戦乱に生きる10題 +Ver.B+

7. 生き抜く道を

幻水4〜1 テッド

※ 坊ちゃんと出逢う、一〇〇年くらい前の話 ※

こんな風に、一人夜の森の中を急ぎ足で歩いていると、あれからもう二〇〇年は経つと言うのに、子供だったあの時のことを、どうしても思い出してしまう、と。

来た道を、幾度も幾度も振り返りながら、テッドはその獣道を進んだ。

──あの夜のことは、今でも忘れない。

生まれ育った小さな村を、『宝物』を取りに来た魔女達が、跡形もなくなる程に焼き払って。

通りすがり……だったのだと思う、本当のことは今でもよく判らないけれど、多分通りすがり、幼かった自分を助けてくれた人達に、僕も一緒に連れて行ってと頼んだら、それは出来ないと、酷く悲しそうに諭され。

もう顔すら憶えてはいないけれど、女性だったことだけは憶えている人に、強い子になりなさいと、それだけを言い残され。

『おじいちゃん』も、村の人達も、皆々いなくなった、焼け跡だけが残る村の片隅で、幾日も、一人膝を抱え、そして、漸く。

何時までもそうしているのが怖くなったのか、それとも、どうしようもなく腹が減ったのか、兎に角、唯何かに憑かれたように、膝を抱え踞っていた場所──故郷の村から飛び出した、あの夜のことを。

今でも彼は、忘れていない。

今にして思えば、どうせ飛び出すなら朝になるのを待てば良かったのに、そんなことにも思い至れず、がむしゃらに、山の中、森の中を、自分が何処を目指しているかも判らず走り続けて、何時までも鳴き続ける梟の声や、恐ろしいことだけは判った獣の遠吠えや、風に揺れる梢の音、果ては自分の足音にまで泣き出す程に怯えて、それでも走り続けること止められなかった、あの夜のことを、彼は今でも鮮明に憶えているから、その夜より、うんざりする程時が流れて、気が付けば、二〇〇年もの歳月が過ぎてしまった今でも、一人獣道を進むこんな夜には、彼はあの、走り続けた夜を思い出して、どうしようもなく悲しくなる。

────あの頃。

本当に彼は幼かったから。

『宝物』を取りに来た魔女達が、『誰』なのか、なんて、そんなこと、彼には判らなかったし。

恐らくは通りすがり、自分を助けてくれた者達が誰なのかも、又。

……結局、その出来事より二〇〇年が過ぎても、通りすがりだった者達が果たして何処の誰だったのか、それだけはテッドにも知り様がなくて、顔すらも憶えてはおらず、只、自分を助けてくれた者達がいたことのみが、彼の記憶に留まっているだけだけれど、過ぎた歳月は、あれから一人、世界中を彷徨い続けた彼に、『魔女』の正体だけは教えてくれた。

『宝物』──生と死を司る紋章を受け継いだが為、外見だけは、未だ少年と言える年齢のままの彼だけれど、中身の齢は、過ぎた歳月相応に重ねていて、故に、『年老いた』ことと、彼を年老いさせた時間は、それを知りたいと願った彼に、充分過ぎる程、『魔女の手掛かり』を与えてくれた。

世界中のあちらこちらに散らばる、二十七の真の紋章の伝説の、その又欠片も、魔女のことは固より、様々なことを教えてくれた。

魔女の正体も、『宝物』の正体も、自分がどうして、こんな風に生きていかなくてはならないのか、その理由も。

──魔女の正体を知って、『宝物』の正体を知って、自分がこんな風に生きていかなくてはならない理由も知って、だからだったのかも知れない。

さもなくば、何時しか流れた、二〇〇年近い年月の所為かも知れない。

そんなに『宝物』が欲しいなら、好きなだけ持っていけばいいと、そんな風に思ったことだってある。

復讐がしたいならすればいいし、『宝物』の為に自分を殺したければ殺せばいい。

もう、生きてなんかいたくない。

……そんな風に思ったことも。

そしてそんな思いは、今でも時折、……そう、こんな夜は特に、頭の裏側を通り過ぎて行くけれど。

それを思う度に、もう顔すら忘れ去ってしまった、通りすがりだったのだろう誰か達の声や言葉を思い出す。

もう、五十年も昔のことになってしまった、海ばかりの世界で関わり合った、少年達のことを思い出す。

二〇〇年、たった一人きりで、全てのことから逃げ延びるように生き続けて来たけれど。

過ぎ去った二〇〇年の総てが総て、一人きりだった訳じゃない。

それは、想い出としてでさえ抱えていてはいけない記憶なのかも知れないけれど、一人きりではなかった瞬間瞬間の記憶は、又何時か、ほんの『瞬間』だけでも、一人きりじゃないのだと思わせてくれる人達との出逢いの期待に繋がるから。

何処かに消え去ってしまいそうな記憶と、『何時か』への細やかな期待、それだけを支えに、未だ、自分は生きていける。

あの夜のことを振り返させる、真夜中の森を進んでいても。

何も彼も捨て去りたいと、そんな誘惑に駆られても。

生き抜く道を、捜していける。

End

後書きに代えて

幻水1の頃より以前のテッドって、私には未だ難しいような……。

いや、幻水1のテッドと、幻水4のテッドのギャップがねー……。

明るい性格しててくれた方が好きだなあ、テッドは。

原典中、手に取れる形で、テッドの性格が暗から明に変わった瞬間がないので、一寸未だ掴み辛い。

でも書く私。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。