程無く、座敷に、桔梗に連れられ比良坂がやって来た。
目の見えぬ彼女だけれど、それ故に、気配や場の風を読むことには人一番長けているのだろう、不穏を感じ取ったらしい彼女は、桔梗が促した場所よりも、少しばかり彼等から遠退いた所に座った。
それを待ち、龍斗は、今は自分と比良坂だけが知っているだろうことを皆に打ち明けたい、と彼女に語り出して、益々話が見えないと、怪訝そうな顔を拵えた一同をきっぱり無視し。
「貴方が、そうするのが一番いいと思うなら」
「そうか。……ならば」
こくり、と彼女が頷くのを確かめてから、改めて一同へと向き直り、龍斗は、やおら、語り出した。
彼が話し出したのは、仲間達にしてみれば、突拍子もない話だった。
慶応二年を、自分達は、桜の盛りの頃より今宵まで、一度『終えている』、と言う信じられようもない話。
だが、そんなことがある筈は無い、とか、有り得る筈無い、とか、口々に言い出した仲間達を悉く制して、龍斗は。
『一度目』の慶応二年、自分は龍閃組の者だったこと、『一度目』の今宵、柳生崇高の手に掛かって自分達の命が費えたこと、『一度目』の全てを憶えていること、そして自分達は、再びの慶応二年を『今日』までやり直したこと、それ等を澱みなく語った。
…………彼が、『知ること』を語り終えても、誰も何も言わなかった。
唯、沈黙のみを返した。
しかし彼は、或る意味容赦無しに、私の話が本当だと言う証を立てて欲しい、と比良坂に求めた。
そんな龍斗の求めに応じ、比良坂も又、戸惑う色ばかりを瞳に浮かべる仲間達へ、己の知ることを語った。
……彼女は、「昔のことを一切憶えていないので、どうしてなのかは解らない」と前置いてより、己の持つ『力』に付いて話し出した。
──自分には、どうしてか、人の持つ宿星を見遣る『力』と、常世に向かおうとする魂を現世に引き止める『力』があり、宿星を見遣る『力』のお陰で、柳生崇高と言う不吉な『星』と、不吉な『星』に抗える宿星達の存在を知り、『一度目』の慶応二年の『今宵』、不吉な『星』に宿星達が倒されたのも知って、魂を現世に引き止める『力』を用い、龍斗や宿星の者達を、あの世からこの世へと押し返し、不吉な『星』に抗える者達全てが集えるようにと、宿星達を『二度目の慶応二年の春』まで戻したのだ。……と。
──自身の『力』が如何なるものか、そこから始まった彼女の話は、そんな風に語られ。人々は再び押し黙った。
長い、長い沈黙が続いた後。
「…………何時までも黙り決め込んでても、埒が明かねぇな」
ふ、と短い息を吐いて、伏せ加減だった面を京梧が持ち上げた。
「ひーちゃん。比良坂。俺は、お前達の話、信じるぜ」
背筋も伸ばし直し、真っ直ぐ龍斗を見詰めた彼は、そう言う。
「お前は、信じてくれるのか」
「ああ。……実を言っちまうとな、信じるも信じないもねぇんだ。どうして俺は、お前のこと、『ひーちゃん』って呼んでると思う? ……俺もな、ついさっきの話だが、思い出したんだよ。『一度目』の慶応二年ってのを」
「……そうなのか? 真に?」
「嘘じゃねぇって。──ここに潜り込んで、あの騒ぎに出会して、柳生の野郎のツラ拝んだ時、思い出したんだ。『一度目』を」
────龍斗のみを見遣りながら、己も『一度目』を憶えている、消えた筈の『一度目』を、自分は確かに思い出した、と京梧が語れば、
「やっぱり……。……そうか、京梧、お前も…………」
嬉しそうに、ほっとしたように、龍斗は肩の力を抜きつつ笑んだ。
「だから、『ひーちゃん』って訳だ」
「あの……、龍斗? その……、実は、私もなの……。朧げでしかないのだけれど……」
ゆっくりと笑みを浮かべた彼に、京梧も笑み返し、そこに、そろっとした藍の声が掛かった。
自信無さ気だったけれども、彼女も、『一度目』を思い出した、と打ち明け、以降、皆ぽつぽつと、俺も、私も……、と洩らし始める。
『一度目』をどれくらい思い出したのかの程度は、それぞれ違うようだったが、どうも、柳生崇高の姿を、龍閃組と鬼道衆が居合わせることになった場で見た、と言うのが、彼等の中に眠っていた『一度目』の憶えを引き出す切っ掛けだったらしく。
「良かった……。だと言うなら、この先は、皆、共に力を合わせて、あの男と……」
何も彼も、と言う訳にはいかずとも、それなりに皆が、以前を思い出してくれたなら、私の話を信じてくれるなら、この先、龍閃組と鬼道衆は共に戦う仲間となって、柳生崇高に立ち向かえる、と皆の打ち明けを一通り聞き終えた龍斗は、その時、胸に明るい光を灯したのだが……────。
「でも、だからってさ……。別に俺達が、龍閃組の奴等なんかと一緒に戦う必要は無いだろ?」
ぼそっと、低い声で、不服そうに風祭が洩らした。
「……そうだよねぇ。そりゃ、柳生崇高ってあいつが、全ての黒幕かも知れないけどさ。だからって、何で、あたし達が汚い真似ばかりの徳川の手下なんかと」
言いたいのに言えなかったことを代わりに告げて貰えたのだろう、桔梗が、風祭の肩を持った。
「徳川は俺達の敵だ。恨み辛みを持つ者も多い。師匠の言わんとすることは判るが、俺も、手は組めないな」
「お前達と共に戦わずとも、我等なら、柳生崇高如き、討ち果たせる」
九恫も、剃髪にしている頭を軽く叩きながらそんなことを言って。ふん、と九角は、京梧達を何処か小馬鹿にするような態度を取った。
「………………けっ。俺達だって、てめぇ達なんかと手を組むのは御免だね。冗談じゃねぇ」
彼等の言動に、堪忍袋の緒が切れた、と京梧は吐き捨てるように唸った。
「ボク達が、何時、汚い真似したって言うのさっ。ボク達は、幕府の手先じゃなくって龍閃組だっ」
「お前達が、お前達の力だけで柳生崇高を倒せると言うなら、見せて貰いたいものだな」
怒った顔付きで小鈴は声を張り上げ、雄慶も、売り言葉に買い言葉のようなことを言い出す。
「……あの。私達がこうやって言い争っていても、仕方無いと思うの……」
唯一人、藍だけが、おろおろとしつつも言い争いを止めようとしたが。
彼女の努めは実らず、意地の張り合いの如くな、誠に不毛な言い争いは、あっと言う間に激しくなった。