戦乱に生きる10題 +Ver.B+

5. 戦士として

幻水2 ゲオルグ・プライム&ビクトール&フリック

表立ってそれを口にすることは滅多にないが、自身にも面識がある、かのマッシュ・シルバーバーグのかつては一番弟子で、この城に集った仲間達の影口に曰く、「えげつない策ばかりを捻り出してくれる」と『悪名』名高い割に、思いの外大人しいと言うか、融通の利かない正軍師殿の不興を買う行為だと、良く判ってはいたが。

彼、ゲオルグ・プライムは、その日も、訓練場で行う訓練なぞ訓練ではないと豪語して、伝説の剣士と真剣で立ち合い、そして一本取ることを夢見る若者と、今の処は身を寄せている同盟軍本拠地の中庭辺りで、頭上より、ぎゃあぎゃあ正軍師殿の文句が降って来るのに知らぬ存ぜぬを返しながら『軽く遊んだ』後、どいつもこいつも未だ未だだな、と。

鼻歌を歌いながら兵舎へ戻り、腰に下げた得物、『雲』を外して寛ごうとして、ふと。

「……そんなに以前の話では、ない筈なんだがな」

少しばかり長く、腰より外し掛けた雲を眺めて後、ボソっと洩らし、外し切ったそれを右手に携え、寛ぐ為に戻った部屋より出て、足先を、本拠地東棟の片隅にある、商店街へと向けた。

「きっちり腰据えて打ち込まねえと、怪我すんぞ、お前等!」

──本拠地中庭で、ゲオルグが若い兵士達と『遊んで』いた頃。

ビクトールは、己の歩兵部隊の者達の一部に、訓練場の片隅にて、稽古を付けていた。

彼にも、或る意味ではゲオルグ同様、お膳立ての中で訓練をしてみても、との思いはあるが。

ゲオルグ程、彼は乱暴な思考はしておらず、訓練は訓練と割り切ればいいさと、その日も何時も通り、訓練所の壁に掛かる模擬剣の一つを適当に取って、若者達に発破を掛けて…………、その途中。

「……んー? …………ああ、俺、か」

彼はふと、ん? と顔を顰めて鼻をヒク付かせ、ぴたりと動きを止めて。

「どうかしました? 隊長」

「何でもねえよ、こっちのことだ」

ビクトールの様子を訝しみながらも、問答無用で打ち込んで来た部下の模擬剣を、同じく模擬剣で弾き返してから、ぽいっとその部下に、木の剣を放り投げ。

「ちょいと、野暮用」

「え、隊長?」

一言のみを言い残し、彼はさっさと。

ひらひら片手を振りながら、訓練所を出て行った。

夕べとて、明け方まで飲んだくれていたのはビクトールなのに、どうして、適当な所で切り上げて部屋に戻った自分が、相方の代わりに酒場の女主レオナに捕まり、ぶちぶちと文句を垂れられなくてはならないのだろう、と。

その相方が、訓練所を一人後にした丁度その頃、己の運の悪さを嘆きつつ、フリックは、肩を落としながらも怒りに震える、という器用な真似をしながら、「朝まで飲んだくれるのもいい加減にしとくれ、番度じゃあ迷惑なんだよ」と、レオナにぶつけられたそれを、そっくりそのままビクトールに投げ付けてやろうと、相方を捜すべく、城内を彷徨い始めた。

……奴の部隊は、今日の午後一杯を訓練に当てていた筈だから、訓練所の方へ行けば捕まるだろうと踏み。

足早に、石造りの廊下を進みながら。

「何か…………」

首を傾げながらフリックは、徐に立ち止まる。

そして彼は立ち止まったまま、擦れ違う城内の者達に奇異の視線を向けられているのにも気付かず、クンクンと、己の服の袖口やマントの匂いを嗅ぎ出して。

「…………あ。そうか」

『その原因』に思い当たると、ビクトールに文句を言うのは後回しだ、と、本拠地西棟へと向けていた足をくるりと返して、東棟の商店街の片隅にある、テッサイの鍛冶屋へ、と。

