口上

三つの物語の始まり

 

  

 

 霊峰コルツ山を戴くサーベル山脈と。
 その南端にゾゾ山の構える、ジドール国とフィガロ国との国境でもある尾根は。
 北大陸の西の空と東の空を支えるとも云われる、世界の難所、だ。
 ──そんな、陸路を行く旅人を、嘲笑う声と共に退ける二つの剣が峰は。
 空を行く船にとっても、最大の難所だった。
 天を突く程に高く、容易くは頂上を伺わせてくれない山々を、見下ろす形で越えることは、飛空艇にも出来ないから。
 空を行く船は、その巨体で何とか、切り立った谷から谷を泳ぐように抜けるしかない。
 ……今、この世界に、たった一つしかないと云われている飛空艇が。
 もしも、数多、世界の空を駆けていたら。
 この、西と東の剣が峰、その山肌に抱(いだ)かれひっそりと、命落とす飛空艇乗りが後を絶たなかったろう……と。
 容易く思い巡らせられる程。
 その山々は、生きとし生けるものの全てを、拒絶していた。
 だが、それでも。
 そんな尾根の谷間を、この世で唯一の飛空艇の持ち主は、幾度となく、それは見事な手際で、真実、その巨体を手足の如く泳がせ、何時も、飄々とした面持ちで、駆け抜けていた。
 敗北、と云うニ文字を、『彼』は知らぬから。
 この場所に負けるなどと、彼は考えたことなどなく。
 敢えて、そのような難所を選び、空を航行してみせることさえある彼は。
 その日も、東の難所であるサーベル山脈の谷間を、抜けようとして。
 …………しかし。
 その日、彼は、初めて。
 生きとし生けるものの全てを拒絶する、山々の嘲りを聴いた。
 

 

 そして。
 世界で唯一、彼だけのものだった『翼』に。
 己と、大切な仲間と、何ものにも代え難い人を抱かせたまま。
 岩だらけの山肌に、嘲りの声により、叩き落とされた。

 

 

 さあさあ、お立ち会い。
 

 世界の霊峰、その中腹に、不幸にして不時着してしまった、世界で唯一の飛空艇。
 この出来事を発端とした物語が、今ここに、三つ、ある。
 

 さて。
 この、不幸な出来事の始まりを、知ってしまった、そこのお客さん。
 あんたは、これより始まる三つの物語の、どの顛末を、知りたいかい?
 どのページを、開きたいかい?
 

 お代は見てのお帰りだ。
 どの物語を読むのも、あんたの自由だ。
 …………お好きな物語の、ページをめくっておくれ。
 あんたの、その手で。
 

 但し。
 これから始まる三つの物語は、全て、『世界が違う』。
 パラレルワールドって言葉、聞いたことあるだろう? まあ、あんなようなものさ。
 だから。迷っちまうから。全ての物語を、ここでずらっと披露する訳にゃあいかない。
 …すまないとは思うよ、こっちも。
 でも、お客さんを、迷わせる訳にもいかないから、ちょっとした宝探しみたいなもんだと思って。
 自力で、それぞれの物語の入り口を、探しておくれ。
 頼んだよ。

 

 

case one. 私の子供
case two. 見えない貴方
case three. 指先の恋情

 

 

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