戦乱に生きる10題 +Ver.B+
6. 修羅の如く
幻水1 オデッサ・シルバーバーグ
未だ、私が何も知らない小娘だった頃にね。
愛していた人がいたの。
……将来を誓った人だったわ。
あの頃の私は、本当に只の小娘で、帝国貴族として何不自由なく暮らしていたから、世間のことも、何一つとして知らなかったわ。
あの頃の私の総ては、今から思えば、鳥籠の中のような貴族の生活と、愛していたあの人と結ばれて、それまでの生活と何も変わらない日々を送ること、唯それだけだったの。
──でもね、あの人は、そうじゃなかった。
あの人も、私同様、帝国貴族だったけれど。
あの人は、何時の頃からか変わってしまった皇帝と、やっぱり、何時の頃からか変わってしまった祖国を何とかしようと、革命運動に身を投じていたの。
……それを知った最初は、どうしてそんなことを、って。
そう思うしか出来なかったわ。だって、私は本当に、何も知らない小娘だったんですもの。
………………だからあの頃。
何も知らなかった小娘の頃、あの人の志を知っても、私はそんな風に感じるしか出来なかったけれど。
でもね、或る時思ったの。
──生まれた時から私は『そう』だったから、自分が帝国貴族という身分にあることを不思議に思ったことはなくて、なのに。
同じ帝国貴族だったあの人と結ばれたいと打ち明けたら、途端周囲に、大反対されたのね。
貴族の中にも、身分の上下はあるんだ、って。
シルバーバーグ家は、上位の帝国貴族で、あの人の家柄は、下位の帝国貴族だから、互い、結ばれるには相応しくない、って。
周り中皆に、そう言われたわ。
……それが、ね。私が、或る時ふと思ったことの始まり。
…………おかしいでしょう? 上位とか下位とか、どうして、たったそれだけのことで、私は愛したあの人と結婚も出来ないのかしら? って。
同じ貴族同士でそれなんだから、もっと、私とあの人との身分の隔たりが激しかったら、どんなことになっちゃうのかしら、って、そう思ったのよ。
それが最初。
……いっそ、何も知らない小娘だったのが良かったんでしょうね。
とても素朴に、あの人との結婚を反対された私はそう思って、そんなことって間違ってるんじゃないかしら、と。
……そうねえ、例えて言うんなら、『可愛らしい』反発から、祖国に疑問を持ち始めて。
それで、あの人が参加していた革命運動を、私も手伝うことにしたの。
でもほら、やっぱり。
こう言うのって、あれだけど。
下位って位置付けであろうとも、所詮は貴族の息子でしかなかったあの人とね、何も知らなかった私のやることなんて、ひたむきであることにしか取り柄がないような、拙いことだったから、直ぐにバレちゃって。
あの人も私も、帝国に追われる身になったわ。
何も彼も捨てざるを得なくって、何処までも追われる身になって。
…………逃げ延びるだけの生活は、長くは続かなかった。
直ぐに捕まってしまったのよ。情けないでしょう?
精一杯やったつもりではいたんだけど、駄目だったのよね。
……ああ勿論、だからって、諦めるつもりなんてなかったわ。
絶対に、又逃げ出して、革命運動を続けてやろうって、そう私は誓ってたのよ。あの人もね。
だけど……。
──どんな理由を付けたのか、私は今でも知らないわ。
多分、乱心してた、とか、私はあの人に騙されただけだ、とか、適当な理由を付けて、実家に押し篭められた私と違って、あの人は、反逆罪で処刑されることになってしまったの。
…………それで、どうしたか?
家の者に、泣き真似までして頼んだわよ、あの人が処刑されてしまう前に、真似事でいいから、結婚式を挙げさせて欲しいって。
言ったでしょう? 私、諦めるつもりなんてなかったって。
だからね、あの人が処刑されてしまう前に結婚式を挙げる振りをして、あの人を助けようとしたのよ。
実家の者達も、どうせもう、私は『傷物』になっちゃったから、外聞の良くない式の一つや二つ挙げさせてやってもって、そう思ったみたいね。
ほとぼりが冷めれば私の醜聞も、シルバーバーグ家の力で何とでもなるって、そう考えたんじゃないかしら。
…………だから。だから、ね。
私は、そうしようって決めて、あの人と、手に手を取って……──。
──…………その後、どうなったのか、なんて。
言わなくったって判るでしょう…………?
あの人は、私の傍にいないもの。
あの人は、もう私の傍にはいなくて。
あの人のいない月日は流れて。
今私の傍にいてくれるのは、あの人とは別の、私の愛した人だもの。
……あの人はね。もう、遠い所へ行ってしまったのよ。
………………そうよ。
それが、始まり。
私が、今こうしている切っ掛けになった、始まりの出来事。
でも、始まりなんて、もうどうだっていいの。
あの人は、月日の向こう側に消えて、想い出となって、私の傍らには今、過ぎた歳月が与えてくれた、別の愛しい人がいて。
間違っていると思ったことの為だけに、私はこうしているんだから。
始まりなんて、どうだっていいのよ。
始まりの出来事の為だけに、私はこうしている訳じゃない……と思うしね。
けど…………、そうね。
始まりは、始まりね、何処までも。
……嫌だったのよ。
愛していた人がそうなってしまったからって、泣いて暮らして朽ち果てていくような、そんな人生送るのだけは御免だったのよ。
そうでしょう?
私が、泣いて暮らして朽ち果てたら、何の為にあの人は死んだのか、判らないじゃない。
あの人の犠牲は、犠牲のままで終わってしまうわ。
そんなの、私は嫌。
私のように、間違っていることで、間違った引き裂かれ方をする人達が、これから先も生まれるかも知れないのも嫌。
間違っていることの中で、この国の人達が生きていかなくちゃならないのも嫌。
だから、いいの。修羅の道を歩いたって。
修羅みたいな女だって言われたって。
そうするんだ、って。
私はもう、決めてしまったんですもの。
何も彼も、総て。
始まりはもう、総て。
遠い遠い、彼方にあるの。
もう、引き返せない彼方に。
End
後書きに代えて
オデッサさん。
…………滅多に書かないキャラでお題にチャレンジするのは、止めようかしら…………(のの字)。
個人的に、このお題が相応しいうちの幻水キャラは、オデッサさんなのではなかろうか、と思ってしまったんだもん……。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。