だから、その日、午後。

ゲオルグと、ビクトールと、フリックの三人は、テッサイの営む鍛冶屋の入口で、偶然鉢合わせることになり。

「……お? お前等も、ここに用事か?」

「ゲオルグ? ……フリックも、何やってんだ?」

「何やってんだ、じゃない、ビクトール! お前の所為で、俺はなあああっ!」

示し合わせたように顔付き合わせることとなってしまった鍛冶屋の入口で、三人はそれぞれ、視線と言葉を交わした。

「そうぎゃんぎゃん喚くな、青いの。内輪揉めは別の場所でやってくれ。うるさくて敵わん」

「……ああ、悪い。──ビクトール、後でお前に、たーーーっぷり話があるからな。覚えとけよ。逃げるなよ」

「判ったって。……で? フリック、お前はここに何しに来たんだ? 俺を捜しに来たのか?」

ばったり行き会った途端、フリックがビクトールに噛み付き出したので、耳許で沸き上がった怒声にゲオルグは眉を顰め、あ……と、フリックは申し訳なさそうにし、ビクトールは素知らぬ顔して話を変え。

「俺は、一寸ここに用事が」

「何だ、奇遇だな。俺もだ」

「お前等もか」

俺はこいつに、怒鳴られるようなことをしたっけか? と思いながらも、フリックの怒りを逸らす為にビクトールが変えた話が、テッサイの店の前で始まった。

「でも全員、もうこれ以上その剣はって、テッサイの奴に言われたよな」

「そうじゃない。俺はオデッサの──

──鍛えに来たんじゃない。鞘を」

そうして彼等は一様に、手にした自身の得物を──正しくは、得物の鞘を見下ろし。

何だ、そこまで『奇遇』なのかと、それぞれ、苦笑を浮かべた。

…………そう。

今、ゲオルグが口にしたように、彼等は皆、愛剣の鞘を新調する為に、テッサイの許を訪れようとしていたのだ。

戦場を駆け、数多の敵兵の血を吸わせ続けている彼等の愛剣の鞘は、吸った血潮を拭ってやっても、どれだけ手を入れてやっても、時と共に、剣に染み付いた血と脂を刃より吸い取って、内側から、腐り爛れて行くから。

ふと気が付いた時には、まるでそれそのものが、人の血と脂の塊であるかの……──否、戦場の匂いそのものを、放ち始めるから。

時折、こうして。

彼等は、愛剣を収める為の鞘を、作り直さなくてはならない。

それ故彼等はその日、それぞれ、テッサイの許を訪れようとしていて。

「前回、雲の拵えを新調したのは、二ヶ月程前のことでしかないんだがな」

「俺も、そんなもんだぞ。星辰剣の拵えを直したのは、確か先々月の、半ばだった」

「俺も、似たようなもんだ。先々月の……下旬、かな。オデッサの拵えを作り替えたのは」

果てしなく奇遇だった『同じ理由』を語り合い、三人は、顔を見合わせる。

「……いけねえなあ」

「何がだ? ビクトール」

「最近な、うっかりすると、鞘の臭いに気付かずに、やり過ごしてしまいそうになることがあってさ」

「判る判る。オデッサを、腐り掛けの鞘になんか収めておきたくはないから、気を付けてはいるつもりなんだが。俺も時々」

「仕方なかろう。所詮俺達は、人斬りが商売だ。身に沁み付いた血の匂いと、血で鞘が腐る匂いと、早々嗅ぎ分けてもいられんだろうさ。そういう匂いをさせることも、又、俺達の商売だからな」

──苦い笑いを浮かべたまま。

最近とんと、その手のことに疎くていけない、とビクトールがぼやけば。

フリックは、相方のそれに深く頷いて。

ゲオルグは、生業だ、と肩を竦めた。

「……確かに」

「もう、馴れちまったしな」

「因果な商売だとは思うが、別にそれが、嫌な訳ではあるまい? そうすることが必要だから、俺達はこうしている」

そうして彼等は、テッサイの店の前に佇むのを止め、中へと入ろうとしたが。

「ゲオルグさーーーん! ビクトールさんにフリックさーーーんっ。暇なんですかーーーーっ? 暇なら一緒にお茶しましょーよーーー!」

「三人共。セツナが、お菓子焼いたから、食べて欲しいって」

丁度そこへ、『標的』を捜していたらしい風情の『幼い』盟主殿と、盟主殿を『溺愛』中のトランの英雄殿が通り掛って、誘いを掛けて来たので。

「野暮用済ませたらな」

「そんなに沢山は要らないぞ?」

「菓子? ケーキか?」

判った、と答えを返して三人は、するり、滑るように店の扉を潜った。

『こうしている今』の、何も彼もは。

あの少年達の為にあって。

あの少年達の為になら。

End

後書きに代えて

あ、お題と内容が、ずれたような気がする。

ま、まあ、いいや……(目線逸らし)。

単に、ゲオルグさんと腐れズが書きたかっただけの話、とも言いますし。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。