ、『八つ当たり』を向けて来る者達はいた。勿論、解放軍の行いに、心から賛同してくれた者達も多かったけれど、そうでない者も、確かにいたんだよ、あの頃。……細やかに暮らして行ければそれで良かった、同じ国の人間同士で戦うことなど望まない、戦いが起これば施政者が入れ替わるような『国』などどうでもいい、解放軍の言うことに耳を貸して戦いに行って、そして死んでしまった夫を返して、息子を返して、父を返して。……よく、言われたよ。家族や、親しい者を亡くした悲しみの持って行き場がなかったんだろう人達に、命狙われたこともあったし」
今日まで知らなかった話を聞かされて、ビクトールとフリックの二人は目の色を変えたけれど。
過ぎた昔を語るカナタの声も態度も、それがどうした、と言わんばかりの風情を崩さず。
「お前な…………」
「どうして……」
傭兵達は、唯、遣る瀬ない溜息を吐いた。
「よくある話だよ。あの頃僕達は、戦をしていたのだし。今、この城にいる者達も、戦をしているのだから。セツナだって言ってるだろう? 大したことじゃないんだけど、と」
「……解った。お前達がそう言うんなら、それでもいいさ。……で? その『よくある話』の所為で、セツナは落ち込んでんのか?」
そして、充分過ぎる程に溜息を吐き終えた後、ビクトールは話を変え。
「…………あー。そのことそのもの、で、落ち込んでる訳じゃなくって…………」
「じゃあ、何だよ」
「マクドールさんの時がそうだったみたいに、その女の人もね、どうしようもなく悲しかったからなんだろうと思うけど。あの人を返してって。命は命でしか購えないから、せめてあの人のように、貴方も死んで、って、僕に包丁向けて来て。……だから、その……、僕のこと殺して気が済むなら、僕はそれでも構いませんけど、命は命でしか購えないって判ってるんなら、貴方に殺される僕の代わりに、同盟軍に尽くしてくれますか? ……って、僕、言っちゃって…………」
むーーー、と、それまで黙ってカナタの話を聞いていたセツナは、緩く回されたカナタの腕の中に収まったまま、恐らくはその科白を吐いた時の己へ向けて口を尖らせつつ、ボソボソと言った。
「……え?」
「だーかーらーーーっ。僕達と一緒に戦ってくれた貴方の旦那さんが戦死してしまったのは、盟主の僕の責任だから、貴方にとっては、僕が貴方に殺されることが僕の責任の取り方だって言うなら、僕はそれでもいいけど、僕には僕のやらなきゃならないことと、やりたいことと、責任があるから、僕を殺す代わりに、僕達の軍で、僕の代わりをやって下さいって。命は命でしか購えないって、そういうことでしょ? って、言っちゃったのーーーっ」そうして彼は、カナタの服の裾を掴みながら、後悔しきりの叫びを放ち始め。
「もう、あの時言ったことで、落ち込んでみたって仕方ないよ? って、あれ程言ったのに、セツナってば……。話したろう? 僕も昔、同じような科白を言ったことがあるって。怨まれようが憎まれようが殺されようが、そうされて当然だと言われるなら僕はそれで構わないし、そうでなければならないのかも知れないけれど、それと、僕の成したいこと、成さなくてはならないこと、それは又別問題だから、僕の命を欲すると言うなら、僕が持つモノと、同等のそれを持て、って言ってしまったことがある、って。……僕だって、君と同じようなことしてるのだから、もう、気にしない。気にしても、仕方ないのだし」
カナタは、それはもう過ぎたことにしないと、と苦笑を浮かべたが。
「……あー…………。あの人に向けて言っちゃったことそのもので、落ち込んでる訳じゃないんですよね……」
「じゃあ、何?」
「…………多分、次同じようなことあっても、又僕、性懲りもなく、似たこと言うんでしょうし、今の処、そういうことの僕の言い分はあんな感じですから、どうしようもないよねー、って奴で、だからそれは、もうどうでもいいんですけど。……僕がそんなこと言っちゃった後に、マクドールさん、あの人に、追い打ち掛けたでしょう……?」「掛けたね。あれを、追い打ちと言うなら、だけど。……え、あれの所為なの? セツナ」
「……だって…………」
苦笑いをカナタに浮かべられても、むーー……っとしたセツナの顔は、元には戻らず。
「………………お前、何言ったんだ、その未亡人に」
「碌でもないこと言ったんだろう、どうせ……」
フリックとビクトールが、そこへ、揃って嘴を突っ込んだ。
「碌でもないこととは失礼だね。──セツナを殺して、恨みつらみを晴らす代わりに、僕を殺す? って言っただけだよ? そうすれば少なくとも、大切な人を亡くしてしまった貴方の悲しみと同等程度の物を、セツナに与えることは出来るだろうね、でも、僕は黙って殺されるつもりはないし、それでも貴方がそれを叶えようとするなら、セツナが言ったそれと同じことを、僕は貴方に求めるよ? って言っただけ。僕の代わりに、何があろうとも、この子の傍にいて、この子を守ること、それを僕は、僕の命の代わりに貴方に求める、と。……当然だろう? それが僕の命の対価だ。失ってしまった夫の代わりに僕の命を求める場合の、対価。他の場合は、又一寸違うけど。…………何か問題でも?」
すれば、わざとらしい仕草で、『可愛らしく』カナタは小首を傾げて、嘴を突っ込んで来た二人を見遣り。
「……わーーーーん、僕があんなこと言ったから、マクドールさんにそんなこと言わせたーーーーっ!」
びぃびぃと、セツナは泣きべそを掻き始めた。
「…………ああ、御免ね。それが嫌だったんだ、セツナ。御免、ならもう、こんなこと二度と言わないから。もう喚かないの。……ほら、レストランで、ケーキ奢ってあげるから。ね?」
例えば、ビクトールやフリック相手にならば、如何なる態度でも取れるカナタとて、ぴーーーーーっ! と泣き始めたセツナが相手では、何処にも勝ち目はなくて。
「甘い物程度じゃ、立ち直れません……」
「じゃあ、要らない?」
「……要ります」
彼は、何時もの方法でセツナを懐柔し始め、プッと膨れっ面をしながらも、あっさり、セツナは懐柔され。
「じゃあ、又後でね」
「ビクトールさんとフリックさんも、一緒に行く?」
デュナン湖へと続く小道の傍らの、茂みの中より二人は揃って出て、レストランへ向い始めた。
「………………ビクトール」
「……何だ」
「俺は最近益々、あの二人が解らない…………」
「安心しろ、俺もだ。何が解らねえって、あいつ等の、判断基準と価値基準が何処にあるのか、だ。……さーーーっぱり、解らねえ…………」
そして何時も通り、ちょっかいを出したは良かったものの、置いてけぼりを喰らった二人は、肩を落とし。
それでも、カナタとセツナの後を追うように、レストランへとその足先を向けた。
End
後書きに代えて
──この話の一体何処が、『誇り高き者』というお題に沿っているのか、てな問題は、一寸脇に除けて下さい(笑)。
誇り……と言うか、彼等の挟持の一部が、この話の中にはあるのです、こんな話ですが。
……ホント、何考えて生きてるのかしらね、この子達(いえ、私は解って書いてますが。……一応)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。